13-05


応接室に入るなり、雲雀恭弥はふかふかのソファに腰かけてゆったりと目を閉じた。
朝から連戦続きで流石にに疲れたのだろうか、気だるげな様子に柊はついついいらぬ言葉を零してしまう。


「雲雀先輩でも疲れるってことあるんですね」
「君と違って忙しいからね」
「それはそれはご苦労様です」


雲雀の言葉を右から左へ受け流しつつ、柊はコンロに火をかけた。
カチチ、という音を立てて青い炎が薬缶の底を炙る。そうして彼女はすっかり慣れたように、棚から薬缶やポット、そしてティーセットと茶葉を取り出して、粛々と準備を続けた。




「君はクリスマスにデートの一つもしない訳」
「普段から雲雀先輩が散々こき使ってくれてるお陰で、誰も誘ってくれませんでしたね」
「そりゃ僥倖だ」
「……」




その場に響くのはカチャカチャと茶器を用意する音だけ。

生徒の下校が完了したのだろう。
いつの間にか窓の外から聞こえてきた喧騒は止み、しんとした冬の静けさだけが応接室を支配する。薄暗い室内の中で、柊はただ黙々と紅茶の用意をした。カップを温め、やがてすんすんと音を立てて湯気を吐き出すようになった薬缶の火を止めて、ポットに湯を注ぐ。


用意した茶葉は、今日も今日とて雲雀の好きなディンブラだ。


くるくるとポットの中で踊る茶葉を視認した柊は、いつの日からか応接室に備え付けられた砂時計をひっくり返した。トレーの上にティーセットの準備を終えて、雲雀のいる応接セットに向かえば、肘をついた雲雀は気怠そうに窓の外を眺めている。

いかにも眠くなるような空を見上げ、雲雀はふわぁぁ、と長い欠伸をした。
そして、その欠伸の最後に、彼は音を漏らす。




「……あ」





その音に、柊が顔をあげる。
すると、雲雀は顎で窓の外を見るよう促した。そして彼女の視界に入ったのは。




「…雪、ですね」




それは朝の天気予報通りだった。
真っ黒な雲の合間から、ふわりふわりと真っ白な雪が降り落ちていく。美冬は準備の手を止めて、窓の外に見入っていた。


一方、雲雀恭弥ははぁぁ、と深いため息を吐いた。


(最悪だ)


ホワイトクリスマスだなんて、ただでさえクリスマスで浮かれた者に、ますますのバカ騒ぎをする要因を与えるだけである。
これは自分も部下の風紀委員たち同様に、町への警戒に繰り出した方が良いのではないか……そんな考えが頭をよぎってしまう。

そして目の前の彼女もまた、雪に見とれてすっかり手を止めてしまっていた。



「君も雪、好きなの?」



それは呆れた口調になってしまった。
どうせそうなんだろう、と雲雀は思った。
クリスマスに雪が降るだなんて、今日が特別で神聖なものだと言っているようなものだ。雲雀自身はロマンチストではないが、一般人の浅はかで能天気な思考回路ぐらいは想像がついた。




「…いえ、別に、」




返答は曖昧な言葉だった。困ったような、諦めたような、嗤っているような、不思議な感情が乗った音。雲雀は初めて聞く音に、ちらりと彼女に視線を向けた。



「ただ、昔は雪のある所に住んでいたので、懐かしいです」
「…ふうん」



視界に入った表情から、思考は読み取れない。いつも苛立ったり反抗したりと、ある種感情が判りやすい彼女の、彼女らしくない様に、雲雀の胸がちりりと痛む。


(……なんだ?)


なにか、不快だった。

てっきり、雪が好きだと言って笑うだろうと思ったのに、予想とは大違いだ。いつも澱みのない彼女から出た、生々しい、ざらりとした読めない想いに、雲雀恭弥は眉をひそめた。

そして、雲雀はソファから立ち上がっていた。
身体が勝手に、動く。



「行くよ」
「はい?」



憮然とした表情をつくって、雲雀は柊を見下ろした。
案の定、彼女の表情は一変し、頭上にはてなマークが飛ぶ。




「紅茶は良いから、行くよ」
「え…えええ…?仕事は?」
「そんなのは明日でも出来る」




そう言って雲雀は柊の手首を掴み、彼女を引っ張り立たせた。
ぐい、と引っ張りあげられた柊の顔からは、明らかな困惑と反抗心が見て取れる。もごもごと口許が動いているあたり、そろそろ罵声も飛んでくるかもしれない。




「い、一日遅れるだけでも大変なことなんですが!!」
「それは明日の君が頑張ればいい話でしょ」
「!!!!」
「なんたって、今日は特別な日だからね」




事務仕事はもうやめだよ。

そう言って雲雀は、柊の手首を掴んだまま、彼女をずるずると引きずって応接室を後にした。

その口許は、愉し気に歪んでいた。





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