12-03


ディーノが始めて彼女に出会ったのは、彼がキャバッローネファミリーのボスに就任して間もなくのことである。

それは、同盟ファミリーであるボンゴレに、初めて挨拶に伺った日のことだ。
いつも父親が持って行っていたという手土産を持参し、ディーノは部下のロマーリオと共にボンゴレ本部へと赴いた。ボンゴレ9代目が執務を行うという巨大な屋敷は、今まで見たどんな建物よりも荘厳なつくりだった。就任したてとはいえ、ディーノはまだ若い。ボンゴレが如何に強大で巨大な組織なのかは、通された屋敷の廊下を歩くだけで身に染みて感じることが出来た。

映画でしか見たことのないような豪勢な大広間に通され、待つこと数十分。



(……まだか、まだ来ないのか)


側近として着いてきていたロマーリオは先代と何度も来たことがあるのであろう、至って涼しい顔をしていたが、ディーノは緊張のあまり胃を痛め続けていた。一体どれだけ恐ろしいボスが現れるのか。いつまで自分はこの恐怖と共に待ち続ければよいのか。やるならいっそ、ひと思いにやって欲しい。
見かねたロマーリオが「大丈夫だって、心配すんなボス」とフォローを入れてくれるが、怖いものは怖い。

ストレスの余り、(敵ではないが)敵前逃亡を図りたい、そんなことさえ思っていた時である。




ぱたん、と大広間の扉が開いた音がした。



その瞬間、ディーノは勢いよく立ち上がり、「こっ!!この度は!!お招きいただきありがとうごじゃいまひゅ!!!」と大声で叫び、深々とお辞儀をした。科白は噛み噛みで、勢い良すぎて座っていた椅子はばたん!と倒れてしまい、あまりの酷い有様にロマーリオはこらえきれずにぶふぉっと吹いた。


ディーノが深々とお辞儀をし続けるも、反応はない。
おかしい、と思って腰を折ったまま顔だけそうっと上げてみると、そこに居るであろうボンゴレ9代目の姿はなく、2脚のエスプレッソカップが乗ったワゴンがあるだけだった。


「……え?」


動揺していると、ワゴンはカタカタと動き出し、よくよく見れば小さな女の子がそれを押している。ワゴンはディーノとロマーリオの前で止まり、少女はぺこりとお辞儀をした。


「9代目は間もなくこちらにいらっしゃいます。先にこちらをお出しするようにと言付かってきました」


ワゴンにはエスプレッソが載っていて、ご丁寧に茶菓子としてビスコッティまで用意されていた。ディーノはかあっと火照る頬を隠し切れず「そ、そっか…」と言うにとどまり、ロマーリオは「お嬢ちゃん、ありがとうよ」とにこにこしながら飲み物を受け取った。

少女とロマーリオがエスプレッソの受け渡しをしている間、ディーノは先程吹っ飛ばしてしまった椅子をいそいそと直して再び着席する。すると、タイミングを見計らっていたらしい少女はワゴンを押してディーノに近づいてきた。


よく見れば、まだ5,6歳ほどの年端も行かぬ幼い子どもだ。しかし、世にも珍しい透明な橙色の瞳、そして目の醒めるような真っ直ぐな視線に、ディーノは思わず、ぎくりとした。

全てを見透かされいるようで、どこか心地が悪い。

カップとソーサーをワゴンの上で準備し始めた彼女に、ディーノは取り繕ったように笑いかけるが、別に彼女はにこりともしなかった。なんだこれ、笑い損か、と思っていたら、彼女はディーノを見つめて首を傾げた。


「お砂糖はいりますか?」
「…じゃあ、ふたつ」


シュガーポットから2つ、角砂糖を取り出しエスプレッソに入れる。ぽちゃぽちゃと音を立ててエスプレッソに溶け行く砂糖を確認した少女は、ディーノの前に茶器を置いた。その際、二人の視線はぱちりとあった。


「グラッツェ。まだ小さいのに上手だな。」
「有難うございます」


もう一度、接触を試みる。
ディーノがにこりと笑いかけると、ぺこり、と少女は頭を下げた。
だが、やはり別に笑みを零すこともなく、頭を上げてそのままワゴンのもとに戻ってしまう。まるで懐かない子猫のようだ、とディーノは思った。


そんなことを思っていると、またしてもぱたん、と扉は開き……今度こそ、ボンゴレ9代目がやってきた。ディーノが慌てて席から立ち会釈をすると、ボンゴレ9代目もまた穏やかな顔で会釈をした。





………顔合わせは散々だった。
あの日のことを、未だにロマーリオはネタにして部下たちにぺらぺらと吹聴している程度には、酷い有様だったと自分でも思う。心が広いボンゴレ9代目は笑って許してくれたため、事なきを得たが。





そうして、少女がいつの間にか広間から消えていたことにディーノが気づいたのは、帰りしなだった。







数日後、ディーノは同じく挨拶回りに行った際に再び彼女と出会うこととなる。

場所はボンゴレの門外顧問組織CEDEF本部でのことだ。
CEDEFは、事実上ボンゴレNo.2の沢田家光が運営する諜報機関である。
通常はボンゴレを有利にするための情報を扱い、金融や土地売買なども行っているが、非常時には武力行使も辞さないという文武に長けた組織である。ボンゴレと同盟を組んでいるキャバッローネは、昔から料金格安で彼らの恩恵にあずかることが出来る様に配慮されており、昔から懇意にしている取引相手である。


「そうか!お前が新しいボスか。俺はここを取り仕切る沢田家光だ」

明るく闊達な沢田家光と握手を交わし、ディーノはCEDEFの中を案内してもらいながら歩いて回った。すると、ある一室に見覚えのある少女がいた。

パソコンの前で複雑な数式を入力し続けている、橙色の瞳の少女。幼い容姿とは裏腹に、恐ろしい速さでタイピングをしている。



「あ?あの子…」
「ああ、この前9代目の屋敷で会ったんだったか」
「……」


自分の話をされているとも知らず、彼女は延々と数式を入力し続けている。まるでこちらの声など聞こえていないようだった。



「アイツ、今は丁度集中しているからなんも聞こえねーよ。税務局のパソコンに侵入したいんだと」
「は?」
「なんでも、うちのシマで脱税者と手を組んでるワル〜い税務局の調査員がいるらしくってな。証拠を掴もうと躍起になってるところだ」
「はぁ…?」



証拠を掴んで調査員を揺する。揺すったカネはCEDEFで頂戴し、そのまま脱税者と調査員を手の内にして協力者にするつもりらしい、と家光が彼女の魂胆をばらせば、ロマーリオが膝をうち大笑いした。


「なんだそりゃぁ!子どものくせにやるな!将来有望なマフィアだぜ!」
「だろ〜!?うちの美冬ちゃんすげーのなんのって!」



家光がデレデレと美冬のことを褒め称え始めると、突如彼女のタイピングが停まった。「よし」と小さく、満足げに呟いたその声はまさに先日聞いた声と同じものだとディーノは思った。どうやら侵入に成功したらしい、と家光は手を叩いて喜んだ。


パソコンの画面上には、更なる数列とフォルダが並び、彼女は鬼気迫る表情でパソコンの画面に釘付けになっている。ロマーリオは「あんな優秀な子ならウチにも欲しいなボス!」と声を上げたが、ディーノは難しい顔をして黙り込んだ。



聞けば歳はまだ6歳。
ディーノが6歳の頃なんて、ファミリーのことも考えず、近所の友達と呑気に遊んでいた時期だった。対して、たった二日見かけただけとはいえ、子どもらしくにこりと笑ったところなど一度も見かけたことがない、少女。




(笑ったら可愛いんだろうに…)




あの夕日のような橙色の瞳が細められたら、どんなに愛らしいだろうか。




そう思ったが後の祭り、ディーノによるあの手この手の少女篭絡作戦が始まった。
まるで、新しく幼い妹が出来たかのような溺愛ぶりだった。CEDEFにやってくる度、ディーノは少女にプレゼントを持っていくのだ。

或る時はお洋服を、ある時は人形を、その後プリンやエクレアなど女の子が喜びそうなものを与えて与えて与えまくった。その結果、彼女からは白い眼ばかりが向けられたものの、距離は縮まって(というか縮めて)今に至ったのである。



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