01-01


うららかな陽光が注ぐ3月の終わり。
イタリアのとある地にある、ボンゴレファミリーの門外顧問組織CEDEF本部の代表執務室にて。

その部屋の中央には円卓が鎮座していた。
そこには4脚のティーセットが用意されている。

円卓の前に座るのは、CEDEF代表の沢田家光。
代表秘書のオレガノ。
代表の弟子であるバジル。

そして、彼等のティーカップに紅茶を注いで廻るのは、経理部の美冬。

それぞれのカップに並々と紅茶を注いだ美冬は、ポットをワゴンに置き、自らも座る。

すると、待ちきれないといったバジルがフォークを手にとって、用意されていたケーキに手をつけた。
本日の一皿はシフォンケーキ。
オレンジピールが入って柑橘の香りがふわりと立ち上るシフォンを切り分けたバジルは、皿に添えてある生クリームをたっぷりとつけて、口の中に放り込んだ。


「おいしいです。美冬」

「よかった」


少し頬を染めて、にっこりと笑うバジルに、美冬もまた口元を少しだけ綻ばせる。
それが合図かのように、オレガノは紅茶に口をつけ、家光はケーキを頬張る。
ケーキと紅茶を用意した美冬は、その様子をひととおり眺めて問題ないことを確認してから、自らも紅茶を口にする。


CEDEFでは、昼下がりによくこんな光景が繰り広げられる。
それは、アフタヌーンティーという名の打合せ、である。
例えば今日の議題は、CEDEFのねぐらのひとつであるダミー会社の襲撃事件について。


「オレガノ、あの後、何か判ったことは」

「依然敵方の目的は不明です。」

「拙者も現場の捜索を行いましたが、人殺しは“ついで”といった雰囲気を感じました」

「そうか…」


それは、ダミー会社の社員全員が惨殺され、すべてが燃やし尽くされた事件。
全てが燃えてしまったがために犯人の手がかりも無く、マフィア絡みということもあって、警察はとっくに手を引いてしまった。

家光が紅茶を飲み干してため息を付くと、ポットを持った美冬が「人殺しがついでならば、敵方の目的は”秘密の探索”なんじゃないですか?例えば、お宝探し、とか。」なんて言いながら、家光のカップに紅茶を注ぎ始めた。


「お宝狙いの奴には碌な奴がいねぇからなぁ」


だはー、と家光はおどけながらため息をつくと、そういえば、と話題を切り替えるように紅茶を注ぐ美冬を見上げてこう言った。





「美冬、お前出発の準備は出来たのか?」






その言葉にぴくり、と紅茶を注ぐ美冬の手が止まる。
バジルは首を傾げた。


「出発……?美冬、このあと銀行まわりですか?」


拙者もついて行きましょうか?なんて穏やかに笑うバジルを見た家光とオレガノは、ぎょっとしたような表情で美冬を凝視する。
上司二人が醸しだす不穏な空気に首をかしげたバジルが「え?」と眉を寄せると、ポットを持ったままの美冬は困ったようにため息を1つこぼしてこう述べた。




「わたし、明日から日本へ長期任務に行きます」

「は…?」




目が点になったバジル。
あちゃぁ!という顔をしたオレガノと家光。
そして衝撃の発言をした美冬は表情を変えることなく次はオレガノのカップに紅茶を注ぎ始める。


ぽとととと…



先程までの血生臭い打合せは一転し、謎の沈黙が円卓に降りる。
美冬が紅茶を注ぐ音だけがしばし聞こえ、オレガノと家光はおそるおそるバジルの様子を伺った。
すると、しばらくどこか遠くの世界へ行っていたバジルの意識が戻ってきたのだろうか、「…拙者、何も聞いていませんが」と、彼らしからぬ少し低い声が聞こえてくる。
美冬はシフォンケーキを切り分けながら、淡々と説明を始めた。


「親方様のご子息が10代目候補にあがっているのはご存知ですよね?最近10代目候補の不審死が続いているので、私がご子息の学校に潜入して監視をすることになったんです。」

「銀行の振込みも1人で行けないのにですか!?」

「それは親方様とオレガノが過保護なだけです」


CEDEFの経理を幼いながら一人で担ってきた美冬。
これまでは、町に出て銀行まわりをするにも護衛をつけられてきた。
なんならオレガノによってサングラスなどを使った変装を厳重に施され、毎度CEDEFの外に出るときは美冬なのか判らないほど着膨れしながら出歩く羽目になる。

過保護といわれてもしょうがないが、実質彼女に何かがあったら、CEDEFの経理は途端に回らなくなる。CEDEFは少数精鋭が故に、誰かが欠けると色々と大変なのだ。



「日本での潜入活動なら、拙者の方が適任では?」
「そこはなんつーか、見た目の問題だな。お前は潜入先ではちと目立ちすぎる」



家光が苦笑いしながらそう答える。
確かに、美冬は日本人の両親から生まれたというだけあって、東洋人独特の白い肌と少し茶色がかった髪…平均的な日本人の要素を備えていた。
対してバジルは完全なるイタリア人少年の顔立ち。
こっそりと隠れて監視を行うというのであれば、美冬を送り込むほうが、正解だ。

しかし、美冬は他の日本人と比べて、全く異なる点がひとつある。
それは瞳の色。
温かで、透明な、橙色の瞳。

バジルが不安げに、その橙色の瞳をじっと見つめると、視線に気が付いたらしい美冬がバジルの蒼い瞳を見つめ返してきた。


「大丈夫、世の中にはカラーコンタクトなる便利なものがありましてね」
「………」


蒼い視線の意図を察した美冬はそう述べると「大丈夫、心配しないで」と言いながら、切り分けたケーキを空いたバジルの皿に載せた。

それまで、あまり表情を崩すことの無かった彼女の瞳が不意に細められる。
バジルはその表情を見て少し傷ついたような表情を浮かべると、椅子からがたりと立ち上がった。



「……ちょっと、失礼します」

「あれ?ケーキは?」




美冬はそうバジルに問いかけるが、彼は美冬に視線を合わせることなく執務室を後にしてしまった。




ぱたん、という音とともに、部屋の扉が閉められる。

すると、大人二人がぷるぷると震えながら美冬に憤怒の表情を浮かべた。


「ありゃあねーだろよ美冬」

「この任務、もう1ヶ月以上も前に決まってたじゃない!!どうしてバジルに言わなかったの!?」


あなたたち幼馴染でしょ!バジルショック受けてたじゃない!
いつもの大人の余裕はどこへ行ったのか、オレガノはバンバンとテーブルを叩きながら美冬にそう叫んだ。

すると、美冬はバジルの皿に載ったケーキをラップで包みながらポツリと答える。



「……本当は何も言わずに行くつもりでした」
「な!」
「幼馴染だからって、全部を言う必要は無いですよね」


今回の任務のことをバジルに知らせれば、「美冬には無理です」と言われ、止められるのが目に見える。
それなら何も言わずに出て行こうと思ったし、それよりなにより。



(最後のティータイムは、笑顔が見たかった)



口には出さなかったものの、美冬の沈黙を読み取った大人二名ははぁ、とため息をついた。


「お前の口は飾りモンか?言葉にしないと伝わらないってことはいっぱいあるんだぜ」


ほら行け、と家光は美冬の背中をとん、と押し出した。
サランラップで包んだケーキを胸に抱いた美冬が振り返ると、オレガノが「喧嘩別れしたまま任務なんて行ったら後悔残るんだから」と眼鏡の奥の瞳をきりりと引き上げてのたまった。

大人二人にこれだけ熱く追い出されてしまっては、行くしかない。

美冬は苦虫を噛み潰したような顔をしながら、部屋を後にした。






残された大人二人ははぁ、と溜息をつく。
微笑ましいやらもどかしいやらで二人は苦笑いを浮かべた。

「しょうがない二人ですね…まったく…」
「バジルなんてあれで自覚なしだぜ。青いよなぁ。」

そんな時だった。
家光が胸ポケットに入れていた端末がぶるぶると震える。
それは、緊急時のみに使用される端末だった。
それまでの空気は一変し、家光は戦慄の表情を浮かべて「俺だ」と回線を開く。



next top
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -