10-04
手当てはものの数分で終了した。
消毒が終わった後は、垂れた消毒液を綿で拭い、怪我に被覆材をぺたりと貼る。
「包帯とかガーゼじゃないんスね」
「今の時代、怪我によっては湿潤療法の方が良かったりするんですよ。」
「へー。しつじゅんりょうほう…なんかすげぇのな」
それは怪我した部分を乾かさないで置くことで傷の治りを良くする方法の名前だが、生憎と山本はその言葉を聞いたことはなかった。単語をオウム返ししてへらりと笑えば、跪いた彼女の視線と山本の視線がばちりとかみ合った。
「不用意な怪我は避けた方が良いですよ」
「……へ?」
「あなたが怪我すると、悲しむ人がいるんですから」
それはいつぞやに見た、真っ直ぐな視線だった。
眉間には薄らと皺が寄り、ややもすれば彼を非難するものであった。
柊美冬は知っている。
初夏に彼が怪我を理由に自殺を敢行し、監視対象である沢田綱吉が奮闘したその一部始終を。どこかの風紀委員長のお陰で直接その現場を目にすることはなかったが、伝え聞いた話や、これまで見てきた沢田綱吉の優しさを鑑みるに、沢田綱吉が未だ山本のことを心配していることは容易に想像できた。
だからこそ、この忠告である。
柊美冬が思うに、山本武は少々呑気である。
楽天的と言えば聞こえはいいが、向こう見ずと言っても過言ではないように思えたのだ。それは、夏に図書室を襲った山本武野球ボール投げ込み事件からも推察することが出来た。
「……ん。わかってる」
山本は、苦笑いするに留まった。
彼女が言わんとしていることの詳細は判らない。だが、雑駁ながらその真意を察することは出来る。おそらく、どうにも生真面目な彼女は、多分彼のことも、彼の周囲のことも心配しているのだ。
そんな真っ直ぐに彼を非難する視線を受け止めて、山本はふと、奇妙なことに気が付く。
妙に、心地が良い。
いっそ怒られたばかりだというのに、今、何故か山本の胸は震えていた。
その震えの正体は……喜びだ。
(……なんだ?)
顔に出したらまずいと思い、思わずにやけそうになる口元を覆う。
彼女はまっすぐ自分を捉えたままで、なんならその瞳には何とも言えない顔をした自身の顔が映り込んでいた。
思い出すのは、夏の夕方の出来事だ。
彼女は図書室の窓辺から、誰かを見て微笑んでいた。
体育祭の打ち合わせでは、笹川先輩とやたら息の合ったコンビネーションを見せていた。
体育祭当日、リレーのアンカーを走っていた山本ではなく、別の誰かを見ていた。
更には手当てをしていても、常に誰かに指示を出していて、決して山本のことを見てはいなかった。
その彼女が、今。
自分だけを見て、自分を諫めている。
ぞくり、と肚の中で何かが湧き出でる。
その”何か”の名前を、彼は知っていた。