10-03


朝の図書室は思った以上に静かだった。
外にいると感じるような、風の音や鳥の鳴き声さえも、この部屋には聞こえて来ない。
静寂の中で、柊が目当てのものを救急箱から取り出そうとする、かちゃかちゃという音だけがそこに鳴り響いていた。


山本はぼんやりとその部屋の中を改めて見回した。

整列した棚に、ぴっちりと詰まる本。
読書をするための椅子や机もまた、綺麗に整列していて、埃ひとつ見当たらない。

入り口には「新刊図書」と書かれた棚や、更にその横には手作りと思しき「リクエストボックス」なども置かれていて、ここは開かれた場所なのだな、と思う。
グラウンドで遊んでばかりで、こういった場所にはとんと縁がなかったが、どことなく人の手が入って整備されたその場所は心地が良いなと思えた。


ここはまるで、柊美冬を体現した場所のような、そんな気がした。


体育祭で柊美冬が行った手当ては、あっという間に終わってしまった。
彼女自身が手練れということもあったのだろう、苦痛を感じることは殆どなく、それどころかどことなく心地が良かった。

今回山本がここに来てしまった理由と言えば、それに尽きる。



―――なんとなく、もう一度、あの人の手当てを受けたい。



ただ、それだけのことなのだ。






「……考え事ですか?」
「……っ」


いつの間にか柊美冬は道具の用意を終えており、そうっと山本の脚に触れた。
その瞬間、触れられた場所が燃え広がるように熱くなり、視診されれば山本の胸はみしみしと押し潰されそうな感覚を覚えた。

怪我をしているのは脚なのに、何故胸が痛むのか。

柊の冷たい指が山本の脚をするりと滑る度に胸が高鳴り、ぞくぞくと背筋が粟立った。別に、彼女にとっては何のことはない行為に違いない。なにせ、怪我の手当てをするだけなのだから。

しかし不毛なことに、こちらは青少年である。

異性に触れられれば意識をしてしまうし、敏感にもなる。
更に、体育祭とは違ってこの場にいるのは自分と彼女だけ。
煩雑な戦場の中で様々な刺激を受けながらの手当てと、今自分と彼女しかいないこの静寂の中で受ける手当ては、全くの別物だ。


(まずい、なんかヤバい。)


みるみる顔が赤くなっていくのを実感した山本は、ついに耐え切れなくなって声を上げた。


「……っ、先輩、タンマ…」
「……え?」
「いや、あの……ゆ、指が」


なんか、すげーやらしくてヤバいです。
……などとは言えないのでついつい語尾を濁してしまう。
すると、はっとした様子の柊は宣った。


「あっ、すみません、手が冷たいのでびっくりされましたか」
「えっ!?あ…は、はい…」
「すみません、冷え性らしくてこればっかりは。気をつけますね」


慌てて彼女は山本の脚からぱっと手を離す。
その瞬間、山本の胸の高鳴りはようやく凪いで、山本を落ち着かせた。だが、同時に空虚感が肚の中に生まれるのを山本は感じた。


(……?)


何故空虚なのか?
山本が考えている間にも、柊はピンセットで消毒液を染み込ませた綿をつまみ、脚の怪我の上にそうっとのせた。
ぴりりと痛みは走るものの、元々大したことのない掠り傷だ。特段呻き声を上げることも、引き攣ることもなく、山本はただただ無言で彼女の手際を見つめた。



音もなく、静かに手当ては行われていく。



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