07-01


ぶるるっ


終業式の前夜。
CEDEFから旅立つ際、美冬に支給された通信装置が入電を告げた。


この装置は緊急時のみ使用される代物である。


美冬があわてて装置の受話ボタンを押せば、『お〜美冬!』となんとも気楽な声が聴こえてきた。
その声からは何ら緊急性を感じられず、美冬は不信感を露にした声色で返事をする。


「…親方様?」
『久しぶりだな、美冬、元気か〜?』
「大した御用が無いのであれば切りますよ」
『おい待て待て!!お前はいつもまったくどうしてそうなんだ!?ちゃんと用があるから連絡したんだろーが!切るな!』



慌てた家光に対し、美冬は「ではお伺いいたします」と声を静める。
家光から伝えられた内容は、明日から始まる夏休み中の監視についてであった。

夏休み中は四六時中家庭教師のリボーンが綱吉の傍に居る。

リボーンが傍に居る以上、危険らしい危険が綱吉を襲うことは、ほぼない。
よって美冬が監視をする必要は無いため、美冬は夏休みを自由に過ごしてよい――。

そう伝えた家光は『お前は夏休みなんか予定あるのか?』と問いかけてきた。


「いえ、特には。せっかく時間もあることですし、そちらの事務の仕事でも請け負いましょうか。なにかやることはありませんか?」
『ああいや、そういうのはいいんだ美冬。それより夏休みを堪能したほうがいいんじゃねーか?』

家光はそう言って、端末の向こうで笑った。

「夏休みを堪能、と言われましても、私中学生じゃないですし…」
『今のお前はれっきとした中学生だろ。海でも山でも行って来い。友達と遊んでもいいぞ!ああ、でも彼氏と遊ぶときは夕方6時までには家に帰れ……よ…!!』


人生初めての夏休みに困惑する美冬。
一方、家光は『彼氏…美冬に彼氏…』と自分の言葉にダメージを受けている。
美冬は呆れながら「お言葉ですが」と返す。


「彼氏なんて居ません。私はCEDEFの任務でここに来ているだけで、本分は中学生じゃないんですから!仕事はきっちりと…!」
『ああわかったわかった。じゃあアレだ。”夏休みをエンジョイしろ”っていう任務で良いだろ』
「な……!?」
『あ、俺これから9代目の処行かなきゃだから。じゃあなー美冬。楽しい夏休みにしろよー』


なんとも投げやりな通信は一方的に切られてしまい、美冬は端末を見つめて眉根を寄せる。

これまで仕事漬けで生活してきた彼女に与えられた、突然の休暇。
仕事漬けの彼女はろくに趣味もないため、膨大にある1カ月近い時間をどう過ごしてよいものか、さっぱりわからない。


「こ、困りました……」


まるで定年後のエリートサラリーマンが老後の過ごし方に迷いを見せるように、柊美冬もまた、夏休みの過ごし方に一晩をかけて云々と唸る羽目になった。






そうして迎えた終業式の朝。

夏休み前最後となる、沢田綱吉の登校を柊は図書室の窓からゆったりと眺めていた。
春、監視を始めた時には、この先彼がやって行けるのかと不安が募った。
いじめられたり置いていかれたり、ダメツナと呼ばれて散々な目に逢っていた彼も、今となっては獄寺や山本などの友人に囲まれて、ほとほと困りつつもどこか楽しそうな様子であった。

(…良かったですね、綱吉君)

満足気な顔でオペラグラスを鞄に閉まった柊は、チャイムと共に2年A組に赴く。すると、隣人の笹川了平は朝っぱらから暑苦しく柊に声をかけてきた。


「柊!!!夏休みは毎朝トレーニングだからな!!」
「えっ!?毎朝ですか!?それじゃ普段と変わらないのでは…!」
「当たり前だ!夏休みだからとトレーニングを怠けるようでは、勝つことなど不可能!!」


あの春の日以降、柊は雨の日以外は笹川了平の朝練に付き合うのが日課となっていた。初日は自転車でも追いつけなかった笹川に、今では並走することもできるようになるほど、身体は慣れつつある。

笹川の言うことは、一理ある。
今ここでサボってしまえば、柊もまた笹川についていくことが出来なくなる。

この瞬間、彼女の夏休みの日課に、「毎朝、ボクシング部のトレーニング」というタスクが課せられた。

柊は言った。


「まったく、しょうがないですね。やるからにはやりますよ。」
「極限に当たり前だァァァァ!!!」


ため息つきつつ、その言葉尻は嬉しそうなもの。
クラスメイト達はこの頃既に、「なんだかんだ言って、この二人は仲が良い」ということを理解し、二人の動向を生温く見守るようになっていた。




そしてその日の放課後。

「柊さん、失礼します!!」「ぎゃああ!!」

もはや日常となりつつある風紀委員による拉致被害に遭い、連れていかれた応接室で待ちかまえていたのは勿論雲雀恭弥であった。


「ご用件は。っていうか拉致はもうやめてください。」
「明日から授業がないから、朝からここで仕事してもらうから」
「えっ?夏休みなのに?」


柊の非難はあっさりと無視され突きつけられたのは決定事項。
思わず聞き返せば、雲雀はきょとんとしたまなざしを柊に向けて、小首を傾げた。


「夏休みだから何?君に仕事が回ってこないと思ってる?いつまでも中学生気分じゃ困るよ」
「私いつ社会人になったんですかね?」
「君は中学生である以前に僕に任命された図書委員長だよ。傅く理由はそれで十分だ」
「すごい…!どんな理論ですかそれは…!」


雲雀の超絶謎理論にもはや感銘さえ覚えつつ、柊は盛大にドン引きする。
しかしそんな柊の様子など全く意に介することなく、雲雀は「明日から並盛町の夏祭りの準備があるから、君にはその会計を頼むから」と事前準備として約60pの厚みがある書類を彼女に手渡した。


「え…ちなみに私いつ解放されるんですかね」
「さあ。夏休み明けじゃない?」
「へえ……」


”夏休みをエンジョイしろ”
家光が昨晩言い放った業務命令は、達成されそうな予感が全くしない。
むしろ、日常と仕事に忙殺される予感がひしひしと彼女に迫る。


夏休みとは、一体何なのか。


応接室の開け放たれた窓からは、下校する生徒たちのわいわい楽しそうな声が聞こえてきて、柊美冬はどこか遠くを見て、ため息を吐いた。



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