06-06


山本が教室に戻ると、共にキャッチボールをしていた沢田綱吉と獄寺がやってきた。事の次第を話せば、さぁっと沢田の顔色が悪くなる。

「俺が山本の球、取れないばっかりに…ごめん…」
「いやあんな球とれねーっすよ10代目!悪いのは100%コイツです!」
「そーだぜ。ツナが気にしなくてもいーって」

山本を指さしてやいのやいのと吠える獄寺はさておき、山本は肩を落とした綱吉に笑いかける。

まったくもって獄寺の言うとおりである。
山本はそもそも、綱吉とキャッチボールをする気などはなく、一直線に窓めがけて球を投げたのだ。綱吉が非を感じる必要は、全くと言っていい程にない。


「とりあえず、しばらくは大人しくしとかなきゃだなー」


山本の独り言に、綱吉も獄寺もじとりとした空気を纏うだけ。

もちろん、放課後の部活でも、山本は似たような空気を感じ取った。
事態を報告すれば、部長も山本に悪気はないであろうと思い、攻めることこそしなかったが、大層嘆き悲しんだ。
恩を感じていた部長が嘆く姿を見て、山本の胸中は流石に痛んだ。



それは柊が目論んだとおりだが、山本はそんな柊の思惑など知る由もない。



そして部活終わり。
約束通り、図書委員会からの請求書を取りに、山本は図書室へ向かって3階に向かう階段を歩いていた。
その途中、補習帰りで真っ青な顔をした沢田綱吉とすれ違ったりもしたが、2・3言話してすぐに図書室へ向かった。


3階一番奥のその部屋は、少しだけ入るのが躊躇われた。
自分で蒔いた種とはいえ、またあの真っ直ぐな強い瞳に貫かれるのは、今の山本には少々痛い。



「…ま、すぐ終わるよな」



そう自分に言い聞かせて、そろりと扉を開ける。

夕方6時を過ぎた図書室は人の気配も見当たらず、あたりはしんと静まり返っていた。
カウンターの奥、山本が昼にぶち抜いた窓ガラスの前には先ほど山本を攻め上げた図書委員長・柊が立っていた。
窓は既に修理が終わっているようで、穴も消えている。
何事も無かったように西日が差し込んで、室内を赤々と染めていた。



彼女は気配を消して入ってきた山本に気が付くことなく、窓の外を見つめている。
窓の外に広がるのは、ありふれた並盛の風景だ。
それをぼんやりと、どこか悲しそうに見つめる彼女は、先ほどまでの冷たい少女とは別人。

そして、眼下にある何かを、彼女の瞳が捉えたとき。




彼女はふわりと、いとおしげに笑った。







「……」






割れた窓から吹き込んだ風が、彼女の髪を揺らしたとき。
髪をかきあげて、そのまっすぐな瞳で射抜かれたとき、心臓がぎゅうと痛んだ。


それよりも強烈な痛みが、山本の中を駆け抜ける。




(…?)




ぎりり、と身体の芯が捻りあげられるような妙な苛立ちを感じた山本は、反射的に気配を消すのをやめて、彼女に声をかけた。



「…何、見てんすか?」

「え?あ、山本君。…ああ、請求書ですね」





はっと振り向いた彼女の瞳からは夕日の橙は消え失せ、昼間に見せた鋭さと冷静さのみが残った。

柊はカウンターの中から請求書を取り出し、「これ、部長さんに渡しておいてください」と山本に封筒を手渡す。

山本が恐る恐るその中身を取り出して書類を開くと、そこには5,000円の文字。
驚いて顔を跳ね上げた山本と逆で、柊はそっけなくその顔を逸らした。



「あ、あれ?安くないっすか!?」
「……たまたまでは?」



つらっと言ってのける柊。
だが、何かを察した山本は、顔をぱぁっと明るく綻ばせた。


「すげー助かりました!ありがとうございます先輩!」
「…あなたの剛速球、死人が出かねないので部活動の中だけで役立ててくださいね」
「ッス!」



柊としては。

別に、やりすぎたかしら、なんて思ったわけじゃないのだ。

しょぼくれている山本が可哀想になったとか、そういうわけでもない。

ただ単に、ちょっと値切れそうな業者だったから、9割ほど値切っただけの話である。

本当に、ただそれだけの話である。




もし彼が犬だったら、尻尾をぶんぶんと振っているであろう。
そんな満面の笑顔を浮かべる目の前の男に、「わかったらさっさと行ってください」と柊は手をひらひら泳がせる。


すると、山本武は何を思ったか、こんなことを言いだした。



「っていうかさ、先輩」
「…?」
「名前、教えてください。俺、1年A組の山本武です。」



は?と柊が目を点にするも、彼が退く気配はない。
柊はこほん、と咳ばらいをすると、改めて彼に向き直る。




「美冬。…柊美冬。2年A組です。」
「…そっか。じゃー美冬先輩か。」
「…は」



なぜ突然そんなに距離を縮めてくるのだこの男。
柊の怪訝な顔など全く意に介さず快活に笑った山本は、「じゃーまた!」と言って図書室を後にした。


「いや、また窓壊されたら困るんですけど…?」


戸が締められ一人になった彼女は、誰もいない図書室で呟いた。

なにやら妙な展開であるが、さて家光にはどう報告したものか。



(やたら勘が良くて、勢いのある野球部員が沢田綱吉のお友達にいるようです、とかそんな感じで良いでしょうか…?)




時刻は18時半。

首を傾げつつも、美冬は閉館準備に取り掛かった。





こうして初戦は延長戦をむかえ、引き分けと相成った。


山本が感じた、捻り潰されるような、痛み。
その痛みに名が与えられるのは、もう少し後のこと。



夏はまだ、始まったばかり。



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