05-06
ディーノとロマーリオは程なくして、キャバッローネの本部に帰って行った。
執務室の円卓に残されたのは、3脚のティーセット。
ワゴンを引いてきて順に片づけを始めたバジルに、家光がふと声をかける。
「随分静かだったじゃねぇか」
「拙者が口を挟むことは何もありませんでしたから」
今日は、非公式とはいえトップ同士の会談だった。
きっちりと弁えることができるのは、バジルの美点である。
「でも、お前もあのメールの内容見たのは初めてだっただろ。興味はあっただろ?」
「そうですね。でも、美冬が無事にやれているようでなによりです。」
そう穏やかに微笑むバジルを見て、家光は内心苦笑いをする。
(なぁにが口を挟むことは何もない、だ)
姉であり妹であり、幼馴染で同僚。
バジルと美冬は常に一緒。
そのため、バジルには美冬のことを一番に知っているという自負があった。
そんなバジルのライバルは、たまにやってきて美冬に構い倒していくディーノの存在だった。
いつも自分と穏やかな時間を過ごしている美冬が、ディーノがやってくる度に構われ、愛され、疲労する。だけど、彼女自身はどんなに疲弊しても、決してその時間を嫌がらない。
どうやらバジルには、それがあまり面白くないらしい。
今日もそうだった。
ディーノが美冬のことを話す度に、バジルのポットを持つ手がぴくりと震えていたのを家光は見逃さなかった。
「お前、美冬のことホント大事にしてるよなぁ」
「当たり前です。美冬は、拙者の姉であり妹であり幼馴染で同僚ですから。」
「あ、そう…」
このやり取りも既に定型文と化して5年が経過した。
いつものように穏やかに言い切ったバジルに、家光は呆れるように笑った。
彼は自分の身を弁えることが出来るくらいには、CEDEFに従順だった。
そして、美冬にも(何の種類かはともかくとして、)深い愛情を持っていた。
家光は思惑をのせた瞳を閉じて、バジルの肩を叩く。
「美冬が戻って来た時は、よろしく頼むぜ。」
「……?」
「あ、俺これから本部行ってくるからなー。夜まで戻らねーから、夕方の一人稽古サボるんじゃねぇぞ」
「あ、はい!」
そうして家光は、執務室を後にした。
執務室の外には、代表秘書のオレガノが鞄をもって待ち構えていた。
眼鏡の奥の瞳は、きりりと引き締まり、ややもすれば家光を冷たく睨んでいた。
「そう怖い顔すんなよ」
「バジルには、いつお話しに?」
「アイツの気持ちに整理がつくまではなぁ…自分の気持ちが何なのか、それがわかるまではお預けさ」
二人はそう言いながら廊下を歩き、玄関を出て入り口につけてあった黒塗りの車に乗り込んだ。
オレガノは運転席に乗り、家光は後部座席に。
やがて、かっちりとオレガノがシートベルトを締めて、車はCEDEF本部を出発した。
「…私、人の純情を弄ぶのは趣味じゃないんですけど」
「俺だって趣味じゃねぇよ。だが、それも宿命さ。」
ぶおおん!
そんな言葉聞きたくもない。まるでそう言わんばかりに、オレガノはエンジンをふかし、車は急加速する。
家光は苦笑いして、かきけされた言葉を胸に、流れ行く車窓を眺めていた。