03-06


早朝5時。

並盛川沿いのランニングコースに、笹川了平は朝日を浴びて立っていた。
昨日は雲雀恭弥にボコボコにされたが、妹の甲斐甲斐しい世話やら脅威の治癒能力によって、怪我は全て完治した。


「うむ。今日も極限に良い朝日だ。」


昇る朝日を見つめ、準備運動をして、川沿いのコースを毎朝走るのが、笹川の日課である。
ボクシングというルールの外では、雲雀のように笹川よりも強い者はたくさんいる。
素早さ、拳の重さ、ステップワーク。
まだまだ改善すべき点は大量にある。


朝日を浴びながら、えっちらおっちら準備運動を始めた笹川だが、自転車が視界に入ってくる。


(…ん?)


それはどんどん近づいてきて、笹川の目の前で止まった。
その自転車に乗っていたのは、制服を来た柊美冬だった。
しかし、自転車をただ漕いだだけのはずの彼女は、既に息も切れ切れで、ぜえはあと肩で息をしている。



「こんな時間からどうした柊…登校には早くないか……っていうかお前、自転車に乗っただけでそれなのか……!?」
「朝の…ロードワークは、脚力、と、ステップワークの向上に、必須です…。一定の速度と、リズムで走りきることを、まずは目指します」
「………は?」


笹川が呆気に取られていると、息も落ち着いた柊ががばり、と顔を上げる。


「私をマネージャーに指名したのは、笹川君です」
「……」
「後悔しても、知りませんよ」


朝の光よりも強い眼差しが、笹川を射貫く。
その瞳が語ることの葉に、笹川の目は大きく見開かれ、「当たり前だ!!」と拳をあげた。


「じゃあ、今日はまず、俺の後ろから着いてきてくれ」
「わかりました」
「気が付いたことがあったら、何でも言ってみろ」



準備運動の終わった笹川は、意気揚々と春の光の中を走り出した。
笹川の背中を追って、柊美冬は息を切らせながらも懸命に自転車を漕ぐ。
風を切りながら必死にペダルを漕ぐが、笹川は自転車の柊よりも早かった。


(は、早…!!)



ただでさえ、柊の身体には長年のデスクワークがたたり、運動能力なんて0に等しい。

あっという間に距離を離されてしまい、おまけに息も上がってしまって、柊は自転車を漕ぐ足を止めてしまった。
唸る心臓の鼓動に、痛む胸。
はあ、はあ、と息を繰り返していると、時折朝の冷たい風が頬を撫でていき、気持ちが良いとさえ感じる。




CEDEFでバリバリ経理をしていたこの自分が。

時に、人の命さえも紙一枚で軽く扱う仕事をしていた自分が。

自転車ひとつで汗をかき、やさしいと言われて絆されてしまうだなんて日本に来る前は全く予想もしていなかった。



(親方様は、こうなることをわかっていたんだろうか)



ふと、笹川の背中を見ながら、海の向こうにいる上司のことを思う。

すると、スピードが落ちた柊に気が付いた笹川が振り返り、「柊、お前これしきのスピードにもついてこれなかったら論外だぞ!」と発破をかけてきた。



「ま、まだまだ……っ!!」



慌ててペダルに足をかけ漕ぎ始めた美冬を見て、笹川はにかりと笑った。







時は4月も終わりごろ。

柊美冬と笹川了平の、長い長い付き合いの、ほんの初めの出来事だった。




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