19-06


翌朝。


「え、美冬先輩?」


登校途中の柊と、朝練前の山本はばったりと校門前で出くわした。
まだ早朝6時半である。部活動のない人間が登校する時間ではない。昨日の今日、ということもあり、山本は驚きで目を丸くした。


「あ、おはようございます。山本君。」
「先輩、早くね?」
「……まあ色々ありまして」


遠い目をした柊。
聞けば、昨日の放課後、雲雀が突如持ち込んできた大量の書類の処理が終わりきらず、持ち越してしまったらしい。朝、授業が始まる前までにすべてを終わらせるべく、彼女はこうして登校してきたという。


「そんなにすごいんですか?量」
「こう…ピラミッド的な感じになってますね」


そのピラミッドの高さを、山本は知っている。けれど、敢えて素知らぬ顔で訊ねれば、柊はげっそりとした顔で三角の山を象った。


くしゅん


柊がと小さなくしゃみをした。


「え、風邪っすか?」
「昨日、実は昼間の陽気に乗せられてうっかりうたた寝しまったんですよね。書類の処理が終わらなかったのは、そのせいでもあるんですけれど…」
「あー、気持ちよかったもんなあ、昨日。ドンマイです」



そう、彼女は昨日、気持ちよさそうに寝ていた。
頬をキーボードにくっつけて、山本に無防備な寝顔を晒していた。



唇にかかった一房の髪。

赤らんだ耳の端。

食めば柔らかな耳朶。


そして、女の色をした、吐息。



視線は、自然と彼女の耳へと注がれる。そこは、昨日自分が蹂躙した場所だ。



「準備運動してても身体すぐあったまるし、春も終わりっすね」
「季節を感じられるゆとりがほしい…」
「正月、”風紀委員会の言いなりにならない”とか言ってましたけど?」
「無理そうです…」



そうして、無難な話をしながら、二人は分かれ道に辿り着く。
右へ行けば、部活棟。正面へ行けば、桜の大木の奥には校門がある。
山本は「じゃ、俺はこれで」と部活棟への道に曲がろうとした時だった。



「あ、そうだ」
「へ?」



何かを思い出したように、柊美冬はぽん、と手をうった。
山本が首を傾げて柊に相対すると、彼女は真っ直ぐな視線で、山本を射貫いた。



「お誕生日、おめでとうございます」
「えっ」
「昨日、お誕生日でしたよね?あれ?違いました?」
「いや、知ってたんスか…?」



てっきりそんなことを彼女が知っているとは思わなかった山本は、ここへきて素直に狼狽した。



「まあ、知ってはいなかったのですが、昨日の野球部の練習を上から見てて気が付きました。女子の皆さんが色んな包みをもってあなたを追いかけていたので、きっとそうなのだろうと…」
「あー…見てたのか」
「ばっちり。なにせ図書室は全部丸見えですからね」


くすり、と笑う彼女に対し、山本の顔はぼわぼわと燃えるように紅潮していく。
昨日あれだけ勝手に彼女を踏みにじっておきながら、こうして祝ってもらえることに、素直に喜びの気持ちが沸き上がる。



「まあ、でも私は何も用意してないんですけどね」
「いや、十分っす」


嬉しさのあまり、頬が緩んでしまう。
そして、瞳は勝手に、熱を孕んでいく。


「十分、貰ったから気にしないでください」


誰も触れていないであろうその場所を、しつこく蹂躙して、美味しく食べさせてもらったから。それは誕生日ケーキよりも甘くて極上の御馳走だった。
彼女は身を捧げてしまったことに気づいていない、今やその背徳感さえもスパイスだ。


「プレゼントは流石にもういらないですよね…。持っていくのも一苦労そうです」
「だなー」


柊美冬は山本の言葉の裏にある意図など気づくこともない。
山本の相槌も相まって、物理的な話と勘違いした彼女は、的外れな解釈に自ら納得して頷いた。



「先輩からは別に欲しいものあるし、楽しみにとっておきます」
「え…なんですかそれ、怖…」



からりと笑った山本の意味深な発言に柊がドン引きするも、「じゃあまた」と言って山本は部活動棟に走っていく。
取り残された柊は、首を傾げたまま呟いた。




「強欲?強欲なの?」





それはあながち、的外れではない。

己に向けられた欲望の存在に、柊美冬は気が付くことはできなかった。







柊美冬は、何も知らない。



prev next top
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -