18-06






(夢か)


浮上した意識の中で、じわりと雲雀を蝕む記憶が蘇る。

それは、走馬燈のようだった。





風邪をひいた柊美冬が、笹川了平に背負われて帰った日のことだ。
彼女は襲い掛かる雲雀への恐怖から、無意識のうちに笹川にしがみ付いたのだ。

その瞬間を、雲雀は見逃さなかった。




どうして、とは思わなかった。
柊が自らボクシング部への入部を志望したのだ。柊と笹川が、マネージャーと選手で、密接な関係だということは理解できた。

そこにいるべきは自分だ、とも思わなかった。
彼女の風邪がうつったらと思うとゾッとする。二人して倒れている場合ではないのだ、たちまち業務は立ち行かなくなるから。

裏切られた、とも思わなかった。
何故なら自分と柊は、別に何でもない、ただの上司と部下、だから。




頭では全部わかっていた。
けれど、苛立ちは抑えられなかった。
振りきったトンファーは勢いよく笹川の顔面を抉ったが、笹川了平は倒れることはなかった。よりによって、彼は彼女のお陰で、成長していたからだ。


その後リボーンになじられた雲雀は苦々しい想いを抱えつつ、その場を退却した。
翌日、彼女は何事もなかったかのように現れ、2倍量の仕事をあっという間に片付けた。「最近睡眠不足だったせいもあるんですが、一晩しっかり寝るって大事ですね」と事もなげに言い放ち、周囲の風紀委員たちの度肝を抜いたのだ。

雲雀にとってはなんとも苦い思い出である。





柊美冬が必要だ。

彼女がいれば、風紀委員は安心して委員会業務に励めるし、業務の拡大も見込めるから。けれど、そんなのは建前だ。

雲雀恭弥には、柊美冬が、必要だった。



(悔しいけれど、認めざるを得ない)



そこはまだ夢の中だというのに、苛立ちから眉根がどんどん寄っていく。
妙に意識ははっきりし始めて、身体が重たくなっていくのを雲雀は感じていた。自分の頭部を、撫でつける手は、冷たくて、優しくて、なんとも焦れったい。

浮上の時は近い、そう思った時だった。






『ずっとここにいられたらいいのに』





聴こえてきたのは、間違いなく柊美冬の声だ。

それは、裏を返せばいつかはこの街から出て行かなければいけない、という意味である。


(何を言ってるんだ、君は)



桜クラ病のショックは大きかった。
身体の感覚が戻ってくると同時に、身体中が悲鳴を上げた。
未だに割れんばかりに頭が痛い。けれど、そんなことを言っている場合じゃなかった。目を瞑っている場合ではないと、雲雀は思った。



(いったい、どこへ行こうというの)



そうして、瞼を持ち上げる。
目の前にあった彼女の顔は、どこともつかぬ遠くを見ていた。
その表情を、雲雀は知っていた。

それは、雪の日に見た、底の見えないカオである。

ちらりちらりと雲雀の視界の端に桜の花びらが舞うたび吐き気を催すも、湧き出でる怒りが全てを押しとどめた。




(そんな顔をするくらいなら)



怠さをおしのけて、腕を、掌を持ち上げる。
己の頭を焦れったく這う柔らかな手首を壊さない程度に握りしめれば、苦痛で彼女の瞳が歪み、慌ててこちらを向いた。


そんな顔をするくらいなら、痛めつけて苦痛に歪んでいた方がまだましだ。


『君って本当、愚か者』



そして僕もまた、愚か者だ。







応接室に山のように積み上がったリーゼントたちの死体を尻目に、雲雀恭弥ははぁ、とため息を吐いた。
顔を赤黒く腫らした草壁が、「いかがなさいましたか」と問えば、デスクにかけた雲雀は整頓された書類に目を通しながらこう言った。


「柊をこの春から正式に風紀委員会の経理にしようと思う」
「……既に図書委員長継続の旨、通達を出しましたが…」
「別に兼任がダメって規則は、うちにない。そうだろ?」


それは一年前、彼女が言った言葉である。
あったとしても、捻じ曲げるだけだしね。
せせら笑って言外にそう告げる雲雀に、草壁は顔を引き攣らせた。





新学期はいよいよ始まろうとしていた。
柊美冬は3年生、そして彼女が監視する沢田綱吉はいよいよ2年生に進級する。

1年前と同様、またしても掲示板に貼られた通達によって悲鳴をあげる波乱の幕開けになるなど、柊美冬は知る由もない。




柊美冬は、何も知らない。





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