18-05


うおおおお………!!!
今にも合戦が始まるのではないか、という男たちの雄たけび。そして、大人数が勢いよく走ってくるのであろう、どどどどどどという地鳴りが、並盛中に近づいてくる。


「委員長おおお!!!」
「大丈夫ですかあああ!?!?!?」
「お怪我はありませんかああああ!!!!???」


現れた軍団は甲冑も来ていなければ、槍も弓も刀も持っていなかった。ただ、黒い学ランを着込み、リーゼントをびしりと整え、その手にはバットやらフライパンやら各種武器を持っている。


「どこのどいつだウチの委員長に喧嘩売った奴はァァァ!!」
「晒し首にすんぞコラァァァァ!!!」


血気盛んな男たちは血眼で周囲を見回しては誰彼構わず喧嘩を売りながら、並中に駆け込んできた。たまたま日曜日で構内に人が居なかったから良いものの、近所迷惑この上ない。

そして集団は、桜の木の前でぴたりと足を止めた。


彼らの目の前には、満開の桜の木の下、二人の男女の姿があった。
女は男の頭を腿の上にのせて、男の黒髪をやわらかい手つきで梳いていた。
一方、男は女の顔を見上げて、女の頬を優しく撫でつけている。




あっ これは もしかして いや もしかしなくとも




あれだけ雄叫びを上げていた男たちの覇気はいっせいに凪ぎ、目の前に広がる絵面に彼等は思考を停止させた。

女は、風紀委員会で諸々を担う少女、柊美冬。

そして、男は、彼らのボスこと、風紀委員会委員長の雲雀恭弥である。




リーゼントたちは知っていた。
雲雀恭弥が、柊美冬を”お気に入り”にしている、事実を。そしてその想いが、まったくもって柊美冬に届いていないという、事実も。


(い、い、い、委員長おおおおお!!)
(おめでとうございます委員長!!!)
(なんということだ、今日は赤飯だ!)



男たちは心の中で各々感涙にむせび泣いた。決して声に出すことはしない。それ即ち死を意味する。

男たちの先頭に立っていた風紀委員会副委員長の草壁哲也は、決して邪魔をしては行けないと察し、即座にこの場を去るべきだと判断した。
草壁が退却の「た」の字を発したときだった。



「ああ、皆さん、予定時刻ぴったりですね、さすがです。」



彼らの存在に気付いた柊が、雲雀を見下ろしていた顔を上げて、朗らかに声をあげた。



(あっ…)
(あああ〜〜〜〜!!)



男たちは一瞬にして退路を断たれた。

彼等は一言も発することなく、だらだらと冷や汗を流すのみ。柊はそんな彼らにお構いなしに、こう続けた。


「雲雀先輩、なんだか具合悪いらしいんです。わざわざおよび立てしてすみません。私では運べなかったので、あとお願いして良いですか?」


ことばを受けた草壁は、おそるおそる柊の膝の上に横になる雲雀の顔を、見た。





「……………ああ、承った」





たっぷりの間ののち、草壁はそう呟き、自然と熱くなる目頭を押さえた。

草壁の後ろに控えていた男たちもまた、心の中で泣きに泣いた。

それは我らが風紀委員長・雲雀恭弥の恋は相変わらず前途多難であるが故であり、己の命が風前の灯と悟ってしまったからである。










リーゼントたちに担がれ校舎に消えていった雲雀を見送った柊は、のんびりと歩いて帰途についた。
住宅街のあちこちで咲く桜がふわふわと花弁を散らしていくさまは、いつもの並盛のまちを幻想的に塗り替えていく。せっかくだからと公園前のコンビニでバリバリくんを購入して、並盛公園のベンチに腰掛けた。


『この手を振りほどけもしない君が、僕から逃げられると思う?』


それは、絶妙な科白だった。
並盛にまだいたい、けれどもいつかは出て行かなければいけないと思っていた矢先に、雲雀からの図ったかのような答え。締め上げられてしっかり赤くなった手首を見ながら、柊は冷たい氷菓子に口をつける。


「…私のこと、掴まえておいてくれるんですか?」


そう呟いて、さくりとバリバリくんを頬張れば、口の中はキンキンに冷えていく。少しだけ痛みを感じるのは、咥内と、胸の奥。


「嬉しいこと言ってくれますね。まったく。」


たとえそれが、凶悪な風紀委員長であろうとも。誰かに必要とされることはとても嬉しいと思う。それは、この町に、彼女がいてもいい、免罪符のようなものだ。

きっと雲雀恭弥にとっては深い意味はないのだろう。彼にとって自分は体のいい電卓でしかない。ただ、実際に彼女がいなければ現在の風紀委員会の事務作業の半分は回らないのも事実だが。



「…私って、なんなんでしょうか」



幼馴染は、きっとイタリアで自分の帰還を待ってくれているだろう。
上司も、任務をきっちりこなして帰れば、諸手を挙げて喜んでくれるに違いない。
己の価値は、間違いなくイタリアにあるはずだった。


だが。

雲雀が見出した己の価値は、彼にとってはなくてはならないものだろう。並盛を愛する彼は、並盛を守るために必要なパーツである彼女を必要としている。

いつか、自分がこの町を出なければいけなくなったとき。雲雀は無理矢理彼女を引き止めてくれるかもしれない。


それは桜の花びらのように、甘くて、淡い夢だ。



(……いやいや、なにを言っているんですかね私は)


さくり。
舌の上で氷菓子はとろけていく。
それはまるで、降っては融け行く沫雪のよう。



あまりにも憐れな夢は、美冬の舌の上で溶けていった。





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