01-05
翌日。
緊急招集から一夜が明け、美冬は盛大な見送りを受けることもなく、淡々と黒塗りの車に乗り、空港に向けて出発した。
「あっけないお別れでごめんね。美冬。」
「いえ、いいんです。湿っぽいのは苦手ですし。」
運転手を務めるオレガノは、アウストラーダを速度超過気味で車を走らせていた。それもそのはず、オレガノは美冬を送り次第、すぐにとある場所へ行かなければいけないのだ。
昨日の緊急招集で、またしてもCEDEF傘下の企業が襲撃されたことが明かされた。
最近多発しているシマ荒らしと同じ犯人だということが予想されたため、家光を始めとしたCEDEFのほとんどの戦闘員がすでに昨日現場へ向かったのである。
美冬もまた、バックアップを手伝うと進言したものの、家光からは「息子の方にも何かあってはいけないので構わずに日本に行くように」と指令が出たため、美冬はメンバーとは別行動をとることになってしまった。
オレガノは、美冬を送り次第、現場へ直行することが決まっているため、早々に美冬を空港へ送るべく、車を走らせているのである。
「……みんな、大丈夫でしょうか」
「親方様が直々に向かったのだから、心配することはないわ。それより、忘れ物はないの?随分荷物が少ないようだけれど」
オレガノがちらりとバックミラーで美冬の荷物を確認する。
小さな旅行鞄、手元には古ぼけた詩集がひとつ。
美冬は神妙な面持ちでこくり、と頷く。
「いいんです。大事なものは少ししかないし、それに…」
そこまで言って、美冬はふと車窓の景色が、異様なスピードで流れ行くことに気が付いた。
「オレガノ、スピード出し過ぎでは…?って、180kmは流石にマズいですよ!」
「平気平気!この前もカーチェイスでこれくらいは出してたわよ」
オレガノが後部座席の美冬に向けてばっちりウィンクをかませば、がたん!と車体が大きく左にズレる。
「わぁぁぁ!前見てください、前!!」
「ふふ、ごめんなさいね。私も美冬がいなくなると思って動揺しちゃったのかしら。………バジルみたいに」
美冬は真っ青な顔でオレガノを促すが、オレガノは余裕の表情で笑い飛ばす。
そして、意味深な科白と共に、ひらりと一枚の写真を取り出して美冬に放った。
その写真を見た瞬間、美冬の目が点になる。
「……!」
写真に写っているのは、思いっきり目を瞑った美冬と、その美冬の目元に口づけるバジルの横顔。
「ふふ……いつ誰に見られてるかわからないから、気をつけなさい」
「オレガノ、趣味が悪いですよ…」
揶揄するものの、美冬の目は写真に釘付けになってしまっていた。
そんな美冬をバックミラー越しに見たオレガノは満足そうに笑い、そしてその瞳は美冬の遥か奥、ずっとずっと後ろに見える、不審な黒塗りの車を確認した。
「さぁて、急がなきゃね…」
ぶぉぉん、とアクセルをふかしたオレガノは、更にスピードを上げて空港に向かった。
しかし、写真に気を取られている美冬は、オレガノがスピードを上げたことも、その理由も、後ろの不審な車のことも、全く気付くことはなかった。