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「さすがに一週間分の洗濯ともなると、なかなか大変だな。」

ディーノを見送ったのち、部屋に一人残った美冬は、こまごまとした自室の掃除に明け暮れていた。ロマーリオは本当にいろいろと家のことをやってくれた。それでいて、彼は敢えて女性ものの服や下着の洗濯などには手をつけなかったし、仕事場であるパソコン付近にはいくら紙の山が雪崩を起こしていようが一切触れることはなかった。

ボンゴレとキャバッローネ、レディと紳士。
明確に線引きをして、不可侵領域については絶対に触れようとしないロマーリオのやり方は、美冬にとっては感謝してもしきれない程にありがたいものであった。

なにより、今回はディーノの傍にはほとんどロマーリオが着いていてくれた。
お陰様で、ディーノの滞在中に、キッチンが爆破されたり、家の食器がすべて割られたり、ディーノが掃除機のコンセントに足を引っかけて転ぶ…なんてことは一切なく、それはそれは穏やかな日々が続いた。

ロマーリオの在り方には見習うべきところが本当に多い。
自分もいつかはああいう風に、CEDEFをサポートできるようになれたらいいな、と美冬はひそかに思っている。CEDEFでの在籍期間こそ長いが、スタッフのサポートが出来るかと言えば別である。なにせ、オレガノや沢田家光からはまだまだ人の心への機微に疎い部分があると指摘されてきたくらいなのだから。



「でもだいぶ、マシになったと思うんだけれど。」

ひとり呟いて、思い起こすのは並盛で出会った同年代の顔だ。
クラスメイトや風紀委員、図書委員。ハルや京子、山本、獄寺、雲雀、笹川。任務で赴いただけだったのに、いつの間にか並盛の人々は彼女に人の心を与えてくれた。彼等と過ごした日々は振り回されてばかりだったけれど、どこかあたたかく、刺激的だった。

「…みんな、どうしているんだろう」

沢田綱吉とビアンキ、雲雀恭弥は目下のところ入院中。フゥ太、草壁哲也、笹川了平は退院済。比較的軽傷の部類だという山本武と獄寺隼人も、もう間もなく退院するという話である。

たった一週間。
夏休みよりもはるかに短い期間だが、なじみの顔が見られないのはなんだか寂しい。まして、最後に彼等を目にした時は、彼らは血や怪我にまみれている、そんな記憶ばかりだ。無事だとはわかっていても、どことなく不安が募る。


「…元気かな」


自然と零れた呟き。
それに呼応するように、ぴんぽん、とチャイムが緩やかな音を鳴らした。
来客の報せがリビングルームに鳴り響き、美冬ははっと我に返ってインターホンに駆け寄った。


「……?」


CEDEFから来客の予定はなかったし、今日は診察の予定もない。もしかしてディーノが忘れ物でもしたのだろうか、と思いながら応答ボタンを押すと、部屋にあったモニターの液晶画面には見知った顔がどアップで映し出された。



「柊!!!生きてるか!!??」



ザザザ。
ただでさえ荒いインターホンの音声だというのに、あまりの大声により音声は完全に割れている。頭痛さえ起こしかねない大音量に、美冬はモニターからのけ反った。


「え……」
「いるなら開けろ!!担任からプリント預かってきたぞ!!」


彼は先日まで包帯でぐるぐる巻きにされていたはずの少年であった。なんなら数秒前まで彼について美冬は杞憂を浮かべていたくらいなのだ。だが、そんな心配など瞬時に吹っ飛ぶほどの威勢の良さ(と傲慢さ)に、彼女は茫然と口を開けた。


(担任から、プリント…?)


衝撃のあまり頭が真っ白になった美冬は、辛うじて脳内で情報を振り返る。
インターホン越しの男は、なにやらプリントを持ってきたから家に上げろと言っている。

(う、うーん……)

美冬はインターホンから目を離し、自室を振り返る。
部屋はそこそこ片付いていたので、彼を上げる分には問題ない。だが、問題は彼女自身にある。まだまだ小さな傷は全身のあちこちに残っているし、コンタクトは外してしまっているので人に会えるような状態ではない。

「あの、ポストに入れておいて…「土産もある!!」………」

おずおずと美冬が切り出すも、彼はそれを全く無視して画面越しにどどんと紙袋をかざして見せつけた。それは完全に見舞いの体であり、美冬が彼を追い返す逃げ道は絶たれてしまったも同然である。


「……………わかりました。5分ほどお待ちいただけますか。家を片付けますので」
「任せろ!!そうだ、確かお前の部屋は最上階だったな?トレーニングがてら、階段からうさぎ跳びで向かうことにする!!!」
「えええ」


一体何を任せろというのか。
文脈を超越した理論は相変わらずで、彼はオートロックが解除されるや否や、するりとエントランスの脇にあった階段に駆け寄っていった。彼は美冬がいる12階までうさぎ跳びでやってくるという。本当かどうかわからない。だが、彼ならやりかねない。土産とやらは大丈夫なのか。



「……ま、まずい!!」

ここは最上階とはいえ、相手はあの男だ。下手したらエレベーターより早いかもしれない。あの極限を追い求める性急な彼が、5分など悠長に待っていられるとも思えない。

彼が階段を上がりきる前に、ある程度“見られるよう”にしなくてはいけない。
美冬は慌てて洗面台に滑り込みカラーコンタクトを装着する。更に、腫れは収まったものの少し跡が残っている頬の傷を、ロマーリオが用意してくれたコンシーラーで隠した。続いて、包帯が目立つ腕を隠すべく長袖に着替え、脚も露出を避けて黒タイツを履く。

鏡の中の自分は秋を通り越して若干冬めいたスタイルになってしまったが、「まあ、いいでしょう」。

その後、部屋干ししていた衣服を全て仕事部屋に乱暴に突っ込んだところで、外付けのチャイムがピンポンと鳴った。


「来た…!」


最後に部屋を一巡し、妙なものが落ちていないかを確認した美冬が、玄関に足を運んだところで。



ドンドンドンドンドン!!!

柊!!!

開けろぉぉぉおお!!

いるのはわかってる、籠城しようとしても無駄だぞ!!!





部屋備え付けのチャイムは激しく連打され、部屋の扉が思いっきり叩かれた。
防音のはずの扉からは暑苦しい声が響き渡り、美冬はその勢いに卒倒しそうになった。本当に数日前まで入院していたのか?あの包帯は幻だったのだろうか?

あんなに落ち込んでいたのがなんだか馬鹿らしくなった美冬は、ため息を吐きながら目の前にある連打される扉の鍵を開けた。


「……いったいどこの取り立て屋ですか」

「おお!!元気そうだな!!」


少しばかり怒りを滲ませながら、柊美冬は目の前でにかりと笑うクラスメイト・笹川了平を睨み上げた。笹川は美冬の表情になど気圧されることもなく、いつものように陽の気を発して笑った。


「近所迷惑なのでほんとやめてくれませんか」
「俺は人様に迷惑はかけんぞ!!」
「叫んでドア叩いてチャイム連打したのはどこの誰ですか」
「…はっ…極限に、俺だな!!!」


流れるようにボケとツッコミを繰り広げ、片や笹川はがははと笑い声をあげ、片や美冬は深い深いため息を吐いた。美冬の肩には久しぶりの疲労がどっと降りかかる。そう、これはいわゆる「ツッコミ疲れ」である。


(でも)


疲れと呆れを体現していたはずの頬はむずむずと緩み、じわじわと相好は崩れ始めた。への字に曲がっていたはずの口許が、ぶるりと震え、上向いていく。続いて、眉間によっていたはずの皺は消え去り、焦げ茶色の瞳が柔らかく細められた。


「まったく、しょうがないですね。……さっさと入ってください。」
「おう、邪魔するな」


その口調とは裏腹に、彼女の頬はここ数日の中で最も紅潮していた。
笹川了平と柊美冬は、見つめ合って、どちらからともなく笑いあった。





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