31-2

「進路希望?」
「お前まだ出してないだろうが」
「俺はボクシング地球代表になる男だ!進路など関係ない!!」
「……」

その日、廊下にて。
担任から笹川了平に差し出されたA4プリントには、でかでかと「進路希望調査票」という7文字が書かれていた。曰く、それらは本来であれば9月の頭に提出されてしかるべきものだったが、件の事件のせいで有耶無耶になっていたのだ。
既に一般生徒は提出を終えており、例の一件で入院中だった生徒たちだけが未提出の状態であるという。


「えーと、おまえが地球代表になるのはわかったから、ひとまず進路希望は教えてくれよな」
「…むう。仕方あるまい。」
「親御さんとよく相談しろよ。ああ、そうだ。」


そう言って、担任はもう一枚同じプリントを笹川に手渡した。


「柊にもこれ、渡してやってくれないか」
「…?」
「アイツもまだ未提出なんだよ。例の親知らずの件で来てなくて。笹川、前に柊の家行ったんだろ?場所わかるよな?」
「そりゃわかるが、しかし…」

こういうのは担任が自ら行くべきなのでは、と言おうとしたが、「俺は忙しいんだよ」と彼はあっさりと切り捨てた。頼んだぞ、と言って笹川の肩を叩くと、担任は職員室へと戻って行った。

笹川の手に残されたのは、2枚のプリント。














「あー笹川休みだったもんな」「私たち出しちゃったよ、それ」

笹川がプリントを持って教室に戻ると、近くの席のクラスメイト達が話しかけてきた。なお、本日も笹川の隣の席の主は休みである。笹川はプリントを見ながら不満げに呟いた。

「俺としてはボクシング地球代表になるから進路なぞ興味はないんだが」
「ああ…」「うん…」

さも当然と言わんばかりに発言した笹川に、また始まったよ、という弛緩した空気があたり一面を覆う。そんな空気など気にも留めない笹川は、困ったように眉根を寄せながら忌々しげにプリントをつまみ上げた。

「これを柊にも渡せと担任に言われてしまった。」

ガタッ
その瞬間、その場にいた生徒達は一斉に笹川に振り向いた。どこからか「先生公認じゃん………」という感慨深げなつぶやきが聞こえてくる。笹川は、柊と仲の良いクラスメイトの少女にプリントを渡そうとした。

「そうだ、すまんが代わりに行ってくれないか。俺は今日トレーニングがあ「嫌」……」

まるで脊髄反射かのように、即座に彼女は手をクロスさせてNOの意思表示をする。

「お前柊と仲いいだろうが!?」
「仲良いけどそれとこれとは別よ」
「何故だ?!」

彼女は静かに首を振った。まるで悟れ、と言わんばかりに。すると、その様子を見ていた男子生徒がこう言った。

「お前が行けばいいんじゃん。笹川以外に柊さんち判る奴いねーぜ?」
「だが俺は今日はトレーニングが「トレーニングがてら走って行けば?」……」

ぐうの音も出ない最善のアイディアに、笹川は思わずたじろいでしまう。すると畳みかけるようにどこぞの女子生徒は言った。

「お見舞いも行かずにトレーニングを最優先するとか、友達としてどうなの?」
「う…」

まるで人でなし、と言わんばかりの言葉は、笹川の胸を容赦なく穿つ。
笹川にとって、ボクシングは何よりも大事なことである。…が、人としての礼儀が大事なことくらいは知っている。彼はその点、義理堅い性格をしていた。

「く…しょうがない、俺が行く…」

ここまで言われてしまっては、行かざるをえない。撃沈した様子の笹川は、すごすごと鞄にプリントをしまった。クラスメイト達はしめしめと見守りつつ、ふとこんなことを呟いた。

「ていうか、柊さんはどこに行くんだろな。」
「私たちは大体みんなこのまま並盛高校に行くけどね。」


プリントをしまう笹川の手がぴたりと止まる。



「頭いいからな〜隣町の進学校とか通っちゃったりして」
「県外の全寮制のお嬢様校とか似合いそうだよねー。笹川君、何か知ってる?」
「……知らん」
「だよねー。いろいろとみんなのこと知ってる割に、意外と自分のこと教えてくれないよね、美冬ちゃん。」

事前に、潜伏先のクラスメイトの下調べをきちんと行い頭に叩き込んでいた柊は、クラス内では博識、というポジションに収まっていた。そんな彼女はいろいろと知っている割に、自分のことは語らない。

「本人に直接聞けばいいだろう」
「そこは笹川が聞いてきてよ」
「何故だ!?」
「よろしくなー」

キーンコーンカーンコーン……
笹川の悲痛な叫びむなしく、クラスメイト達は予鈴と共に三々五々己の席に戻っていく。

「……」

笹川の手には、少し皺が寄った2枚のプリントが残された。













見舞い、とは何を持っていけばいいのだろうか。
昼休み、笹川は妹が在籍する2年A組を訪ねた。

「う〜ん、そうだな〜」

見舞いに行きたい、何を持っていけばいい?と笹川は端的に妹に投げかける。すると、妹の京子は花やお菓子、果物など様々な候補を上げてくれた。だが、万年金欠の笹川にはどれも高価な品々である。正直、そんなものを買う余裕はない。

「っていうか、お兄ちゃんは誰のお見舞いに行くの?」
「……え」

先日の事件の余波でまだ学校に復帰していない者も多く、並盛中はまだまだ入院している者や欠席者が多くいる。2年A組もまた、沢田や獄寺など、特に事件に深くかかわった生徒の復帰はまだ先と言われている。

「……えーとだな、沢「もしかして、お兄ちゃん」」

笹川は敢えて“誰の”見舞いに行くのかは伝えなかった。柊、とはなんとなく言いづらいので、ここはひとつ妹と共通の知り合いである沢田の名前を出そうとした瞬間、京子の勘がふと天啓を告げた。


「柊さんのところ…!?」


1学年下の京子の耳にも、柊が長期欠席しているという噂は届いていた。なにせ、風紀委員会では、経理を担当していた柊がいなくなり、雲雀恭弥も長期欠席しているため、作業の手が回らずに書類が廊下にまで山積みになっている。
あの生き生きと風紀活動にいそしんでいたリーゼントたちが、揃いも揃ってゾンビのようにそろばんをはじいているという……のが本当かはわからないが、とにかく柊不在による影響は大きいというもっぱらの噂だ。

そんな柊美冬の下に。この兄が。

普段はぽわぽわにこにことしている笹川京子は、その時目にもとまらぬ速さで自席に戻り、財布を手に教室の入口へ戻る。

「お兄ちゃん、これ使って」
「な!?お、俺は妹に貸しなど……!!」
「貸しじゃないよお兄ちゃん。これは、私から柊さんへのお見舞いの気持ち。お兄ちゃんは私の代わりにこのお金を使って、柊さんにお花を買っていくの。」

慌てる笹川を余所に、京子は微笑みを崩すことなく二千円を笹川に手渡した。
いつも愛らしい妹の微笑みはいつもと変わらない。兄を見上げる潤んだ瞳はいつも通り天使のように愛らしい……はずなのに、何故か圧を感じる。
ひやり、と笹川は背中に汗が伝うのを感じた。


「だ、だが」
「いいから。」
「しかし」
「使って。お兄ちゃん。美冬さんに宜しく伝えてね。」


京子は数多の男たちを虜にし続けてきた極上の微笑みを兄に投げた。
いつもだったらたくましく「まかせろ!」と言うところだったが、笹川は「お…おう…」と渋々うなずくのみ。

かくして、事件より一週間。
笹川了平は、柊美冬の見舞いに行くことになったのである。



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