31-1

「おはよう!!!!」


黒曜との戦いが終わって、数日。
様々な後処理が行われていく中で、並盛中には平時の穏やかさが訪れつつつあった。比較的軽傷だった怪我人たちは続々と退院、学校に復帰している。

そんな中、全治三か月ともいわれるほどの重傷を負った笹川了平は、たった2日で入院を(勝手に)切り上げ、意気揚々と登校した。彼の妹も両親も、「もう、お兄ちゃんったら今度は無茶なトレーニングしないようにね」なんてニコニコしていたが、クラスメイト達はそうはいかなかった。

「笹川ァ!?え、何どうなってんの!?」
「全治三カ月って聞いたけど…学校にきて大丈夫!?」
「極限に問題ない!!!」

クラスメイト達による総ツッコミを笑顔で受け止め、なんなら力こぶを作って応じた彼に、全員がため息を吐いたのは言うまでもない。彼の身体にはまだまだ大量の包帯が巻かれ、松葉杖やギプスが散見されるというのに、本人だけはいつも通り元気だった。

「悪くなっても知らねーぞ…」
「ならんさ。なにせ俺にはさらに強くなるためのトレーニングが待っているのだからな!」

がははと笑う笹川に、クラスメイト一同はツッコむことを放棄した。


「柊さんがいたら、速攻で病院に送り返されてるところだぜ…」
「だよなあ」


クラスの誰かがこぼした言葉に、笹川の笑いが止まった。
そういえば、誰よりも早く教室にきている筈の、笹川の隣の席が、空いている。笹川の笑いにいの一番にツッコミを入れてくるはずの、あの声が聴こえない。


「……柊はどうした?」
「なんでも、突然出てきた親知らずを抜くことになったとかで、緊急入院して手術してるらしい。顔がバンバンに腫れてるんだと。」
「な…っ……」


思い出されるのは、入院先に柊美冬が訪ねて来た時のことだ。
笹川の怪我は自分に非があると思い込んでいたのであろう。彼女の瞳にいつものような光はなく、ずぶずぶと思考の海に飲み込まれているのが、傍から見てもよくわかった。

その後、思いつめたような彼女に「妙な真似はするな」とは言ったが。



(……嘘が、下手すぎる……)



自分だって人のことは言えない。柊美冬に吐いた嘘は、秒でばれた。だが、逆に言えば、そこそこの時間を一緒に過ごしているからこそ、わかる。柊美冬は、嘘を吐いている。

確信を持った笹川は、柊美冬の身に何かがあったことを察して閉口する。すると、笹川の心など与り知らぬクラスメイト達は口々にこんなことを言った。


「もう、美冬ちゃんってば、笹川君の怪我のこと知ってから、心ここにあらずってかんじだったんだからね〜」
「きっと、美冬ちゃんお見舞いに来たでしょ?今度は笹川君が美冬ちゃんのお見舞いに行ってあげなよ。」
「ぐ…」
「そーそー。俺達じゃ笹川のこと扱いきれねーもん。柊さんには早く帰ってきてもらわないとな」
「扱いとはどういう意味だ!?」






「「「「っていうか、二人ってホントに付き合ってないの????」」」」







それは、入院中にさんざん妹の京子に訊ねられた問いである。
何度も何度も違うと答えたが、彼女の問いは何度でも続いた。あまりのしつこさに笹川は兄として「いい加減にしろ」とたしなめたが、何故か京子は一切悪びれることも反省もなく、「だって…」と頬を染めるのみだ。

そして、そのやりとりを、退院早々のクラスでも行わなければいけないとは。


「だから、違うといってるだろーが!!!!」


え〜残念〜
やっぱりまだ違うのか…
いつになるんだろうねぇ…


笹川の叫びを受けて、教室内には生温い空気が流れる。笹川にとっては走って逃げだしたくなるほど居心地の悪い、何とも言えない空気だ。だが彼はまだ松葉杖の身。ここから3秒で逃走など無理に他ならない。

(ど、どうしたらいいんだ、この空気…!柊助けてくれ…!!)

こういう雰囲気など大の苦手である笹川は狼狽した。大概、こういう時は柊がいつも横にいて『全然残念じゃありません』『まだ、もなにもありませんから』『そんなタイミングはやってきません』といったように、各々のコメントにツッコむ形で打ち破ってくれるのだが、ここにいるのは彼一人である。笹川が、ここにいない彼女に助けを求めた時だった。


「笹川君って、実際美冬ちゃんのこと、どう思ってるの?」


それは、京子に問われるたびに、身を固める羽目になる、呪文のような言葉である。今回も御多分に漏れず、身をカチコチに凍らせた笹川は、目を見開いた。その様子を見たクラスメイトの好機の目が、一斉に自分に集まることを、笹川は自覚した。


「……、柊は、だな、」


キーン、コーン、カーン、コーン……

タイミングよく予鈴が鳴り響き、教室は生ぬるい空気から一転した。狙った獲物を追い詰められなかったのがよほど残念だったのか、クラスの面々は残念そうな面持ちで三々五々自席に戻っていく。中には舌打ちする女子までいて、笹川は女の怖さをまたひとつ身をもって知った。

やがて、担任が教室に入ってきて、ほどなくホームルームが始まる。




笹川了平は、隣の席をちらりと見た。

窓側にある、柊美冬の机。

ツッコミ上手のトレーナー兼友人の姿は、そこにはない。





『勝手に退院してくるとは何事ですか?怪我を悪化させたいんですか?なんて愚かな…』

『ギプスや松葉杖が何のためにあるかわかってます?今一度ご説明しましょうか。』



きっと、彼女のことだ。
こんな自分の姿を見たら、絶対零度の視線と共に、こんな感じで棘のある言葉を投げつけてくるだろう。それが、彼の身体を思っての棘であるということに、発する本人が気がついていないのが、面白い。それが柊美冬という女だ。


だが、刺さるはずの棘はなく、棘の持ち主もまた、ここにはいない。
そこには、空席があるのみだ。



そもそも、何故無理をしてまで、早々に退院なんてしたのか。

筋肉の衰えを危惧したから?
京子が心配するから?
さっさとトレーニングをしたいから?



「………ふん」



色々と面白くなくて、笹川は鼻を鳴らした。

視線の先には、主のいない席があるだけである。


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