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それにしても、と美冬は横で分厚い本を読み込んでいるフゥ太を見つめた。
先日会った時には自分よりはるかに幼かった少年が、立派な青年となっていて、10年という時の流れをまざまざと感じてしまう。


『僕、ランキング能力を失っちゃったみたいなんだ…』
『だから、これから先、生き抜いて行けるかも、わからない。少なくとも情報屋としてやってくのはもう無理かも』


それは、黒曜での彼の発言である。
彼とは地下牢で出会い、ごく僅かの時間を共有して、結局それっきりになっていた。もちろん、その後の彼の容体についてはオレガノから聞いていたし、こちらに来る直前にランボに困り果てる彼を見はしたものの、直接会話をするのは久しぶりであった。

10年後のフゥ太が持つ落ち着いた物腰と柔らかな空気は、彼の幼い頃の様子を思い返せば想像に難くない”正統進化”と言えるだろう。一方で、ランキング能力を失いながらも、10年経った後でもここにいるということは、彼が何らかの形で闇社会と繋がりながら、自己研鑽を積んできたということである。これもまた、想像に難くなかった。

途方もない努力の果てに、今彼はここにいる。


「…僕の顔に何かついてる?」
「あ…すみません。つい。」


美冬の視線に気が付いたフゥ太が、苦笑して美冬を見つめ返す。
こんな物腰柔らかな美青年の影の苦労を偲んでつい見つめてしまいました、なんて口が裂けても言えない。美冬がだんまりしてしまうと、フゥ太は思い出したように彼女に問う。

「そういえば美冬姉、なんで10年バズーカに巻き込まれちゃったの?」
「オレガノに言われて並盛公園を散歩していて…並盛病院の前に着いたら、遠くからランボさんの泣き声が聞こえて…気が付けばこんなことに」
「それはご愁傷様だね」

あの頃のランボは誤射多かったもんね、とフゥ太が腕組みしながらうんうんと頷くと、数学の問題に飽きたのであろう、ペン回しをしていたランボから「うるさいフゥ太」という弱弱しい抗議の声が挙げられた。

「ちょうどツナ兄が骸さんと戦ったばかりの頃かな」
「そうです。それから2週間ちょっと経ちました」
「そっかあ…それは懐かしいな」

彼にとっては、敵方に囚われ、能力を奪われた出来事のはずである。だが、彼は穏やかに過去を懐かしむような姿勢である。美冬からすれば、少し意外な印象であった。

「ちょっと意外です。あなたにとってはてっきり忌々しい記憶なのかと思ってました。」
「…そりゃあ、いい記憶ではないけれど。でもきちんと“今の僕”につながってる出来事だから、否定はできないかな。」
「そこ、肯定できるんですか。大人ですね」
「ちゃんと折り合いはつけられたってだけで、大人かどうかはわからないよ」

くす、と笑ったフゥ太の表情はあまりにも穏やかで。
それに比べて己はといえば。難癖付けられて囚われて、挙句にぼこぼこにされて寝込むはめになった、最悪の状況であった。お陰様で六道骸とその一味への心象は最悪だ。

「私は全然六道骸のこと赦す気になれないんですけれど」
「そうなの?」

美冬がそう零すと、フゥ太は意外そうな顔をして首を傾げた。
フゥ太は何故意外だなんて思うのか。それは何を意味するのか。10年後で美冬は六道骸とどういう関係になっているのか。疑問符が次から次へと湧き出てくる。
そんな美冬の止まらない思考を止めたのは、ペンを回すどころかペンを投げ出したランボであった。


「ていうか、美冬さんとフゥ太ってそんな昔から知り合いだったわけ?!」
「そうだよ。言ってなかった?」
「知らない!何それ!!」


憤慨するランボはフゥ太にくってかかり、その後悔しそうにギリギリと歯噛みする。

「ズルい…結局みんな並盛にいた美冬さんと知り合ってるんじゃないか…」
「まだランボは小さかったから」
「ぐぬううう」

そこにハンカチでもあれば引きちぎっていたのではないかと思えるほどの歯噛みである。いったい何が悔しいのだろうかと美冬は疑問に思うが、フゥ太がくすくす笑いながら教えてくれた。

「今のランボはね、普段から美冬姉と一緒にいる時間が少ないんだ。本当はもっと色々お話したいんだって」
「そうなんですか。」
「ワァァ!!フゥ太なにバラしてるんだよ!!」

穏やかな顔をして人の内面を勝手に暴露するフゥ太に、その歳に似合わぬ色気はどこかへ去ってしまったランボが、年相応に赤面しながら食って掛かる。まるで沢田綱吉のようだな、と美冬はその顔を凝視した。

「それにね、ランボは学校も通ってるし、普段の待機場所はボヴィーノだから、ますます美冬姉との接点は少ない」
「私との接点はともかく、義務教育を受けさせてもらえているのは素晴らしいことですね。」
「うん、ツナ兄の意向でね」

僕も今は大学に行かせてもらえてるしね、とフゥ太ははにかんだ。

それは何とも綱吉らしい施策だな、と美冬はつい笑ってしまった。
世間一般の人々と触れ合って研鑽し合ったり、友達が出来たりする場というのは、マフィアの世界には存在しない。そういった人との付き合いを学ぶことが出来る“学校”は重要な学びの場であると美冬も思う。

「私も通っていて思いますが、同年代の友達がいるってのは、なかなかいいものですよね」

脳裏に、クラスメイト達の笑顔がぼんやりと浮かぶ。
美冬の前の席に座る、いつも一緒にお昼を食べる女の子。時折からかってくるけれど、根は良い男子。隣の席の、いつもうるさいけれど、太陽のようにあたたかな笹川了平。彼らのことを思い出すと、自然と頬が緩んでしまう。

「ツナ兄は僕らに学校に行って、友達と過ごしてほしいって言ってるよ」
「綱吉君らしいですね」

傍から見ていても、獄寺や山本らと過ごすようになってから、沢田綱吉の笑顔は格段に増えたように思う。美冬の瞼にはランボやフゥ太も学校に行っておいでよ、と送り出した沢田綱吉の笑顔が浮かんだ。

「僕は学校なんて面倒くさいから行きたくない派ですけどね。勉強なら美冬さんがここに毎日来て教えてくれればいいんだ」
「美冬姉は忙しいんだから無理だよ」
「フゥ太ばっかりズルい。いつも美冬姉と一緒に行動してるじゃんか」
「あのねえ、それは僕が…………」


僕が?

美冬がフゥ太を凝視すると、はっとしたように「なんでもないよ」と彼は自分の口を自分で抑えた。

未来のことは出来る限り教えない。
フゥ太はそう言うが、様々な状況証拠が仮定を色づけ、物語る。
10年後、いったい自分はどうなっているのか。


「……未来、どうなってんの…?」


少しよそよそしくなったフゥ太と、変わらずハンカチがあれば引きちぎってしまいそうな勢いのランボを横に、美冬の口からは、思わずため息交じりの言葉が漏れだしてしまうのであった。

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