33-2

「…おいしい、です」
「本当?よかった。」

あたたかな日差しがふりそそぐもとで、3人でホットミルクを飲む。
ふわりと漂うシナモンの香りと、隠し味にはちみつが入ったレシピは、間違いなく彼女が母から教わった味である。

(なぜ、これを、彼が)

馴染みの味が、まさか他人から与えられることになるとは。つまりこの状況は、彼女は近い将来この味を彼に振る舞い、教えるということを示唆していた。

(何故…)

美冬の頭の中には「フゥ太との関係性」という謎が浮かび上がる。10年という歳月は、彼女に様々な変化をもたらしているらしい。ミルクに口をつけながら複雑な表情を浮かべる彼女を見た10年後のフゥ太は、口許に品の良い弧を浮かべて笑った。

それにしても。
美冬が未来にやってきて軽く10分は経過したが、全く元に戻る兆しはない。ミルクを啜る音と、チェンバロの軽やかな音が、3人の間に響き渡る。

「効力が切れてもいい時間なのに、戻れませんね。」
「まぁ、10年バズーカも所詮は人が作った機械ですから…」
「ボヴィーノの技術力はそれでいいんですか…」
「人間が作るモノに完璧なんて存在しないんです」

適当すぎる。
ヘラリと笑うランボに美冬が胡乱な眼差しを送ると、何故かランボは頬を染める。美冬の横に座っていたフゥ太は、「これまでにもこういうことが何回かあったけど、皆ちゃんと元に戻れたから心配しないで。」と苦笑した。

「ああ、もしかしたら!」

ランボはひときわ明るい声をあげると席を立ち、美冬の前に跪く。おもむろに美冬の手からカップを抜き去ると、その手を両手で包み込んだ。

「オレがこのままでいたいって思ってるから、バズーカが願いを聞いてくれたのかも」
「なんですかそのご都合主義は」

情熱的な眼差しと甘い言葉が向けられ、美冬はいっそう身を引いた。ぺちん、と手を払いのけると、目の前の男に絶対零度の眼差しを注ぐ。

…あのランボとはいえ、成長してしまえば息をするように殺し文句を吐いてくるところに、生粋のイタリア人の血を感じざるをえない。普通の女性なら舞い上がってしまうところかもしれないが、生憎その手のあれこれについて、彼女は慣れきってしまっていた。

「…あれ?ガードが堅い」
「どこかのお兄様のおかげで慣れてしまいました」
「うわー…」

ランボは「やられたな」と苦い表情を浮かべ、一方フゥ太は何を感心したのか「なるほど」と零す。

「美冬姉は昔から英才教育されていたんだね」
「そんな教育受けた覚えはありません!」

ついつい突っ込んでしまう美冬。それを見た男二人は、顔を見合わせた後、ぷ、と噴き出した。

なぜそこで笑うのか。笑うところなんてあっただろうか。

一人取り残された美冬が困惑していると、ランボは苦笑して「ああ、すみません」と美冬に頭を下げる。

「なんか、嬉しかったんです。」
「嬉しい?」
「だって、10年前の美冬さんが、こんなに表情豊かだなんて、思わなかったから」

それはつまり、どういうことなのだろう。
新たな疑問が、生まれてしまった。







「…あ、先にこっち展開して下さい」
「こうですか?」
「違います、さっきと同じ間違え方です。順番が違うの。」
「ええー…だから数学嫌いなんだよなあ」

ランボはノートに消しゴムをかける。
10年後のランボはきちんとイタリアの義務教育を受けていた。いくら色気を漂わせていても、彼はきちんと年相応の少年だ。因数分解に苦しみ、字もそこそこ汚く、わからないときは頭を抱える。

「ランボさんは因数分解の千本ノックでもしたらいいかもしれませんね。考えるより体を慣らしてしまう方が早そうです。」
「ウゲ…笹川氏と同じこと言ってる…」
「え」
「こらランボ、お口チャックだよ」

ランボのいう笹川氏とは、笹川了平に違いないだろう。
彼女が生きる時間軸の中で、笹川了平と自分はお世辞にも似ているとは言えない。いつの間にか自分は笹川に似てしまったのか。それとも彼が、美冬に似てきたとか?

(いやいや…ありえませんね…)

パソコンでバリバリに経理をする笹川了平を想像し、鳥肌を立てた美冬は一人首を振った。

「確か美冬姉は笹川さんと同じクラスだった時期があったんだよね」
「あ、はい」
「それで、雲雀さんと同じ風紀委員会にいたんだっけ」
「そうです」
「それはそれは。毎日大変そうだなあ」

フゥ太は分厚い本を広げて目を走らせながらからからと笑う。
結局いつまで経っても元の時代に戻れない美冬は、暇つぶしとばかりに因数分解の基礎がなっていないランボに向けて説明を続けていた。いっぽう、フゥ太の席に積まれている本は、イタリアの刑法と、警察組織に関してまとめられた本である。


「ねえ美冬姉、この場合のDIAのやりかたって合法なの?」
「え」

DIAといえばイタリア政府が作り上げたマフィア対策組織である。
彼が読んでいる本はマフィアを裁判にかけた際の判例集で、フゥ太は美冬に本を差し出した。

「えーと…合法かっていうとギリギリのラインですが、悔しいことにまかり通ってしまっているのが事実ですよね。私の時代でさえマフィアには厳しい時代ですし。」
「これからはこんな違法ぎりぎりの捜査の裏をかいくぐっていかないといけないって訳か。難しいなあ。」
「……っていや、なんで私があなたの勉強まで見てるんですか」
「え、教えて貰えるから。」

にこり、と悪びれもせずフゥ太は笑った。
法律、警察、判例集にノート。シャツにネクタイ、糊のきいたパンツを着こなすその姿はまさに勤勉な学生、といったところか。美冬の視線を受けたフゥ太は、「ああ」と納得したように頷いた。

「僕、今表向きは弁護士目指して大学に通ってるんだ。解らないところは教授より美冬姉に訊いた方が早いから、ランボの家庭教師してくれる日に僕もこうして教えてもらってるんだよ」
「ええ…」

CEDEFで事務経理や金融、時には法律関係まで請け負っていた彼女にとっては、確かに朝飯前の回答である。
しかし、未来ではいったい、自分はどのような立ち位置なのだろうか。少なくとも外出出来ているあたり、CEDEFで缶詰めになっているわけではなさそうだ。

「あの、私がいた頃と10年後では法律も多少変わっている筈なので、ぜひ10年後の私にきちんと訊ねてください」
「勿論、わかってるんだけどね…」
「美冬さん!フゥ太にばっかり教えてないでこっちも教えてよ」
「ええ…」

フゥ太と話していると、目の前にいたランボがぷくりと頬を膨らませながらこちらを睨んでくる。彼の細長い指が、トントンとノートを叩き、不機嫌さを醸し出していて、わかりやすく拗ねていた。そんなことを言われたって、美冬の身はひとつである。拗ねられても困るし、なんなら彼女が彼に何かを教える義理はない。

「教えてもらうわりに随分偉そうなんですね、ランボさんは」
「え…っ」

多少の苛立ちを交えて美冬が返せば、ランボはたちまち涙目になった。
10年前もたびたび遠目で見てきたが、彼は本当に打たれ弱い。この性質は10年経っても変わらぬようで、三つ子の魂百までとはまさにこのことなのだろう、と美冬は思う。

「なんかよくわかんないけど、怒られた気がする…」
「怒ってはいないだろうけど、不快には思っただろうね。ランボはものの言い方に気を付けないとダメだよっていつも言われてるでしょ。」

今にもめそめそと泣き出しそうなランボに、フゥ太は困ったように、だが確実に追い打ちをかけた。このやり取りの、この感じ…フゥ太は明らかにランボの扱いに“手慣れて”いる。やがて、先程までの色気はどこへやら、ランボの涙腺が決壊した。

「うわーーーん美冬さん!!ごめんなさい!!教えてください!!!」
「………わ、わかりましたから……泣かないで……」
「良かったねランボ。美冬姉、教えてくれるって。」

甘えたがりの情緒不安定な少年と、さわやかな笑顔が麗しい青年に挟まれ、美冬は心の底から思った。


(早く帰りたい……)



と。


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