30-1

「本っっ当に大丈夫なのか?!」
「大丈夫です。」
「だが、まだ傷がこんなに…」
「大丈夫です。いいからさっさとお帰りください。」


ここは美冬の自室の玄関である。
別れを惜しむキャバッローネファミリーのボス・ディーノを、美冬は困ったように、でもきっぱりと拒絶している最中だった。あまりにきっぱりと拒絶したところ、ディーノは感極まった様子で「俺の妹分は今日も冷たい…だが元気になった証拠だ…!」と漏らし、涙を流した。それを見た美冬は顔をひきつらせ、ロマーリオはため息を吐いて美冬の肩に手を置いた。すまないな、と言いながら。

あの事件の幕切れから、早くも一週間が経とうとしている。






目が覚めたのは、事件が終わった翌日のことである。
ぼんやりと自室の殺風景な天井が目に入り、続いて視界に入ってきたのは、目を真ん丸くしたディーノの顔だった。イケメンがもったいない、なんて思った瞬間だった。

「う……っ」
「美冬!、お、おいロマーリオ!!美冬が目ェ覚ましたぞ!!」

身体中が悲鳴を上げた。
小さく呻いて冷や汗を流す。ディーノに声をかけるどころか、声を発するのも苦しかった。ベッドの中でもがく美冬を見たディーノは、ドタドタと音を立てて部屋を飛び出していく。

(ああ……そうだ、)

そこでやっと、美冬は自身が六道骸にぼこぼこにされた事実を思い出したのだった。最後の方は記憶も飛んでしまっているが、今ここにいて痛みを感じているということは、彼女は生き延び、事態は収束したということに他ならない。

「美冬、今ロマーリオが痛み止めを…!」

ロマーリオを連れて部屋に戻ってきたディーノが、美冬の額に滲む汗を拭う。彼の背後では、ロマーリオが鞄から注射器を取り出しているのが目に入る。美冬は、ディーノに問う。

「あの、」
「な、なんだ?」
「みんなは、綱吉君は、無事ですか」

久しぶりにのどから絞り出した声は、情けないほどガラガラだった。
だが、そんなかすれた声を聴いたディーノは、その瞳を柔らかく細めて、こう言った。

「安心しろ、全員無事だ」

その言葉を聞いて、美冬はほっと胸を撫で下ろした。
すると、手に注射器を持ったロマーリオがディーノを押しのけ、美冬の傍に跪いた。

「まあ、お嬢は本当によくやったと思うぜ。お嬢のおかげで、結果的にあちらは壊滅したようなもんだからなあ」

腕をとられ、ちくり、と針が刺さる。何でも出来るロマーリオは、医術の心得もあるらしい。美冬は素直に感動しながら、ロマーリオの言葉を脳内で反芻した。

(私のおかげ…?)

自分の気のゆるみのせいで彼らを招いてしまったようなものなのに、一体何が功を奏したというのか。というかよく考えれば、なぜ彼等キャバッローネがCEDEFの末端である自分の面倒を見ているのか。首を傾げ続ける彼女の枕元に、ディーノは端末を置いた。

「お前、通信装置ぶっ壊したんだって?CEDEFから新しい端末届いてたぜ」
「…」
「気になることは直接確認したらいい。それ使ってな?」

そういえば、M・Mに連れて行かれる途中で、端末を車外に放り捨てたのだった。
きっと今頃、旧端末は路傍のゴミと化していることだろう。

「…よし。終わったぜボス」

ロマーリオの処置が終わるや否や、ディーノは待ってましたとばかりに甲斐甲斐しく美冬に毛布を掛けた。続いて枕を直し、襟元を正され、美冬の気分はまるでお人形だ。声こそ発しないが、じとりとディーノを見上げた美冬に対し、ニコニコの兄貴分はこう言った。

「そうそう、美冬が良くなるまで、俺がお前の面倒を見ることになったんだぜ!」

さあ、と顔色が蒼くなった美冬は、慌ててロマーリオに視線を移す。コーヒーもろくに入れられなかった男に看病なんてされたらたまったもんではない。顔色を即座に変えた美冬を見たロマーリオは、「ボスっつーか俺達キャバッローネだから安心しときな…」と苦笑いしながら付け加えた。


目覚めたその日は満足に起き上がることも出来なかった。
だが、二日も経てば、ベッドから起き上がれるようになった美冬は、折を見て枕元にある端末を手に取った。ディーノはただいま仮眠をとるといって居間にいるし、ロマーリオは近所のスーパーに買い出しに行っている。別に聞かれて困る話をするつもりはなかったが、なんとなく、CEDEFとの通信を誰かに聞かれるのは気が引けたのだ。

プルルル、と音が鳴り、3コール目で通信がオンラインになる。

『美冬?』
「あ、オレガノですか?」

その声は、オレガノだった。
CEDEFの通信室にいたオレガノが回線をつないでくれたらしい。生憎、沢田家光やバジルは急用で外出しているそうで、オレガノが残って彼らのサポートをしているとのことだった。

『もう、みんな心配したのよ』
「すみません…」
『無事で良かったわ、まったく』
「ご心配おかけしました。無事です。」

オレガノ曰く。
美冬が残していた画像解析の結果を鑑み、六道骸の関与に確信を持ったボンゴレは、日本支部に大至急連絡を取ったらしい。さらに、美冬がM・Mとの接触時に出した短信の情報がCEDEFからボンゴレにもたらされた結果、早期にアジトの場所を割り出せたため、早い対応につながったのだという。

『美冬は画像解析の結果を確認もせず現場に突っ込んでいったから、六道骸がいてびっくりしたんじゃない?』
「あはは……」
『そんなに迂闊な子じゃなかったと思うけれど、どうしたのかしらね?』
「うっ…」

こちらの気持ちを知ってか知らずか、オレガノは通信先でくすくすと笑っている。

『こちらも人手が足りなくて大変なの。怪我しているところ悪いけれど、一連の事件について、報告書にまとめて送ってもらえるかしら?誰が巻き込まれて、何が起こったのか。もちろん、あなたの過失もきちんと含めてね。』
「わかりました」
『そうそう。親方様が学校に一週間ほど休むって連絡入れてくれたから、休暇も兼ねてその間に片づけたらいいわ。』
「ありがたいです」

この時、美冬はまさか沢田家光が「親知らずの緊急手術で顔が腫れて学校にいけない」なんて白々しい大嘘をついているとは夢にも思わなかった。そして最後に、オレガノはこう言った。

『個人的には…キャバッローネが面倒見るのははっきりいって不安だけれど、それでもいないよりはマシだと思うわ。思う存分こき使ってやりなさい。』
「はあ…」
『変なことされそうになったら、ちゃんと殴り倒しなさいよ!じゃあまたね。』
「わ、わかりました?」

変なこと、とは?
そう問い返す間もなく、通信は途切れてしまう。

(まあ…確かに、この前みたいに部屋を破壊されたら困るし…。なにかをしでかす前に、ディーノさんの奇行を身体を張って止めろってことですよね)

端末をオフにして、枕元に置いた美冬は、もぞもぞと布団に潜り込みながら、明後日の方向に自己解決した。

ちなみに、仮眠だ買い物だと言っていたディーノとロマーリオは、隣の部屋からこれら女子の通話を盗み聞いていた。ディーノは顔を真っ赤にして「な、なんだよ信用ねえな…」と明らかな動揺を見せ、きまり悪そうに舌打ちをした。一方のロマーリオは「そりゃあちらさんにとっては大切な箱入り娘だ、心配もするだろうさ」と遠い目をしながら、己のボスの方に手を置いたのだった。正直、心当たりしかなかった。



……こうして、美冬はその後一週間ほど、ディーノとロマーリオの手厚い加護と協力を受けながら、療養を兼ねて自室にて、事の顛末をまとめた報告書の作成にいそしむことになったのである。
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