30-2

==DAY1==

――六道骸が黒曜ヘルシーランドに居つくようになったのは、日本の地に降り立ってすぐのことであった。彼らは早々に、ランキングフゥ太に目を付けて黒曜に攫ってくるも、めぼしい情報を得ることは出来なかった。――

「ランキングフゥ太は無事ですか?」
「命に別状はないぜ。大した怪我もなかったから、退院してる。だが…」
「そうですか…」

黒曜で出会った時、フゥ太はランキング能力が無くなった、と言っていた。
その後、六道骸の支配が解けたあとも能力が戻ることはなかったという。本人も言っていたが、彼にとっては死活問題といえる。

「本案件において、ランキングフゥ太はただの被害者です。ボンゴレとして出来ることがあるとすれば、能力が無くなった彼を一般人に戻すために、保護プログラムを発動することくらいしかないですね。」

美冬は眉根を寄せながらそう呟く。するとディーノは妙に明るい呑気な声でこう言った。

「あー、まあ、ひとまずツナの傍にいれば大丈夫だろ。本人もそうしたいって言ってるらしいし。」
「え?そ、そうなんですか?」

カタカタ、というタイピングの音が止まる。
ベッド内にパソコンを持ち込んで報告書を書き連ねていた美冬は、横に控えているディーノの顔をまじまじと見つめた。ベッド内への仕事の持ち込みには大反対だったディーノだが、美冬の硬い意思の前に根負けし、せめて、美冬の具合が悪くなった時に、彼女からパソコンを取り上げることが出来るように、とこうして傍にいるのだ。

「おう。ボンゴレ側もその方向で調整してるらしいぜ」
「それはよかったです。…それにしても綱吉君、ボスとして必要な人たらしの能力を着々と開花させているようですね。素晴らしいことです。」
「お前……それ褒めてんのか?」
「褒めてますよ」

結果的に、美冬はその日はベッドの上から起き上がることは出来なかった。
夕飯はロマーリオが作ってくれたパスタを食べて、早々に寝ることになった。




==DAY2==

――六道骸はフゥ太が作成した過去のランキングをもとに、並盛中の生徒を襲撃するに至った。実行犯は城島犬と柿本千種の2名。途中からM・Mら後期脱獄組が合流。これらの過程で、並盛中学校の生徒から重軽傷者が続出、風紀委員会や笹川了平らが街中で襲われることとなった。襲撃を受けた一人の獄寺隼人は、沢田綱吉・山本武と合流して柿本千種を撃退した――


「そういえば、草壁さんや笹川君の怪我はどうなったんでしょうか」
「…ん?」

美冬の顔色が曇る。
突如飛び出した個人名に、ディーノは思いがけず声のトーンを落とした。「誰だそいつ!まさか男か!!」…などと続かなかっただけ、まだマシである。が、ディーノの腹には明確な嫉妬の火種が燻っていた。
己のボスの異変を察したロマーリオは、届いたばかりの重軽傷者リストをぱらぱらとめくりながらしゃしゃり出てきた。

「あークサカベ…?は、来週の水曜に退院予定、えーっとササガワ…?は、もう退院したみたいだぜ?お嬢の知り合いか?」
「……は?」

美冬は、ロマーリオの問いに答えることはなかった。
ただただ、信じられないものを見た、とでもいうような顔をしている。

「え、ロマーリオさん、今、なんと……?」
「ササガワリョウヘイは退院したみたいだぜ?」
「………っ、はぁぁぁぁぁ!?」

どっかん!

まるで噴火だった。
激昂などまずしない、あの冷静な妹分が、禍々しい怒りのオーラを背後に迸らせている。
これまでに一度も見たこともないさまに、ディーノもロマーリオも、言葉を失った。

「しっ…信じられない!!全治3か月が何やってるんですかね!?どうせトレーニングがしたいとか、身体がなまるとか言って、勝手に抜け出してきたんでしょうけれど…!」

壮絶な独り言は全てが予測で、そして正解である。
ここに笹川了平がいれば、言葉という棘によって須くくし刺しにされていたことであろう。

「絶対病院に送り返してやる…」

殺意にも似た波動を迸らせ、物騒な物言いをする美冬に、ロマーリオは「怖ェ〜」と苦笑いを浮かべた。それは心配のあまり、気持ちがひっくり返ったが故の発言であるのはここにいる誰もがわかっているが、ディーノは始終何とも言えない顔になってしまった。


その日の夜、美冬が寝静まったあとで、ロマーリオは己の上司をこうからかった。

「ボス、しけた面しやがって。」
「…うっせー」

並盛に来てからの美冬の変化には、目を見張るものがあった。
きっと外界に触れたからこそ、情緒が発達したんだろうとは思っていたが。

「……おもしろくねー」

外界で出会った人間の中で、これ程までに美冬の怒り――感情を引き出せる男がいるのは、なんとも面白くない事実であった。







==DAY3==

――雲雀恭弥は黒曜に乗り込むも六道骸に敗北、そのまま黒曜ヘルシーランドの地下に閉じ込められてしまう。一方並盛中は午前中で授業が終了し、柊美冬は笹川了平と獄寺隼人の戦闘現場を視察しに、並盛商店街へ足を運んだ。結果的にたまたまその場にやってきたM・Mにボンゴレ関係者と見破られ、黒曜ヘルシーランドへ連行される。――


「どーして美冬はそこで足を運んだんだ?」
「…」
「お前、そんなに迂闊だったか?」
「…返す言葉もありません。」
「厳しいことを言うようだが、現場じゃ戦えないヤツに出来ることなんて無い。お前はサポートとしては有用だが、所詮それまでだ」
「……はい」

3日目にして、やっとデスクにかけながら仕事が出来るようになった美冬だが、体調とは裏腹にディーノの言葉がグサグサと胸に刺さった。だが、反論の余地など微塵もない。すべてがキャバッローネファミリーのボスの言う通りだった。

笹川了平が襲撃に遭ったことで冷静さを失ったのは、己のミスである。
CEDEFへの報告や、近隣の監視カメラを使用した確認など、その時彼女が出来ることはほかにもあった……と今ならわかる。
自分は頭に血が上ると冷静な状況判断が出来なくなるらしい、ということに、美冬は初めて気が付いた。だからこそ、猛省していた。

一方、ディーノはしょげかえる美冬を横目に渋いため息を吐く。

(動揺したんだろうけれど)

これまで沢田家光の庇護の下で暮らし、人とのかかわりがなかった彼女にとって、学友の怪我はショックが大きかったに違いない。それが、よりによってマフィア関係者のせいだったなんて、彼女にとってはぞっとする話だ。

この業界にいる以上、傷つくものを見ないことなど出来ない。
ディーノだって、いやという程誰かが傷つくのを見てきた。だが、美冬にとってはこれが初めての経験だったのだろう。冷静さを失うには十分だったことはうかがえる。

(しょうがない、とは思うんだが、だからといってなぁ…)

本当は盛大に甘やかしてやりたい。
…と、個人的には思うが、ボスとしてのディーノは、彼女の甘さを叱るべきだと思ってしまう。二つの意思を秤にかけたディーノは、結果的に彼女を叱った。彼女に苦言を呈するなど本意ではないが、こればかりは仕方ない。彼女への身の振り方に思わずため息が漏れてしまう(決して彼女に呆れたから、という理由でのため息ではない)。

すると。

「ま、お嬢は賢いから、一回失敗したら二度と同じ失敗はしないだろうさ」
「……うう」
「きちんと書面に書いとけ。反省してま〜す、って。」
「そんなんでいいのでしょうか…」
「大丈夫だろ。初犯は厳重注意程度で済むって」
「……」

部屋の隅に控えていたロマーリオが、すかさずフォローを入れた。
流石フォローの出来る男である。それはディーノと美冬、双方へのフォローに他ならず、ディーノは思わず舌を巻いた。ディーノの視線に気が付いたロマーリオが、ばっちりとウインクを決めるものだから、眉間に皺を寄せていたはずのディーノはついつい苦笑いを浮かべてしまう。

一方、そんな男二人のやり取りに気づくこともなく、デスクに向かい続けていた美冬は、しょぼくれながら「反省してま〜す」と書き連ねる。優秀な事務員だった美冬は生まれてこの方反省文など書いたことがない。彼女にしては珍しく渋い顔でキーを打ち込んでいた。





その日の午後。
ディーノは、反省文が書き終わらない美冬をロマーリオに任せ、ラ・ナミモリ―ヌに足を運んだ。一人で行ったものだから、道には迷うし野良犬には噛みつかれ、さんざんな目に遭ったが、なんとかケーキを死守して帰宅し、午後3時の休憩時にはフルーツタルトを差し入れることに成功した。

例え好物だろうとも、叱られた手前喜びの表情を浮かべるわけにはいかない。何とも言えない顔をしながら美冬はタルトを見下ろしていた。

「あの」
「せっかく買ってきたんだから食えって」
「…別に、気を使っていただかなくていいのですが」
「いーんだよ。俺がこうしたいだけだから、さ」

一向に手を付ける様子のない美冬に業を煮やしたディーノは、フォークを手に取りさくりとタルトを切り分けると、その一口分を彼女の口許に差し出した。最初は口をへの字にしながら遠慮していた美冬だが、観念したように、その一口を食んだ。

甘酸っぱいイチゴが口いっぱいに広がったようで、やがてむずむずと美冬の口許は緩む。

「うまいか?」
「……はい」

何気まずそうな、でも美味しさは隠せない、そんな顔で、美冬はこくりと頷いた。昔からそうだったが、彼女は美味しいものには目がないのだ。無表情を装おうとして、その実キラキラした目は隠せていない。

「そりゃよかった。買ってきた甲斐があるってもんだぜ」

ディーノは満足そうに頷いて、そのかんばせをほころばせる。すると、ディーノの顔を見た美冬は恥ずかしそうにそっぽを向いてしまった。


「……ぐぅぁっ」


小さく呻き、フルフルと震えながらも、美冬に心配させまいと耐える己のボス……を背後から眺めていたロマーリオはしみじみと思った。ああ、今日も変わらず重症だな、と。


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