廿捌ノ肆

くるくると、テープが獄寺の指先に器用に巻かれていく。柊美冬は処置の手を止めることなく、ぽつりと言った。


「私の友達が、怪我をしたんです。襲われて。」


獄寺が黒曜の連中と遭遇するそのずっと前から、並盛中の生徒は襲われていた。獄寺は遅まきながらここでその事実を知ることとなった。彼女の話が本当ならば、被害者数は相当数にのぼる。

(…10代目を炙り出すためとはいえ、やりたい放題しやがって)

一般人に犠牲を出さないという暗黙のルールを、堂々と打ち破ってくるあたり、質が悪い。柊曰く、彼等は何者かを探している風であり、被害者は共通して歯を抜かれていたという。彼女の友人という人物も、命にこそ別状はないが、入院してしまったそうだ。

「私、友達のお見舞いに行ったら、つい頭に血が上っちゃって。……それで、まずは現場に行ってみようと思ったんです。」
「……は?家帰っとけよ」

頭に血が上るところまでは想像に難くないが、それでどうして現場に行こうという思考に至るのか。獄寺はついつい突っ込んでしまった。

「いやもう、仰る通り、ごもっともです」
「……」

柊美冬は獄寺のツッコミに苦笑いしながら頭を垂れた。

「一旦家には帰って、補導されたら嫌だから、制服を着替えて」
「頭に血が上ってる割にそこは用意周到だな…」
「それで、友達が襲われたという商店街に足を運んだんです。」


商店街。
獄寺はギクリ、と肩を竦ませた。それは、黒曜の連中と獄寺が初めて接触を持った場所であり、辛勝した現場であった。

「商店街には爆発の痕跡があって、人だかりが出来てました。あれ、獄寺君がやったんですよね?」
「………」

聞けば、柊が訪れた際には、既に戦闘は終了していたとのことだった。彼女が来た時には双方撤退した後だったのだろう。獄寺は内心ほっと胸を撫で下ろしていた。もしあの場に柊が居たら、自分のことで精一杯で、守りきれる気がしない。
黙り込んだ獄寺の胸の内を知らない柊は、沈黙は是と捉えて、話を進めた。


「で、私は商店街の洋品店から出てきたM・Mに捕まってしまったんです」
「!?なんでだ!!」
「それが私もよくわからなくて」

きっかけは、彼女が顔を隠すために被っていた、白い大きな鍔の、帽子であったという。

「彼女、期間限定の帽子を探してショッピングしてたみたいで」
「……」
「その時私が変装用に被ってた帽子が、彼女が探していた帽子だったようで、奪われてしまったんです」
「……」
「取り返そうと思ってるうちに(うっかり正体がバレて)、まんまと捕まってしまい今に至ります。」


獄寺隼人は、柊美冬が省いた真実を知らない。彼女がまさか己と同じボンゴレ関係者などとは露も知らないのだ。
彼にとっては、何の偶然か、はたまた因果か、柊美冬はたったひとつの帽子をきっかけに、ここまで連れて来られてしまったように見えた。何より、柊が語る内容は、先程ビアンキが倒した女が発した言動と一致している。


たったひとつの、帽子のせいで。彼女は。





「……そんな帽子、くれてやればよかったじゃねえか」

本心だ。
あんな帽子でいいなら、くれてやればよかった。
そうすれば彼女はこんな目に遭わずに済んだのだ。頬は腫れ、切れた唇には乾いた血がついている。ただの、一般人の女子生徒が受けていい仕打ちではない。


だが、獄寺隼人は期待してしまう。


「M・M……彼女にも、そう言われました。でも、大事なものなんです」
「だから、どうしても、譲れなかった」


甘い夢を、期待してしまう。


「どうやって取り返すか、考えなきゃですね」
「……」


柊美冬は、そう言って唇を尖らせる。
まったくもって諦めてなどいない。こんなにボロボロになってもなお、思い出を取り返す気満々だった。


「…なんだよ、それ」



ジャンニ―ニによってもたらされた事故の日々は、獄寺の中では一言で黒歴史と括ってしまうには、あまりにも複雑すぎる出来事だった。
結果的に沢田綱吉との仲は深まったものの、沢田の意を組まずに勝手に飛び出してしまった自分の未熟さ・浅はかさのことを考えると、未だに恥ずかしくてたまらない気持ちになる。

その時にたまたま出会った彼女には、あんな自分のことは忘れて欲しかった。……が、そもそも彼女はあれが獄寺だということに気がついていない。藪蛇をつつくことはせず、そのことには触れないまま、今日に至っている。



忘れてくれていればいい、と思っていた。
忘れられてもおかしくないような、ささやかな出来事であってくれれば、と思っていた。


それなのに、目の前にいる柊美冬は、あの日彼が与えた帽子を大事にして、奪われても取り返そうと思考を巡らせている。


「なんだよじゃないですよ、私は真剣です」
「バカだろ、帽子ひとつで」
「ふふ、そうですね」


彼女には忘れてくれと願った一方で、獄寺隼人はあの時の出来事を噛みしめ続けていた。
身も心も未熟な自分を、まるごと寝かしつけてしまった穏やかな時間と、彼女に潜む孤独のことを考えると、なんとも言えない気持ちになった。自分だけが大事に出来れば良いと思っていた、のに。






「でも、やっぱり、大事なんです」






橙色は笑った。蜜のような瞳の水底で、きらきら、何かが爆ぜるような光を纏う。

甘い夢は、現実だった。

彼女は、あの日の出来事を忘れるどころか、大事にしていてくれた。

それが、死ぬほど嬉しいだなんて。



「俺も焼きが回ったな…」
「藻焼き?なんですか?素焼きの一種ですか?」
「…なんでもねえよ。黙って巻いてろ」



仄かな悦が内を蝕み、遅れて罪悪感と苛立ちが首をもたげていく。


(ごめんな、美冬)


あんな帽子なんて、あげなければよかった。
巡り巡って彼女を痛めつけるきっかけになってしまったあの純白を恨めしく思いながら、獄寺のフローライトは自分の手に重なる彼女の手指を見つめていた。

マフィアの自分が彼女の手を握ることなんて、到底あり得ない。
けれども、贖罪と悦が混ざり合って、ついついその手を握りたくなる。


(クソ、何考えてるんだ。……俺は)


獄寺隼人は、密かに舌打ちした。己を律しなければいけないと思った。

手を取りたいどころか、思い出を取り返そうとボロボロになった彼女を見て悦ぶ自分が、獄寺隼人は赦せなかった。






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