廿肆ノ壱

『ああ、美冬ちゃん?ちょっと頼まれごと聞いてくんねーか?これウチだと美冬ちゃんしか頼めないんだ。夏休みなのに悪いな』

今日も今日とて並盛町は暑かった。
日本はどうしてこんなに暑いのか。そして蒸しすぎだ。サウナか。幾度したかわからない自問自答を繰り広げながら、休日の真昼間、柊美冬は冷凍庫から買いだめしておいたバリバリくんをとりだし、だらしなくソファに沈み込みながら氷菓を堪能していた。

この部屋だって、クーラー完備である。だが、暑いものは暑い。
滴る汗を拭いながらソーダ味のバリバリくんを舌の上で転がすのは、仕事上がりのビールを楽しむ沢田家光と同じく、夏の一興であった。

そんな楽しいひとときに、胸元に閉まっていたCEDEFの専用端末がぶるり、と震えた。
緊急用の端末、とはいえ、緊急時に使われたことなどない。大概、家光のくだらない話に付き合わされたり、最近ではオレガノが「気になる人はいる?」とか妙な質問をしてくる時にしか使われない。せいぜい、キャバッローネのボスに自室を爆破された際に、美冬からヘルプを出した時に使った程度である。

(どうせろくな連絡ではないのだろうな…)

だが、気になるのは現地時間で早朝であること。大概、あちらの終業時刻とか暇な時間に電話が来るが、わざわざ彼等が早朝に連絡を寄越すということは、何かがあったのかもしれない。

(どっちだろう)

美冬が端末の通話ボタンを押すと、いつもの気のいい中年男性の声は、聞こえなかった。


「一体何があったんですか」
『まあちょっと色々あってな。そっちはどうだ、夏休み。宿題終わったか?』
「はい。まったく滞りなく。」
『ああそう……』

夏休み中、並中生に向けて図書室を解放していた柊は、自身もそこでのんびりと夏休みの課題を消化した。うちの息子とは逆だな、と家光は微かに笑うが、次に発せられた声は、引き締まったもの。


『で、ここからが本題だ。先日、こっちで脱獄があったんだが、その脱獄囚共がすっかり雲隠れしちまった』
「脱獄、」
『奴等が生来持ち合わせている特殊能力のせいか、ウチの調査員が足取りを追ってもまったく行き先がわからない。』
「それは…なかなか相手方もやりますね」
『そこで、お前の方で足取りを追ってみてくれないか?ウチも一昨日また一つ関連会社潰されちまってな…猫の手も借りたい状況なんだ』
「もちろんです。私だってCEDEFの一員ですから。」


いくつかの打ち合わせをした後、美冬は端末の通話ボタンをオフにする。
沢田家光は、必要な資料は既にポストに投函した、といった。美冬が郵便受けを開けると、そこには既に分厚い封筒が挟まれており、封筒にはCEDEFが表向きに経営している保険会社の印鑑が押されていた。何の変哲もない封筒だが、中には脱獄囚のデータや顔写真に加え、牢獄の地図まで添付されており、準備に余念はない。

そして、玄関先には既に大きなダンボール箱が3つ積まれていた。


「……」


ガムテープをはがすと現れたのは、梱包材に包まれた機械である。
それは通常の何倍もの処理能力を持つコンピューター一式だ。CEDEFにいた頃、美冬が使用していたスーパービルド品である。たとえば、敵対会社の株価を見張りながら、一方で経理をこなし、必要であればハッキングも出来る、そんな代物だ。これを使いこなせるのは、CEDEF内でも美冬とごく一部のみであった。

だが、他のメンバーは別の事件に追われて対処が出来ないという。

「……たまには貢献しないと、ですよね」

美冬は自室にダンボールを運び込み、中から新品のモニターやPC本体を取り出して、組み立てを始めた。なにせ、夏休みに入ってから、沢田綱吉本人を見かけることもめっきり少なくなり、「沢田綱吉本人とその周囲を監視する」という本来の目的など、殆ど果たしていない。


「…ぅ」


モニターを持ち上げた瞬間、ずきり、と首筋に痛みが走る。
それは、あの夜に雲雀恭弥によって穿たれた、傷に由来する痛みだ。容赦ない咬み痕は、その後暫く美冬を激痛で悩ませた。草壁にこっそり理由を話して鎮痛剤を貰い耐え忍んだ美冬は、その後も雲雀には屈しないとばかりに夏休み中も仕事をし続けた。

また、笹川了平とのランニングも継続して行っている。
夏祭りの次の朝だけは激痛で起き上がれずキャンセルしたが、以降は休まず、朝の4時半から顔を合わせている。


夏休みに入ってから、柊美冬は、ろくに「監視員」としての仕事をしていなかった。


「……まあ、丁度いいか」


久々の肩慣らしは、全世界の監視カメラにアクセスしながら脱獄囚の足取りを追うこと。




―――脱獄者は、「ムクロ」以下、複数名。目的は不明である。







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