廿捌ノ弐



み、どりたなびく、なーみもり、の

だーい、な、く、しょーうな、く、

なーみが、い、い



「なかなか器用だね」
「…教え方がいいんじゃないですか」
「おだてても何も出ないよ」


雲雀恭弥は突如舞い降りた小鳥に歌を教えていた。選曲は(よりによって)並盛中学校の校歌である。美冬はそんな複雑な曲なんて覚えられる訳がない、と思って静観していたが、あれよあれよと小鳥は歌を覚えてしまった。

雲雀自身もたいそう驚いたらしい。あの雲雀恭弥が、不思議なものを見るように目を見開いている。小鳥が一節歌いきるのを見守った二人は、揃って顔を見合わせ、そして再び小鳥をまじまじと見つめる。

教え方がいい、とは言った。が、そうではないことくらい、美冬もわかっている。
どうやら、この鳥の知能は、他に比べていっとうずば抜けているようだ。考えてみれば、ムクロと共に脱獄したメンバーの中に、生き物を扱う者がいたような気がしなくもない。今ここで確認は出来ないが、彼がもしM・Mと同じようにムクロに手を貸しているとすれば、この鳥はおそらく彼の持ち物だろう。

(もしかして、私達は監視されている?)

敵の手の者、それは十分あり得る話だ。この鳥そのものに何かシステムが搭載されているか、もしくは爆薬が積まれていることだってありえる。美冬は、雲雀と戯れる小鳥をじっと見つめた。だが、美冬の訝し気な視線など知る由もなく、小鳥はふわふわの羽毛をぶるりと震わせるだけだ。その姿は大変に、

(か、かわいい……)

丸っこくて黄色くて、ふわふわしていて、愛らしい。
さらに、雲雀恭弥とセットにすることで、(相対的に)可愛らしさは倍増して見える。ちょこまかと飛び回る鳥は、ふいにそのつぶらな瞳を美冬に向けた。

「…」「…」

お互いに黙りこくって見つめあうこと数秒。
小鳥はふい、と身体ごと背け、そのまま飛び立った。

「あ」

意思疎通する暇などなく、小鳥はするりとあかりとりの窓から出て行ってしまう。美冬も雲雀も、小鳥が飛んで行くさまを、ぼんやりと見送った。


「君には興味がないんじゃない?」
「ええ…?」


雲雀恭弥は余程あの小鳥が気に入っていたのか、“お前のせいで逃げたじゃないか”とでも言いたげに遠回しな揶揄を美冬に寄越した。あまりの言いがかりに美冬がつい胡乱な眼差し瞬間を向けた瞬間である。

「……?」

雲雀恭弥の視線が、ふと美冬の瞳を捉えた。
物珍しいものを見るような、そんな眼差しである。
美冬は瞬時に、雲雀に気づかれてしまったことを悟った。

「ねえ、」
「っ!」

雲雀の眉が訝し気に寄った。厳しい眼差しを美冬に注いだ雲雀恭弥は、こう言った。



「カラーコンタクトは校則違反だよ」



……

………


「えっ?」
「生徒手帳に書いてある。第3条5項目の附則。まさか君が忘れたとは言わないよ。」
「いや書いてましたけれども、あの、これは…」

それはまさかの、あまりにも盛大な勘違いだった。

確かに、橙色の瞳なんて現実的ではない。美冬とて自分と母親以外に同じ色の瞳を持つ者を見たことはなかった。だが、これが美冬の本来の色だ。普段こそ、カラーコンタクトをしているのだ。

「言い訳はいらないよ、ほらすぐ外して」
「無理です!!死にます!!」
「そんなことじゃ死なないよ」

外すとは、即ち、目玉ごと外さなければいけないではないか。
さあっと顔色を青くした美冬がずりずりと後ずされば、雲雀はぎろりと美冬を睨んだ。

「君がそんなんじゃ、他に示しがつかない」
「いや、だから、これはですね…!!!」

散々上司から“他人には絶対にバレないように”と言われて育った美冬は、この場をどう脱したらいいのか想像もつかなかった。涙目のままに美冬が後ずさった時である。



バタバタバタ……ドォォン!!!


「!?」「!」


二人の視線は即座に上を向いた。
部屋の天井から聞こえてきた足音の後、爆破音。
建物が揺れ、ぱらぱらと砂埃が美冬と雲雀の上から降ってくる。爆発音を出せる者など、美冬の知っている中では一人しか思いつかない。

(獄寺君…なの…?)

頭上からは、複数の足音とドタバタという音が聞こえてくる。ひっきりなしに何かが暴れ、咆哮している。これらはおそらく、戦闘音だ。すぐ頭上で、誰かが戦っている。これには、美冬も雲雀も、天井に視線が釘付けになった。

「上、いるね」
「このまま天井ぶち抜いてくれないですかね…」
「それはいいな」

カラコン騒動(?)から一転、近づく戦闘の気配に雲雀恭弥は舌なめずりする。彼の口許ですっかり赤黒く固まった血を舐め取るさまは、実に妖艶で、生き生きとしている。


ドタドタドタッ


「!」「…」

あれだけ騒いでいたはずの足音が聞こえなくなったと思ったら、今度は二人の真横の壁に向かって音が急に近づいてきた。あまり小気味よいとは言えないその音は、階段から人が転げ落ちたような音である。雲雀の瞳がぎろり、と音が聞こえた壁を睨みつける。


「…美冬、下がって」
「は、はい」


雲雀に言われたとおり、美冬は音がした方向とは反対側の壁の隅に寄る。壁の向こう側からは、何者かの話し声が聞こえてきた。


「きみとは一旦休戦だ」
「えっ?」
「話の続きは、並盛に帰ってから」
「えっいや、あの、」


この期に及んでまだこの話の続きをするのか、と美冬が言いかけた時である。




「僕から逃げられるなんて、思わない方が良いよ」



ドガァン!!!!
ガラガラガラ……



爆発音とともに、二人の目の前の壁は、見事に木っ端微塵に吹っ飛んだ。
瓦礫がごろごろと落ちていく最中、濛々と立ち込める土埃に、美冬はゴホゴホと咳込んだ。やがて埃が収まると、頑丈だったコンクリートの壁には大きな風穴が開いていて………血だらけになった獄寺隼人が倒れている。

(やっぱり、獄寺君だ)

見るも無残な姿である。怪我の程度は消して軽くはなさそうだ。
そして更にその奥、階段の上。
そこには、あの六道骸と同じ制服を着た二人の男が立っていた。

(あれは、六道骸と行動を共にしていた脱獄囚たち)

一人は獣のような男。もう一人は生気のない男。いつも行動を共にしていた、六道骸の腹心である。彼等とてそこそこボロボロだが、獄寺の怪我はその比ではない。

「………元気そーじゃねーか」

獄寺隼人はちらりとこちらを見て、そう言った。視線は雲雀恭弥を見て……そして、美冬の存在にも気が付いたようだ。雲雀に向けたはずの薄笑いが、ぱきり、と凍ったのを美冬は見逃さなかった。

「自分で出れたけどまあいいや」

そんな獄寺のことは無視して、雲雀はそんなことを言いながら立ち上がった。ふらふらと足下もおぼつかないままに、部屋の外へ出て行く背中を、美冬は見守った。するとどこからともなくあの黄色い小鳥がやってきて、雲雀の肩に止まった。
まるで、役者は揃った、とでも言いたげに。



「じゃあこのザコ2匹はいただくよ」



そう言って、こちらを振り返ることもせず、雲雀恭弥は階段を駆け上がった。
翻る学ランもないし、腕章もボロボロだ。けれどもそれは、美冬にとって、誰よりも逞しくて格好良い背中に見えた。



(………ああ、やっぱり)



唇が自然と、三日月のように弧を描いた。
漠然と、思考の中に湧き上がってきた感情を、何と呼んで良いのか解らない。
温かくて冷たい、甘美で残酷。


(やっぱり、×××××は、あなたがいい。)




透明な橙の中で、またひとつ星が爆ぜた。





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