廿漆ノ参

これは雑感ですが、と美冬は前置きした。


「一連の事象を、未然に防ぐのは難しかったと考えられます」


美冬は断言する。

「足取りをくらました骸が黒曜入りしたのが今から10日以上前。六道骸の足取りを調査されるよう私が依頼された時点で、対策は既に後手に回っていた状態です。」


フゥ太の言っている経過が正確であれば、家光から美冬のところに話が回った頃には、すでに六道骸は日本に上陸していた計算だ。美冬が並盛町外に気を配れていたら対策も可能だったかもしれない…が、実際の処現実的ではない。


「でも僕が捕まらなければ、こんなことには…」
「あなたが逃げ切るのは、不可能です。情報屋とはいえ、貴方はまだ子どもですし、あちらは何らかの特殊な能力を持っています。むしろ、口を割らずにここまで向こうの思惑を掻きまわしてくれたことを、我々ボンゴレ側は感謝すべきでしょう。」


フゥ太があっさり綱吉に関する情報を喋ってしまえば、事は始業式より前に片付いていたかもしれない。だが、実際のところ、フゥ太は自らの能力と引き換えに、綱吉の名を最後まで割らなかった。


「でも、結果的に多くの人を傷つけてしまった」
「死人が出てないだけいいんじゃないですか?彼等これまでのデータを鑑みるに、必要であれば人を殺すタイプです。今回は一応、一般人には遠慮をしてくれてるみたいですね。」


並中の生徒は血気盛ん過ぎるくらいですから…彼等にとってはいい勉強代になったんじゃないですかね、と美冬は遠い目をしながら笑った。風紀委員をはじめとする並中男子は何かにつけて外で喧嘩をするのだ。今回の件はさぞ良い薬になったであろう。どうかこれに懲りて外での喧嘩はやめて欲しい、と風紀委員の柊美冬は切に願う。


「…以上のことから、この事件で想定される“最悪の状態”は、現状免れています。なにせ、綱吉君はまだ生きている。」


フゥ太はノートをペラペラとめくりながら話す目の前の女性に、目を剥いた。
歳のころはハルや京子と同じくらいだというのに、頬はパンパンに腫れあがって、あちこちに掠り傷がある。普通なら泣いてしまいそうなものだが、彼女は何故かポジティブだった。


「美冬さんはすごいですね」
「?」
「僕は全然、そんなこと考えられもしない」


今だって僕が悪いと思っちゃうよ、と力なくフゥ太は項垂れてしまう。
その様子を見た美冬は、「そりゃあ私だって」と一呼吸おいて、こう言った。


「友達が襲撃された時は、自分の至らなさに腹が立ったし、涙が出そうでしたよ」
「……」
「まあでも、六道骸に強制的に昏倒させされたことで、解りました」


美冬はフゥ太の頬に触れて、その瞳をまじまじと見つめた。
突然の出来事にフゥ太は困惑したような、女性の顔があまりにも近いことに恥ずかしがるような、妙な表情を浮かべてしまう。すると、きっと美冬の眉間に皺が寄った。

「あなた、寝てますか?」
「えっ?」
「さっきも言ったように、睡眠不足と栄養不足は脳の働きを疎かにさせます。私も徹夜明けだったので、ついついネガティブになってしまいました。…が、この度強制的に眠らされたおかげで思考がすっきりしました。」

美冬の親指が、すり、とフゥ太の涙袋を撫でる。
そのぬくもりに、フゥ太の体温がぶわりと上がった。

「この隈…寝てないでしょう、おまけにろくに食べていない。これでは、正常な判断など期待できません。今、貴方は通常の貴方ではないことを、自覚した方が良いと思います。」
「ええ……?」

悲嘆に明け暮れていたフゥ太にとっては、あらぬところから飛んできた理論もいいところである。だが、目の前の女性は、決してフゥ太に「そんなことないよ」なんて言わせてくれる雰囲気など持っていなかった。現在彼に残された選択肢は「ハイそうですね」しか、残されていない。

こんな敵のアジトの最底辺で。
仲間を売ってしまったはずの自分に、謎理論のお説教を垂れる、不思議な人。


「……美冬さん、変な人だね」
「えっ!?心外です!」



言葉通り、納得いかないといった美冬の反応に、フゥ太は思わず破顔した。静寂が広がっていた地下室に、ころころと鈴のような音の笑い声が響く。フゥ太は、沢田家にいたあの日々以来、久々に笑ったような、そんな気がした。

少しだけ彼に生気が戻ったことに安堵した美冬は、ほうと胸を撫で下ろす。泣かれた時はどうしようと思ったが、これで大丈夫そうだ。すると、ひとしきり笑ったフゥ太は、す、と美冬の背後に指をさした。

「ねえ、美冬さん、その人は知ってる?」

言われて後ろを振り向けば、そこには見慣れた人の、見慣れない姿があった。
見慣れた学ランは埃まみれで、艶のある黒髪がぼさぼさになって彼の美しい容貌を隠している。唯一見える口元には、触れればぱりぱりと落ちて零れそうな、乾いた血の跡。

「……っ」

彼は一体いつからここにいたのだろうか。少なくとも、今朝美冬が登校した時には、姿が無かった。大体、こんな大騒ぎしていれば、すぐにでも「僕の眠りを妨げるとは云々」と言ってゆらりと起き上がりそうなものなのに、それさえもない。

言い知れぬ不安に胸が疼く。
すると、傍に居たはずのフゥ太が立ち上がる気配がした。


「その人のこと、知ってるんだね。良かった。ねえ、その人を助けてあげて。……僕はもう、行かなくちゃいけないみたい」

「え?」

「骸さんが、呼んでる。」


そう言ったフゥ太の瞳から、みるみるうちに生気が失われていく。あんなに笑っていたはずの少年が、まるで生きた人形のようにになっていくさまを、美冬は愕然としながら見つめることしか出来なかった。やがて彼はふらりと地下室の扉に向かって歩いていく。

「ちょ、ちょっと待ってください!」
「……」

美冬の言葉に返事はない。
呼ぶ、なんて出来るのか?少なくとも美冬の耳には六道骸の声は聞こえなかった。つまり、これは常人離れした彼の能力による呼び寄せであるということだ。

(六道骸、本当に一体、何者なの…!?)

戦慄する美冬を余所に、フゥ太は地下室の扉からぬるりと抜け出ると、ご丁寧に牢の扉を閉める。かちゃり、という音と共に、鍵がかけられたあと、フゥ太は最後にこう言った。


「ありがと、美冬さん。また会えたらいいな」


瞳に、最後まで光はもどらなかった。だが、それはおそらく、フゥ太の本心のような気がした。やがて、ひたひたと足音は遠ざかっていく。


六道骸に呼ばれたフゥ太は、一体どうなるのか。
そんなの、ろくでもない結果に決まってる。


部屋には静寂が舞い降り―――そこには己の無力さに唇を噛む美冬と、こんこんと眠り続ける雲雀恭弥が残された。






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