廿漆ノ弐

「あの、お姉さん、僕のこと知ってるの…?」
「あ」

しまった、という声こそ出なかったが、彼女はいかにも「しまった」という顔をした。
こんなわかりやすい人いるんだなあと思って、フゥ太はしげしげと彼女を見つめる。

これまで、任務として沢田綱吉の監視を行っていた美冬にとっては、ランキングフゥ太の情報はもちろん知っていたし、何度もその姿を確認している。だが、しょせんは見知っているだけであり、面と向かって話したことなど一度もない。
ランキングフゥ太はもちろん沢田綱吉が監視されていたことなど露も知らないだろうし、彼女の存在なんて以ての外である。この場、この状況に置いて、美冬は明らかに不審者であった。

「あ〜…まぁここまで来てしまったので、白状しましょう。私はボンゴレの門外顧問CEDEF所属の美冬です。故あって、沢田綱吉の監視を行っていたため、貴方のことは存じ上げていました。」
「ツナ兄の監視?」

フゥ太は目を白黒させた。
沢田綱吉は仮にもボンゴレ10代目候補だが、こんな監視までついているなどとは夢にも思わなかった。

「僕、全然気が付かなかったよ」
「そりゃあ、綱吉君にでさえ気づかれないよう、気を付けていましたので。」
「そうなんだ…でも、そんな監視の人がどうしてここに?」
「うっ」

痛いところを突かれてしまった、と美冬は腫れ上がった左頬を思いっきり引きつらせた。どうしてここに?への問いは、「ごく個人的な理由で」というよりほかならない。任務そっちのけで捕まってしまったへっぽこ監視員と思われるのも問題だ。美冬は「諸事情によりますね…」と明後日の方向を向きながら言えば、フゥ太は首を傾げるだけで、深く追及してくることはなかった。

(それにしても…)

間近で見ると、大変愛らしい子どもである。
少しやつれているようには見えるが、身なりをひととおり見ても、特段汚れている風ではないし、怪我も負っていない。

「あなたは、何故ここにいるんですか?もしかして、囚われている…のでしょうか?」

美冬が問いを発した途端、フゥ太の大きな瞳には大粒の涙が浮かんだ。ぐしゃぐしゃになっていく顔に、美冬は慌てて「ど、どうしたんですか?」と声をかけると、いよいよフゥ太の涙腺は決壊した。ぼろり、と流れ落ちる涙に、美冬の表情も暗くなる。

「僕、ぼく……ツナ兄に顔向けできないんだ……」
「それは、いったい」

涙は止まらず、次第にしゃくりあげ始めたフゥ太に、美冬は困りながらも周囲を見渡した。すると、すぐ傍には美冬が持ってきた荷物が放り投げられているではないか。

(ナイス六道骸!)

実際に持ってきたのは犬と呼ばれる彼の部下だが、ひとまず美冬は骸を称賛した。
手繰り寄せた荷物の中をごそごそと漁った彼女は、鞄から洗いたてのタオルとスティック状の携帯食料品を取り出してフゥ太の前に差し出した。

「…っく……ひっく………え?」
「まずは涙を拭いてください。」
「え…」
「それから、これを食べて、ちょっと落ち着きましょう。適度な睡眠と糖分がなければ、脳は正常に機能しませんよ」

あちこちに擦過傷を負い、左頬を腫らした目の前の少女は、そう言ってフゥ太にタオルと食料を強引に握らせた。柔軟剤がきいたふわふわのタオルと、黄色い箱に入った固形食糧。
自責の念に駆られて止まらなかったフゥ太の涙は、またしても引っ込んだ。

「え、えっと」
「ちょっと私に色々教えていただけませんか?実は私、知りたいことと整理したいことが山ほどあるんです。貴方はそれを知っているのではないでしょうか。」
「ええ……?」

困惑するフゥ太はしばし言葉を失った。
すると、真っ暗な空間にぐぅ〜、という腹の音が響いた。それは、フゥ太の腹の音である。

「遠慮なくどうぞ」
「は、はい」












さくさく。


「えっ、フゥ太さん、そんな前から囚われていたんですか」
「うん…口は割らないようにしていたけれど、それならばと僕が前に作ったランキングを悪用されてしまって」
「あーなるほどですねえ。色々と合点がいきます」
「ごめんなさい…僕のせいなんだ」
「まあまあ」


かりかり。


「かくいう私も、監視という立場ながら六道骸の侵入に全く気が付くことが出来ませんでした。悔やんでも悔やみきれません。」
「でも、隣町の状況まで監視するの、大変じゃないですか?」
「結果論ですよ。水際対策がなってなかった点についてはこちらの落ち度です。間違いなく懲罰ものですね…クビになったらどうしよう…」
「ええ……」


さくさく。


「えっ!綱吉君たち、ここに来てるんですか!?」
「僕さっき会ったよ。骸さんがツナ兄たちに普通の人のフリして接触してた」
「うわ〜〜綱吉君人が良いから騙されそう〜〜〜〜〜」
「はは…」


かりかり。


「僕、ランキング能力を失っちゃったみたいなんだ…」
「え」
「だから、これから先、生き抜いて行けるかも、わからない。少なくとも情報屋としてやってくのはもう無理かも」
「それ、一大事じゃないですか。良いんですかそんなこと私に言っちゃって。」
「遅かれ早かれ、知られてしまうよ。まあその前に、骸さんに殺されるだろうけれど」


さくさく。




「しかし、謎ですね。なぜ私は殺されなかったのでしょうか。」


地下牢の地べたに座って、携帯食を食べるランキングフゥ太。
そして、その向かいでノートにこれまでの経過を書き連ねる美冬。
二人は顔を見合わせた後、そろって「うーん」と、首を傾げた。


「フゥ太さんはわかりますよ。たとえランキング能力がなかったとしても利用価値は一杯ありますから。」
「そうだね。ツナ兄は優しいから、きっと僕には手出しが出来ない。きっとそこを突くだろうね。」
「さすが六道骸、性格が悪い。」
「…美冬さんって遠慮がないよね」

ははは、と乾いた笑いをした美冬に、フゥ太はそれはそうと、と話を本題に戻す。

「美冬さんはツナ兄とも顔見知りじゃないんだよね?」
「そうですね。喋ったことはないです。むしろ綱吉君のことを避けて生活していたので…」
「骸さんはボンゴレの壊滅も視野に入れてるから、パイプ役として期待されてる、とか?」
「巨大なボンゴレの中でも、よりにもよって外部組織の下っ端構成員なんて、容易に切り捨てられますよ。それは六道骸もわかっているでしょうに。」


そもそも、六道骸には謎が多い。
監視カメラから突然姿を眩ませることが出来る能力。
マインドコントロールをかけられるほどに、人の心を弄ぶことが出来る繊細さ。
部下を従え、上手に扱いながら、日本に侵入出来る強かさ。
こんな能力者が相手では小規模マフィアなぞすぐに掌握されてしまうのも無理はない。
そんな彼が何故使い物にもならない美冬を生かしているのか、謎である。


「まあでも、ひとつ言えそうなのは、貴方はうっかり災難に遭っただけではないでしょうか」
「えっ?」


一通り事情聴取をしたのち、書き起こしたノートを見ながら呟く美冬は、そんなことを宣った。




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -