その夏の果て

その場所は、彼女の中の精神世界、なるものらしい。
そう語ったのは、優雅にソファに腰かけ、足を組み、美しい仕草でティーカップを傾ける男である。


「…お客様、本日閉店で〜す。そろそろお帰りいただけますかね?」
「おやおや酷い棒読みだ。来客をもてなすことも出来ないあなたがよくもまぁこれまで給仕なんて出来てましたね」
「うるさいですよさっさと出て行ってください」
「嫌です」


彼の真向かいに座らせられた少女は、ティーポットを手に彼を非難するが、彼は彼女の苦言など意に介せず、一笑した。

その世界は、虚構だ。
彼女の精神を支える思い出深い場所を、彼の特殊な力を使って彼女の精神の中に具現化しているのだそうだ。

「…はあ、そうですか」
「あなたに言っても2割も理解できないでしょうから、これ以上の言及はやめておきましょう」
「ものすごく馬鹿にされていることだけはわかりますよ、ええ」


彼の背にある大窓からは、夕陽が差し込みはじめていた。何処からか聞こえるのは、カキ―ン!!という小気味よい野球部のバッティング練習の音である。

皮張りのソファ。
荘厳な木彫家具。
山積みの書類。
使い慣れたティーカップとポット。
紅茶の種類は、ディンブラ。

彼等を包むのは、並盛中の応接室の光景であった。


「しかし、貴女をこの町に遣わせたあなたの上司もさぞやがっかりするでしょう」
「……」
「僕のささやかな力でもこうしてこの場を具現化できたのは、貴女のこの場所に対する想いが何にもまして強いからに他なりません」
「……」
「まさか、イタリアの“ご実家”ではなく、この場所が形になるなんて、僕でさえ驚きました」


目の前の男はさも愉快そうに、軽やかに述べた。少年、というべき見た目でありながら、彼は四方に言葉の棘をばら撒いていた。毒気を塗った棘は、今にも彼女を甚振ろうと、その針を向けてくる。

「あなたは随分と、この場所に肩入れしているらしい。」
「…」
「それは必ず、貴女を滅ぼすことになる」

この世界の主――美冬は、ぐ、と顔を顰めた。言葉を発さずとも、彼女が彼の意に肯定した瞬間だった。一方の彼は、乾いた笑みを浮かべ、真向いのソファに座る彼女を見つめた。


「僕だって、これくらいの負け惜しみは赦されるはずですよ」
「…勝手に人の精神世界に現れておいて荒らしまわるこの所業のどこが負け惜しみなんですか」
「こんなことになるくらいだったら、さっさと貴女を殺すべきだったと思ったんですよ」


かたん、とテーブルの上にティーカップを置いた彼は、偽物の夕陽を見ながらこう言った。


「やってくれましたね、××××。」



突きつけられたのは、明確な殺意だった。










私達は友人と呼ぶには殺伐としているし、敵というには馴れ合っている。

その関係には名前が付けられないが、強いて言うならば、悪友、というのが正しいのかもしれない。

彼がいつか私の息の根を止めてくれることを、私は切に願っている。






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