廿陸ノ伍







『端末XR0118645より、緊急コードを着信しました。コード3・3・2。繰り返します、端末XR0118645より、緊急コードを着信しました。……』




CEDEF内にいた沢田家光の端末が鳴り響いたのは、少し前の出来事であった。

「オレガノ!」
「直ぐに発信元を特定します」

端末ナンバーから、美冬に持たせた通信機からの発信であることを察知した沢田家光は、オレガノと共に、CEDEF内にあるモニタールームへ駆け込んだ。オレガノの高速タイピングの後、程なくして発信位置が地図上に表記される。


「並盛商店街…?」
「コードNo.3・3・2《敵との遭遇》…。音声通信ではないところをみると、美冬は相手と接触しているとみて間違いありませんね」
「美冬の使用していたスパコンにつなげられるか?」
「大丈夫です。……画面出ます。」


オレガノは、美冬の自宅にあった作業用のPCに接続を試みる。もともとCEDEFネットワーク内の上に構築されていたシステムのため、それは容易な作業であった。モニタールームの大画面に映ったのは、作業途中のPC画面である。


「……それはなんだ?」


家光が指摘したのは、画面の隅で点滅していた画像解析終了を告げるポップアップである。オレガノがポップアップをクリックすると、画面には六道骸が某国のスパイとやり取りをしている画像が開かれた。彼らの手元には飛行機のチケットがあり、行先は日本のとある空港の名前が書かれている。


「やっぱりか…」
「例の情報網でも回って来てましたが、これで確定ですね」


脱獄したムクロこと六道骸が、日本に向かったのではないか、という噂はまことしやかに囁かれていた。だが、確証までは得られなかった。だからこそ美冬に裏取り捜査を頼んでいたのだ。


「最後に美冬から定時報告があったのは10時間前です。標的が飛行機のチケットらしきものを持っているので、画像解析を行うという連絡があり、……それが最後のやりとりになっています。」
「10時間前?現地時間だとちょうど学校帰りってところか?」
「だいたいそれくらいの時間でしょう。たまたま出会ってしまったのかしら…。」


実のところ、学校は午前中で終わってしまったし、義憤に駆られた美冬がわざわざ並盛商店街に足を向けたなんて、二人は知る由もない。


「動き出しましたね」


美冬の端末を示すアイコンが、地図上を移動し始める。その速度は異様に早い。

「車か?」
「ではないかと。こちらがモニタリングしていることも計算済みのようです。」

アイコンは商店街を抜け、一般道に入り、ひたすらに並盛町の中で右折と左折を続けた。ぐるぐると同じようなところを回っていたが、突如アイコンが画面から消失する。


「反応が、消失しました…」


オレガノが力なく呟いた。




(……殺されたか?いや…)



沢田家光は考える。
美冬が所持する端末が破壊されただけで、美冬が殺されたとは限らない。むしろ、アジトを悟られない為に攪乱の意味もこめて並盛町内をぐるぐると回っているような相手である。

これは相手からのなんらかのメッセージではないか。


「……大丈夫だ。美冬はおそらく生きている」
「親方様…」
「ぼうっとするな、まずは並盛商店街の監視カメラにハッキングして、美冬が乗った車を探せ。あとは車の足取りを追えば、自ずとアジトに着くはずだ。」
「は、はい!」


呆然としていたオレガノの肩を叩いて再起動させると、彼女は鬼気迫る様子でキーボードを叩き始めた。すると、バタン!という音と共に、モニタールームにバジルとラル・ミルチが走り込んでくる。

「どうした!?」「親方様!」

アラートは美冬の事情を知るバジルとラル・ミルチにも届けられた。
たまたま手合わせをしている最中だった二人は道場を飛び出し、駆け込んできたのだ。家光は二人に振り向くことはせず、モニターを見上げたまま淡々と事実を述べた。


「…美冬が敵に捕まった。おそらく、例の奴等だ。」
「どういうことだ!?」「そんな!」

ラルとバジルは、つい昨日まで、美冬が安全な場所で、順調に脱獄囚の足取りを追っていると思っていた。いったいなぜ、こんなことになってしまったのか。バジルはおろか、さすがのラル・ミルチでさえ目を見張った。


「何があったのかは俺にも判らん。生きてるか死んでるか、五分五分ってところだろう。」


沢田家光の言葉に、ラル・ミルチは無言になり、バジルの顔色はさっと青くなる。


「何言ってるんですか!美冬、絶対生きてますから!!」
「まーなあ。そうであってほしいよなぁ。」


涙交じりの目でキッと家光を睨み上げたオレガノに対し、家光は力の抜けた声で返事をする。
すると、バジルが青い顔のまま家光にこう進言した。

「拙者、今から日本へ行きます!」
「何時間かかると思ってる。着く頃には全部終わってるぞ。」
「ですが!!」

冷静なラル・ミルチのツッコミに、心中穏やかではないバジルは吠えた。途端にごちん!といい音がして、バジルの頭に家光の拳がめり込んだ。


「っっっ〜〜〜〜〜!!!!!」
「騒ぐな、落ち着け。」


バジルを一睨みすると、家光は懐から携帯電話を取り出した。


「こういう時のために、アイツがいるんだろ」


ぴ、ぴ、と電話帳から目当ての人物に電話をかけ始めた沢田家光。オレガノはひたすら防犯カメラの映像を解析し続けている。ラル・ミルチは緊急事態こそ落ち着くべきだと知っているため、冷静に状況を見つめ続けていた。



(……っ)




焦りが募る。


今この時。
バジルは、何もできることが、なかった。




(約束したのに)



『美冬がピンチの時は、拙者が守ります!』

幼い頃の約束。
その為には強くならなければいけないと、日々修練を積み重ねてきたというのに。



(肝心な時に、なにも、出来ないなんて)



握った拳が、己への怒りでぶるぶると震えた。愛する者を守るために身につけた力が、情けなさと怒りのために、内側へなだれ込んでくる。すると、横にいたラル・ミルチが呆れたように言った。


「…悔しいと思うなら、強くなれ」
「ラル」
「お前が守りたいと思った時に、いつでも傍で守れるように、だ」


言外に、お前はまだ弱い、そう言われていた。美冬を取り巻く運命は過酷故に、強さが無ければ巻き込まれて命を失いかねないのだ。すると、通話を終えた沢田家光が「そうだぞバジル」と言ってこちらに歩み寄ってきた。


「あれの先代がそうだったように、な」


そう言って、沢田家光がモニターを見上げれば、M・Mによってタクシーに詰め込まれる美冬の姿が映し出された。

「おっ流石オレガノ。早いな。」
「当たり前です。美冬の命がかかってるんですよ!?」

家光の軽い言葉に半ばキレながら、オレガノは血眼でタクシーの行方を追い始めた。






「どーせ美冬のことだ。“お導き”にでも、遭ったんじゃないかと思うぜ」

「……」

「そうなったら、俺達にはもうどうしようもねーよ」







沢田家光の言葉に、バジルも、オレガノも、ラル・ミルチも。

誰も、何も返すことはなかった。








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