おれの大学進学が決定したタイミングで、両親は海外出張が決定した。ただの高校生でしかないおれには社会のことなどよくわからんが栄転らしい。 両親は外国に行くことになったが、おれはこのまま残ることにした。もうほとんど大人みたいなもんだし、大学も決まっていることから、おれはこのまま一人暮らしをすることにしたのだ。とはいえ、今家族で住んでいるマンションは一人で住むにはデカすぎるし、高く売れるうちに売り払って、おれは新しい一人暮らし用のアパートを借りることになった。 本当はじいちゃんのとこに転がり込むのもありかと思ったんだが、じいちゃんは根無し草といっても過言ではないくらいに家にいないし、どちらかというと土地と家を持っているという感じだった。しかも場所がド田舎なので大学まで新幹線通学になってしまう。 それではあんまりにも遠いし、不便な場所だし、家賃ぐらいの金もかかるし、ちょっとやそっとじゃ地元の友達に会えなくなってしまうのは寂しかった。 というわけで、アパートを借りての一人暮らしである。一応親から生活費や家賃は貰えることになっているものの、年も年なのである程度は自分で稼ぐことにした。 すなわち、バイトである! 履歴書を書くのは初めてで、親は今あれやこれやと忙しそうであるため、サンジの家に転がり込んで色々と質問をしながら記入していった。特技はともかく長所ってなんだよ。意味がわからん。 「……うちの店で働きゃあいいだろ」 隣で覗き込んでいたサンジがむすっとした声でそう言った。何もかも気に食わないとばかりに不機嫌そうな声だった。 「や、借りたアパート大学の近くだから遠いし。電車止まったときのこと考えて最寄り駅前が無難。あとゼフさんに怒鳴られんのやだ」 おれの中の第二のじいちゃんとも言えるゼフさんにこっぴどく叱られたら、心が折れそうだからご遠慮願いたい。ていうかめっちゃしっかりしたレストランで働けるほど、おれの技術力高くねーぞ? サンジは納得行かないようで、むすっとしたままだ。多分、うちの店が一番なのにほかの店に浮気しやがって、みたいなところがあるんだろう。チェーン店のファミレスと一流のレストランを比べるのはどうかと思いますよ。 「そんなことよりおれの長所考えてくんね?」 「……知るかよ」 「ええ? おれって全くいいとこない?」 なんかしらあるだろ、なんかしら。おれ自身はまったくもって思いつかないけど、それはほら、自分のことだからであって他人から見たらなんかしらさ、あると思いたいじゃん? ずっと一緒にいたサンジにいいとこないって言われたらすげえショックなんだけど……。 「……面倒見はいいんじゃねェか」 サンジが顔を背け、ぽそりとそう言った。気恥ずかしそうなところを見ると、つい可愛いやっちゃと構いたくなる。うりうりと頭を撫でたら抵抗された。 さーてじゃあ長所は面倒見がいい……いや待てよ、面倒見がいいってそのままじゃおかしいよな? どうやって長所に書けばいいんだろうか……? ・ ・ ・ 結局、長所の欄には面倒見がいいという言葉をそのままは書けなかったので、それを検索して「自分よりも周りを優先する性格」と書いた。あながち間違ってもいないが、そこまで善人でもないような……? と悩んでしまった。 サンジはおれが落ちてもいいと思っているようで、おれの悩んでいることなど気にも留めなかったが、ゼフさんたち大人に聞いたところこれで問題ないということだった。 そして面接当日。おれはとんでもない緊張に襲われていた。 目の前には今まで会ったことのある強面の中でトップに君臨するだろう強面のおっさんが座っていたからだ。いや、おっさんっていうのは、ちょっと違う。うちのじいちゃんのようなだらしのない格好ではなく、ビシッと高級そうなスーツを身に纏ったダンディな感じの人だったからだ。 見るからに、店長とか、そういう人じゃない……よね? 社員さんにしても、あまりにもすごいというか……。 「座れ。おれはこの店のオーナー……わかりやすく言えば社長だ」 「社っ、長……さん!? ですか?!」 やべえ。妙な汗が止まらない。なんでただのバイトの面接にそんな偉い人が? ていうかここもしかしてヤバい会社だったりする? 失礼ながら超絶強面。しかも顔面に傷があって……どう見ても堅気の方には見えないんですけど。 恐る恐る座ると、社長さん……オーナーさんは、おれの質問に答えるようにうなずいて、それからおれの履歴書に目を通した。 その間、おれはもうこの店でバイトできなくてもいいと思い始めていた。だって、怖いし……。面接でオーナーが出てくるってことは働き始めたら頻繁に会う可能性があるってことでしょ? 怖すぎない? とはいえ、面接に来たわけだから質問されたり、答えたりがあるわけで。緊張しているわりにはスムーズに答えられてほっとしていると、不意に予想もしていなかったことを聞かれた。 「特技は?」 「特技!? は、早口言葉です!?」 そこで証明できない特技を口にするのがベストなのだろうが、おれはうっかりそこで出来る特技を口にしてしまった。というのも、おれは滑舌には自信があった。めちゃくちゃ自信があった。だけどそれをこの場で実践できるかと言えば、また別の話だったのだけれど……。 オーナーさんは「ほう?」と片眉を吊り上げ、興味を示して来た。そんなに面白い特技じゃないんですけどね!? だが、言ってしまった以上、やらないわけにもいかない。 「で、では、失礼して……」 緊張して口の中が乾いている。大丈夫、落ち着け……別に失敗したからって殺されるわけじゃない……。深呼吸をしてから、勢いよく口を開いた。 「新出シャンソン歌手総出演新春シャンソンショー 新出シャンソン歌手総出演新春シャンソンショー 新出シャンソン歌手総出演新春シャンソンショー」 「ラバかロバかロバかラバか分からないので ラバとロバを比べたらロバかラバか分からなかった」 「客が柿食や飛脚が柿食う飛脚が柿食や客も柿食う 客も飛脚もよく柿食う客飛脚」 ……完璧だった。我ながらアナウンサーかよとツッコミを入れたくなるほど、はっきりとした発音に聞き取りやすい声だ。ブラボー! 脳内でファンファーレが鳴り響いている。 「採用」 「えっ……本当ですか?」 「嘘言ってどうする。まずは研修を受けて問題がなきゃそのまま雇う。壊滅的に不器用だとか礼儀が終わってるだとか、そういうことがなきゃ問題ねェ。いいな?」 「は、はい!」 「いつなら暇だ。社員にお前の研修させる」 手帳を出したオーナーさんに釣られ、おれも慌ててスマホを取り出した。直近で一番暇なのは……えーと……。 話し合いの結果、日程を決め、それから挨拶をして家に帰った。帰り道にサンジへと電話をかけ、その場で採用されたことを伝えるとすごく不愉快そうな声だったが、一応祝いの言葉を貰った。 面接と早口言葉の親和性 バイトさんの1日で主人公くんがクロコダイルさんのファミレスのバイト店員になったきっかけまたは、バイト初期の頃のお話@匿名さん リクエストありがとうございました! |