お三方が食事を終えて、テーブルで会計を済ませ、入り口で見送ったら全員からうちで働かないかという打診を受けた。何を言っているのか一瞬わからなかったが、現時点で就職について考えるつもりはないので、お断りしておいた。……すこし後で考えるともったいなかったかなあ、と思わなくもないが、まだ時間もあるしやりたいことが見つかるかもしれないと考えたら無責任なことは言えなかった。
 奥の席を綺麗に片付けて、それから厨房でほんの一分ほど脱力。周りとやりきった、という話で盛り上がった。おれたちは一丸となってよくやったと思う。本当によくやった。頑張った。
 客足もまばらになってきた頃、長時間営業のファミレスにありがちな“客がいるのに清掃タイム”が始まった。片端からお客さんに許可をとって、埃を立てないように、そして迅速に掃除をしていく。うちは二十四時間営業だからまあ、しかたないのだ。放っておいたらそこらじゅう真っ黒になってしまうだろう。


「イードさん、ちょっと」

「へ? え、あ、はい」


 おれが通常のホール作業と清掃に明け暮れていると、ホール担当の後輩がやってきておれを呼び出した。何事かと思えば、おれ宛に電話がかかってきているのだという。オーナーから、と言わなかったところを見るにオーナーではないのだろうし……いったい誰から? 清掃作業を交代してくれた後輩に頭を下げてからバックに戻り、電話を取ると、超意外な人物からの電話だった。


「はい、もしもしお電話代わりま、」

『ああ、イードか?』

「へ!? じ、じいちゃん? どったの?」


 まさかのじいちゃんだった。バイトをすることになったときに連絡先を教えておいたので確かに電話してくることは可能だったが、こんなことは今まで一度だってなかった。だって、電話なんて普通携帯に入れておくし、なんかあったのかと思って声が裏返る。じいちゃんはおれにとってはどちらかというと祖父と言うよりは親で、とっても大事な人だ。じいちゃんまさか入院とか……!? いつまでも若い気でいるから怖いお兄さんと喧嘩とかして怪我でもしたんじゃ……! 色々と心配事が思い浮かんでは沈んでいく。じいちゃんは電話口で重苦しい声を出した。


『今、お前の家に来てるのだが』

「え?」

『知らん男がいてお前の友人だと言っているんだがどう見てもお前の友人には見えなくてな、確認を取ろうと』

「ああ……じいちゃんキッドと鉢合わせたのか?」


 じいちゃんがまさか突然うちを訪れるなんて思ってもみなかったおれは、普通に驚いた。なんでまた今日に限って。ていうかバイトあるとかないとかあるんだし、いきなり来たらダメだよ……。合鍵持ってるとはいえ、もしおれが彼女といちゃいちゃしてたりしたらどうするわけ? いや、彼女なんていないけどさ!
 電話の奥で話さなくなってしまったじいちゃんとは引き換えに、その更に奥ではキッドが怒っているような声が聞こえる。……もしかしてじいちゃん、キッドになんかしたんじゃないだろうな……?


「じいちゃん、赤い髪のいかつい顔したやつなら、マジでおれの友達だからね? バイトに言ってる間に洗濯とか頼んだから不法侵入とかでもないから。……なんもしてないよなあ、じいちゃん?」

『ハハハ、私がそんなことするわけないだろ。心配するな』


 じいちゃんが快活に笑うその奥でキッドが怒鳴っているようだった。……なんかしたな、確実に。おれは思わず項垂れたくなる。じいちゃんにとってはたった一人の孫だし、甘やかされているという自覚もあるけれど、いつだってじいちゃんはおれと友人の間に溝を入れてきたのである。悪気があるんだかないんだかわからないし、決定的な証拠もないし、おれだってじいちゃんのことが好きだし、という感じで許してきたけれど、今回ばかりはそうはいかない。深いため息をつきながら返事をする。


「……わかった、じいちゃんのこと信じるよ」

『おお! そうだろうそうだろう』

「だから家に帰ってキッドがすこしでも怪我してたらマジでじいちゃんのこと着拒にするからな」

『え、イード、ま、』

「じゃあな、仕事中だから切るぞ。キッドによろしく」


 がちゃん、と電話を切っておれは仕事に戻った。これくらいのことをしなければじいちゃんは孫離れができないのだから仕方ない。ああでも何かあったとき心配だし、着拒はやめとこうかなあ……と思ってしまうあたり、寧ろじいちゃん離れができていないのはおれの方なのかもしれない。もう一度ため息をついても、じいちゃんのことを放っては置くという決断はつかなかった。


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