ロブ・ルッチ、あれはなんだったんだ? 夜中に来た挙句全然帰らないし迷惑だったんだが……癇癪を撒き散らしに来ただけか。仕事に従順になったと聞いていたが、今はそういう気分じゃないとか言うのか? よくわからないが、おれに何をしたかったんだ? こども返りと言うやつか? ……なぜおれに?

 昨夜起こった出来事は大変理解に苦しむものだったが、理解する必要性もないので無駄に考えることをやめた。お世話になった宿屋の女将に礼を言い、市場で以前買った水水肉のサンドイッチを再度購入し、おばさんにお別れを告げた。「また来てね」と観光地らしい言葉をもらった。フランキーさんにはすでに昨日のうちに最後の挨拶を終えているため、後はガレーラに挨拶に行けばもう海列車に乗って戻ることができる。

 と思っていたのだが、何か大きな騒ぎがあるような……?

 ガレーラの手前で誰かが喚いているようだ。船大工たちと、おそらくあれは海賊が言い争いになっている。正直仕事中ではないため、どう対処をしたものかという気持ちにもなる。海賊船の補修に関しては犯罪行為であるが、目の前で行われていなければ罪には問えないため見なかったことにすることもできる。もちろん職務中だったら注意では済まないところだが、今はそう言うつもりもない。
 アイスバーグさんには世話になっているので、大きな問題になりそうもなければ極力何も見なかったことにしたいところだが……何やら雲行きが怪しい。


「金を払う気もねェ海賊の船なんて作れるか!」


 それはそうだ。海兵としては海賊の船だから無理だと言って欲しいところだが、船大工たちはそもそも慈善事業で船を直したり作ったりしているわけではない。材料と手間をかけているのに、金が発生しないならば作るわけもないのだ。
 海軍も似たようなものである。税金として金をもらっているからこそ治安維持をしているのであって、税金をもらっていない世界政府非加盟国には海軍が派遣されることはない。ワノ国とかその最たるだろう。四皇が治めているから余計に手を出しにくいところはあるだろうが、あそこはそもそも地形からして入ることが大変らしい。
 ともかく金を払う、対価としてサービスを受ける。当然の流れだな。それを守らないと事業は成り立たない。断りの文句は当然だ。


「うるせェ! おれらは天下のルオウィ海賊団だぞ! 船大工共は言うことを聞きゃあいいんだッ!」


 ルオウィ海賊団という名乗りには覚えがあった。船長は億越えの賞金首だ。船大工たちはある程度強いようだが、億越えの賞金首相手と言うのはどうだろうか。それこそロブ・ルッチやカク、カリファ、ブルーノの誰かがある程度力を出していいのなら何も問題ない。
 だが彼らは実力を隠している潜伏している上、他の船大工たちは殺す気でやるわけではないだろう。街の人間が危険に晒されないようにするため、そちらにも気を配り本気で戦うわけにもいかないのではない気がする。

 武器を抜くのならばおれも戦闘に加わろうと思っていたら、すぐさま剣を抜いてくれたので、おれも踏み込んで走り出し、勢いそのまま船長の顎を死なない程度に殴り抜いた。ぐしゃりと顎がつぶれた感触。喚きだす前に武器を握られると面倒なので両手を踏み潰してから、海楼石の手錠をかけた。船長は無論、能力者である。
 ここまで一通り終わらせた状態になってから異常に気がついた他の船員たちが襲い掛かってくる。反応があまりにも遅い。自分の部下だったら叱責では済まない失態である。向かってくるやつらには適当に腹を狙って蹴りと殴りを入れて転がした。

 終わった頃には大男どもがそこらじゅうでゲロを吐く酷い光景になってしまった。億越えとは思えないくらい弱いんだが……あれか、船長ありきの海賊団か? 確かに他の船員には碌な賞金首はいなかったと思うが、それにしてもあんまりではないか? 海賊稼業を舐めてるのか?


「ガルム、その……ありがとう? すげェ強いんだな?」

「パウリーか。当たり前のことをしたまでだ、気にするな。誰も怪我はないか?」

「おう。戦いになる前に誰かさんが全員沈めてくれたおかげで無事だぜ! 本当、ありがとうな!」


 近づいてきたパウリーは少し驚いていたようだが、そこまで気にしたようではなかった。ここまで強い民間人は怪しいから疑った方がいいと思うが…………まあ、それをおれが忠告するというのもおかしな話だ。


「大佐ァ!?」


 聞き覚えのある声に振り向くと、予想通り副官のスコルがいた。初めて見た私服姿は、……なんというか、奇抜だった。どうしてそんな派手な色の柄と柄を組み合わせるんだ? 理解が及ばなくて、頭の中が疑問符だらけになる。普段の服装はもしかしてだいぶ我慢を強いられていたのだろうか? そこまで服装規定は厳しくないのだが、まだそこまで階級の高くないスコルが色々気にしてシンプルなものを選んでいるのだろうか。その反動にしてこの格好はないと思うのだが……人の趣味というものはわからないものだ。


「スコル、息災か」

「はい、無論です! ですがその、大佐? それは……」


 スコルが気まずそうにおれの後ろに転がっている海賊共を見ている。こいつ、多分おれが勝手にやっていると勘違いしている。言いたいことはわかる。どうせこいつは、ついに我慢できなくなっちゃったんだな……大佐だからな……と思っているはずだ。違う。命令違反はしてない。


「民間人に武器を向けようとしていたから制圧しただけだ。違反はしていない」

「……そうですか?」

「そうだ。スコル、こいつらを海列車にぶち込む。この人数を屯所に置いておく場所はない。屯所からの連中も駆けつけてくる頃合いだ。手伝え」

「はい大佐!」


 屯所の海兵たちがやってきた。その海兵たちに事情を説明し、海列車まで海賊共を運ばせる。その頃には隣から強めの視線がブスブスと刺さっていることを無視できなくなった。当然、おれの横には先程まで話していたパウリーが立っていた。行儀悪くもおれのことを指さしている。


「大佐……?」

「改めましてご挨拶を。海軍本部大佐、“猟犬”ガルムです。以後、軍艦の損傷時にはお世話になることもあるかと思われます。その際には何卒宜しくお願い致します」

「あ、はい……」


 おれの言葉にパウリーもつられて敬語になってしまったようだ。場の勢いだろうか。パウリーはおれが海兵だとは微塵も思っていなかったのか、どういう反応をしたらいいのかわからないといった顔で居心地悪そうにしていた。まあ、パウリーも大概政府や海軍に対して確執を持っているタイプなのだろう。
 屯所から追加でやってきた海兵に海軍本部の大佐であることを伝え、取っ捕まえたやつらを海列車に運ぶために再度指示を出していると、スコルが戻ってきた。……やっぱり派手だな。


「海賊を運び終えました。大佐は海列車に同乗を?」

「ああ。もとより不夜島からマリンフォードへ戻る予定だ。スコル、お前は?」

「自分は明日の定期便でマリンフォードへ帰港予定ですが、海列車に同乗する人手が足りなければ同乗させていただこうと思います」

「いやこちらは自分一人で十分だ。お前は引き続き休暇を過ごせ」

「は! ……ところで大佐? その方は?」


 おれの隣に立っていたパウリーに視線が向かった。先ほどからおれと話していたことが気になっていたのだろう。とはいえ、仕事を終えてから、と思っていたようだ。す、と身体をずらし向き直る。


「こちらはガレーラカンパニー、第一ドックの艤装・マスト職の職長、パウリーさんだ」

「そうでしたか! 自分はガルム大佐の副官、スコルと申します。以後お見知りおきを!」

「どうも、ガルムの友達のパ、」


 その言葉の後に名前が続いていたと思うのだが、スコルの「友達ィ!?」という声にかき消された。叫ぶのはさすがに失礼だ。おれにも友達はいるぞ、お前も知ってるだろ。とはいえ、今回の件に関してはおれも「友達?」と呟いてしまった手前、スコルに何も言えないのだが。
 極度に驚いたスコルの態度に、パウリーも驚いてしまったようで、おれを見上げてくる。


「おれら友達だろ? ほぼ毎日飯も食いに行ったし、酒も飲んだ。ギャンブルの時も隣にいたし……」

「最後に関して出会う前のことだぞ」

「細けェことは気にすんなよ! まァでもやっぱ友達だな!」


 バシバシとおれの背中を叩いてくるパウリーを見る。友達。友人。“飯食って”該当する“一緒に訓練して”該当しないが該当する必要性はない間柄、“よく話している”該当する──その中で好意的な感情を向けるに値する人物。


「なるほど、そうか、そうだな、友人だ」


 言われるまで考えもしなかったが、なるほど、言われれば確かにパウリーは友人だったようだ。肯定すると、スコルもパウリーも、少し遠くにいたロブ・ルッチもカクもおれを見て固まっていた。


「なんだ?」

「今、ガルム、笑ったか……?」

「あッ、やっぱり笑ってましたよね!? 自分も見間違いかと思ったんですが、大佐の衝撃の微笑みは幻覚じゃなかったんですね!?」

「そうだよな!? 笑ったよな!? びっくりした!」


 なんだか盛り上がっている。人が笑うことが、そんなに驚くことだろうか。なぜこんな些細なことで驚かれなければならないのかよくわからないが、強いて深掘りする必要性もないだろう。そもそも深掘りする時間もない。海列車の時間が近づいている。


「パウリー、おれはマリンフォードに戻る。息災でな。悪いがもう時間がはない。改めてアイスバーグさんへも世話になったことを伝えてくれ」

「おう! また休暇の時には来いよな!」

「ここまでの休暇はおそらくもうない。これが一生の別れも可能性もある」

「ええッ!?」


 今回のことはまず起こらない事象であるし、おそらく今後は適度に休日というものを入れられるのだろうが、とはいえ、ウォーターセブンまでは距離があるため最低休みは一週間ないと無理だろう。海兵にそんな休みが与えられること自体、あり得ない。今回のことは本当はあってはならないことだった。
 現在すごくきな臭いという時期ではないにしろ、おれの隊は新世界にも行くこともある。そうなると余計に厳しい状況だ。


「大佐……それは事実ですが、またな、でよかったんじゃ……」

「できない約束はしない」

「た、大佐ァ……」


 スコルが今は正論が望まれる場面ではないという目でおれを見てきているが、期待をさせてもいいことと期待をさせると問題があることの区別くらいはおれだってつくつもりだ。またすぐに会えるというのは無理だ。少なくとも年単位で不可能だろう。それをまたなで返したら、期待させて会いに来ないと落ち込ませるはずだ。


「なら年食って仕事を辞めたら、こっちに来い! おれは長生きするし、お前も長生きしろ! 今度はおれの金で酒奢れるようにしとくから、絶対ェ来いよ!」


 正論で返すのなら、それも無理だという返答になるだろう。海兵が生きながらえて退職するなんて夢のまた夢だ。海兵という仕事は危険が伴う。弱ければ強いものに殺されて死ぬ。強くてもより強いものに殺されて死ぬ。強くて運があれば生き残ることもあるだろうが、かろうじて生き残れた場合も腕の一本や二本であれば復帰するものが多い。死ぬまで働く。死ぬまで海賊と戦う。
 本部勤務や新世界に勤務する海兵とはそういうものだ。おれもそうだ。辞める時は死ぬ時だ。海賊がいなくなることはない。平和など起こり得ない絵空事。すなわち、海軍の仕事も無くなることはない。
 だが先ほどの言葉は、そもそも実際に起こってほしいという期待からかけられた言葉ではないと思う。パウリーにだって海兵という仕事の過酷さはわかっているだろう。だから、死ぬなよ、という激励の言葉なのだ。


「そうか。楽しみだな」


 イエスとは言わない。それでもパウリーは笑った。少しだけ苦しそうな笑顔だった。

mae:tsugi

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