ガルムはあの訳のわからない騒動の後、何事もなかったかのようにその場を立ち去った。残された人間は各々仕事に戻っていった。ルッチは正直仕事どころではなかったが、パウリーは何もなかったかのように平常心のようだったし、カクはルッチの方を見ては笑ってくる。それが意味するものを察して、実に不愉快だった。
 ガルムは約束をしていたようで、パウリーとの食事に出かけていった。食事の最中の会話では「さっきの人トイレ大丈夫だったのか?」とパウリーが質問して「隣の家に借りにいったから何もなかったみたいだな」とつまらなそうに言葉を返していた。結末はどうでもいい。気になっているのはそこじゃない。どうしてそう言うことをしたかの方が大事だろうが。

 食事を終えた後は、そのまま飲むために二軒目に行き、酔った状態のパウリーと一緒に三軒目に入り、他の連中とも合流、その後ベロベロに酔ったパウリーを家まで送り、それから宿屋へ戻った。
 宿屋で女将に挨拶、風呂に入って、それからベッドに入ったのを確認して、ルッチは動き出した。何故そんなことをしたのか、ルッチ自身にもわからない。止まっていることはできなかった。苛立ちが、衝動が、ルッチを突き動かしていた。

 窓から忍び込むと、部屋の中は暗く、しんとしていた。ガルムはベッドの中で、背を向けて寝ていた。明確な寝息が聞こえる。ガルムの眠っているところなど、初めて見る。ガルムでも睡眠を取ると言うことにすら、違和感を覚える。ガルムは、──ガルムは?
 ベッドの脇にルッチが立った瞬間、伸びてきた腕が首を掴み、ベッドへと叩きつけられた。背中の痛みよりも、首に巻き付いた指の力による圧迫の方がよほど痛みを訴えていた。それでもその手を咄嗟に掴んだ際に、力をさほど入れていないことに気がついた。寝起きでさえ、ルッチは手加減をされている。それが耐え難い苦痛だった。

 口を開いてもルッチの言葉は声にならなかった。喉を押さえる手が緩まない。上に乗っているガルムの方が体重も力もあるせいで、身動き一つできない。ガルムも何も言葉を発することはなく、ルッチの首元に顔を寄せていた。何をされているか、ルッチには理解ができない。そうして数秒、ガルムが顔を上げる。目を細め、そこにはなんの感情もない。こんなに至近距離にいるルッチでさえ見ていない。込み上げる苛立ちを前に、歯を食いしばった。


「……ああ、ロブ・ルッチくんでしたか」


 その言葉とともにガルムに手を離された。息が止まるほどではなかったにしろ、気道が狭くなっていたのは事実だ。軽く咳き込んで睨むと、ガルムはゆっくりとルッチの上から移動した。
 殴りかかろうとして、ガルムにその腕を取られた。ルッチはまたベッドへ逆戻りだ。


「何か御用ですか? 明日は早いので、眠りたいのですが……」

「気に食わない」

「……それを言いに? あなたは潜入任務中ではありませんでしたか。このような真似は避けるべきかと思います」


 その声色はいつも通り平坦で、言葉通りの呆れすら見せない。言っていることは正論だ。だからと言ってそれを受け取れるかは別問題だ。


「うるさ、ッ」

「お静かに。騒ぐと宿屋の人間が来ますよ。どうやって言い訳をするつもりですか」


 口を塞がれ、また正論を説かれた。入り口を通っていないルッチが部屋にいるのはおかしいし、格好だって上から下まで真っ黒で普段のルッチならしない不自然な格好だ。だがルッチはそんなことを聞きに来たわけではない。かといって自分の中に正解などあるわけもなかった。何を言われても納得するわけではなかったし、何を喚いてもこの感情が解決するとも思えなかった。


「もう一度言います。自分は寝るつもりです。撤退を」


 再度通告を受けてもルッチはガルムを睨み続けた。ガルムは一つ息をついて、口を押さえる力をほんの少し強めた。


「仕方ないですね。こういった手段はあまり好きではありませんが──おやすみなさい」


 なんらかの衝撃を感じたかと思えば、ルッチの意識は無くなっていた。次に目を覚ました時、ルッチはガルムのベッドの中で、ガルムは起き上がって椅子で本を読んでいた。


「おはようございます。帰った方が良いのでは?」

「……うるさい」

「もうここは引き払いますので、女将が来ます。それでは」


 ガルムは立ち上がって荷物を持ち上げる。振り返るどころか、少しもルッチに意識を向けない。何かを怒鳴りつけようとして、けれど何も言葉にならなくて、ルッチは何もできずにただガルムが立ち去るのを見ていることしかできなかった。


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