結局宿屋に帰って迷惑にならない程度に筋力トレーニングをしてから寝てみたものの、寝たのが夜明け前だったのにも関わらず目を覚ましたのは早朝だった。まあ、こんなもんだろう。特に意味はなかったが改めて風呂に入ってから街へ繰り出してみる。
 あそこに何があって、ああ、本屋はあれか、とほとんど街を一周した頃、もしかしておれはマッピングをしていたのではとハッとした。おそらくもうウォーターセブンで行けない場所はないくらい、はっきりと場所を理解している。仕事じゃないってのに……。

 職業病だろうか、と考えながら街をもう少しうろつくことにする。どうせなら完璧なマッピングをしたい。仕事じゃない、関係ない、と思いながらとりあえず宿屋からステーションまでの最短ルートを色々と考えてみたりする。……今日の夜中、建物の上を走り回ってみるか。おそらく最短ルートを作るなら水路を使うよりも上を通って走り抜けた方が早いだろう。いや待て、走り回ったところを見られて海軍将校が変なことをしていたと言われても困る。……ならバレないように走りながら? いや、やっぱりダメだ。ここはある意味海軍にとっても重要拠点である。妙な噂話が立ったらまずい。やめだ、やめ。落ち着け。


「……ヤバい、することがない」


 これではマリンフォードにいた頃と大差ないのではないだろうか。ロブ・ルッチを見つけるという目的も下手したら近日中に達成する可能性だってある。そこで弱みがどうのこうのと言われたが、海兵のおれがいると分かれば弱みも見せまい。もういっそ新たに目標を定めるべきか? たとえば、名前と顔の一致する人間を百人作る、とか。……それも、仕事になるよな。人脈を作っとけばいい、っていうのはマズイ。お土産を選ぶにしてもそれほどの時間をかけることはないだろうし……。
 おれが困りながらも街を歩いているうちに、街には活気が出てきた。活気に満ち溢れている街を意味もなく歩き回るおれは、傍目から見たら不審者か何かだろうか……。


「あーッ!」


 この時間から食事できる場所ってどこかあるのだろうか。市場ならば──と軽く視線を向けた先で、屋台のおばさんと目が合ってしまった。頭を軽く下げて挨拶をすると、「水水肉のサンドイッチはどうだい? とってもおいしいよ!」と宣伝してくれた。
 それじゃあ一つもらおうかな、と思ったところで、後ろに気配。こちらに向かってきている。だが攻撃されそうな感じでもないし、と放っておいたら、思いっきり背中を叩かれた。痛くはないからいいんだが……一体なんだ? 喧嘩を吹っ掛けられるようなことをした覚えはないのだが。とりあえず振り返ると、ぜーはーと凄まじく息を上げている人がおり、その顔には見覚えがあった。


「昨晩の……?」

「そう、だよな! お前、昨日、ヤガラ、の、」

「ええ。それよりも大丈夫ですか? ──すみません、お水一ついただけますか?」


 おばさんに言って水を一つ買い、昨日のヤガラ券を渡したと思われる人に差し出した。ゴッゴッとすごい勢いで飲み干したその人は、ようやく息切れも収まったようで大きく息を吐き出し、そしてぎらりとおれのことを見た。……なんかこの人に悪いことしたっけ? こんなもん押しつけやがって、と怒りに来たんなら彼は大分普通じゃない人間ということになるが、顔が怒ってるみたいに見えるんだよな……。


「見つけたぞてめェ……!」

「自分のことを探していたのですか?」

「そうだ! おま、」

「こらパウリー! まずは背中を叩いたお詫びと水をもらったお礼だろう!」


 これから何かを言おうとしたまさにそのとき、屋台のおばさんがその人に怒った。親……じゃなさそうだし、どうやらパウリーという名前らしい彼は完全な地元民のようだ。近所のおばさんに怒られるような経験はおれにはないし、故郷に戻ったところでそんなことはありえないので、なんだかすごいものを見てしまったような気分だ。
 パウリーさんは「あー……」と呻きながらもお詫びとお礼を言ってくる。「お気になさらず」とおれも頭を軽く下げた。


「それで、自分に用と言うのは……?」

「あッ、そうだ! お前、昨日の」


 おそらくヤガラ券のことが言いたかったのだろうけれど、パウリーさんが言葉を発する前にぐうう、と言う音が鳴り響いた。こんなはっきりと主張する腹の虫が珍しくて思わずパウリーさんのお腹を見てしまうと、パウリーさんは顔を真っ赤にさせてしまった。なんだか申し訳ないことをしてしまったので、おばさんの方を向いて指を二本立てた。


「すみません、サンドイッチを二つ。それからお水をもう一本いただけますか?」

「はいはい、八百五十ベリーだよ。あ、お兄さん格好いいし、いい人だし、おまけしとくね」

「あ、すみません、ありがとうございます」


 財布の中からきっかり支払って、品物を受け取る。このサンドイッチ思ってたより大きいぞ……これで三百五十ベリーはお得だ。美味しかったら明日も買いに来よう。パウリーさんの方に振り返ると、すごい目でおれが持っている紙袋を見つめていた。そんなに腹が空いてるのか。軽く動かしてみるとパウリーさんはわかりやすく目でその袋を追った。面白い。そう思って何度も行ったり来たりさせていると、パウリーさんは自分のやっていることに気が付いてハッとした。


「からかってんじゃねェよ!!」

「すみません、つい」


 猫じゃらしを追ってる猫とか、ボールで遊ばれてる犬とか、そういうものにしか見えなくてつい。しかも本当に追ってくるからいつまで追いかけてくるのかも気になってしまったのである。それくらいしっかり目で追ってたからな、パウリーさん。わかりやすい直情型の人みたいだ。まあ、そんなこと今は置いておいて。


「じゃあ、行きましょうか」

「……は? どこに」

「何か自分に用があるんですよね。なら、店先ではご迷惑ですからどこか別の場所に移動しませんか?」


 そう提案すればパウリーさんもその用に関してここで話すべきではないと思い改まったのか、くるりと踵を返して「こっちだ」と歩き出した。おれは屋台のおばさんに軽く頭を下げ、パウリーさんのあとを追った。


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