上官に呼び出されるというのは、大抵、よくないことであるらしい。
 そして実際に、よくないことだった。

 海賊討伐から本部へと戻り、報告書を作る算段を立てながら船を降りていたら、すぐに呼び出しがかかった。遠征帰りのおれは、当然、汚れた格好をしていた。上官からの呼び出しであるため、着替えてから行くべきかとも思ったが、わざわざ波止場まで伝令を寄越したということはきっと急ぎの用事なのだろうとそのままの格好で向かわせてもらった。
 おれを呼び出したのは、海軍のお母さん、あるいは中堅どものお目付け役とも言えるつる中将だった。彼女の執務室に訪れ、つる中将はおれの格好を見てすこしだけ顔をしかめた。格好が汚れていることを謝罪すると、ため息をつきながらも気にしなくていい旨を言葉にしてくれた。心の広いつる中将に、礼と共に頭を下げる。次に顔を上げたときに見えたのは、紙だった。辞令の書かれた紙。そこにはとんでもないことが書かれていた。


「働きすぎだよ、休みな」

「いえ、自分には不要です。きちんと休息も食事も取っていますし、疲労感もありません。人手も不足しており、自分が急に抜ければ部下たちも困ります」


 それらは事実でありながらもある種の建前だ。おれは海軍の仕事をやりたくてやっているわけだから、休みたいと思ったことは一度もない。むしろ、限りなく休むことなく、ずっと仕事をしていたいのだ。当然、いつでも全力を出せるよう睡眠や食事は十分に取っている。だから改めて休暇をとる必要なんてどこにもないのだ。
 言わずともそんな思いを汲み取ってくれたのか、はたまた初めからわかっていたのか、つる中将はとても大きなため息をついた。呆れたような表情をして、おれのことを見ている。


「……そう言うと思ってたよ」


 その言葉を、仕事を続けていい合図であると判断したおれは、なら執務室に戻って報告書でも、とすでに考えていた。しかし次の瞬間、「サカズキ」とつる中将の口がそう動き音声として耳が捉えた。……サカズキ大将? と疑問を抱いたけれど、すぐにその疑問は解決された。
 扉が開いて現れたのは見間違えるわけもないサカズキ大将だった。思わずつる中将を前にしているときよりも背筋がぴんと伸びる。尊敬している直属の上司が現れれば、誰だってこうなると言うものだ。少し派手なシャツがよくお似合いだった。おれなんかよりも余程忙しいであろうサカズキ大将に会えるなんて、今日はとてもいい日と言えるだろう。
 緩みそうになる唇を引き締めながらサカズキ大将に敬礼。頷いて返してくれたサカズキ大将はやはりばっちり決まっていた。


「ガルム、お前は一月休暇じゃ」

「は、──い?」


 サカズキ大将の言葉だというのに理解が及ばなくて、ほんの少し固まってしまった。それは一体、どういう意味だ? 一ヶ月も休暇? ……なんだそれは。新しい拷問か、それとも迂遠なクビ切りの宣告なのだろうか。頭の中で混乱している。ある程度うまくやれていると思っていたのだが、もしかして気がつかない間におれはとんでもない失態をおかしていたのだろうか?
 サカズキ大将が小さなため息をつく。呆れられてしまったのかもしれない。このままクビになったらおれは何を仕事にして生きて行けばいいのだろうか。今までの経験を生かすとしたら賞金稼ぎくらいしかないわけだが、海軍の後ろ楯なしとなれば船も装備も何もかも自分で確保しなければならないし、当然この先マリンフォードにはいられまい。先のことを考えると気が重くなるような気がした。


「情けない顔をするな。お前が休まんけえ下も休めんとちらほら潰れちょる。やけえちっと休め言うとるんじゃ」

「……そう、でしたか」

「ああ、あんたが休まないから部下たちも休めないのさ。だからあんたのとこは人が入れ替わり立ち替わりだろう?」


 サカズキ大将とつる中将に指摘され、うちの隊の人手不足の理由に初めて気が付いた。今まで全く気が付いていなかった。ついて来る人間はついて来ていたから、いなくなるものは根性が足りないだけだと思っていたのだ。……しかしどうやらこちらが間違っていたらしい。ただでさえ潤沢とは言えない海軍の人材を潰しているのが自分なのだとしたら、それは呆れられるだけではすまない事態だ。


「残念ながらあんたについて行けるやつばかりじゃないんだ。まあ、あんたのとこにいた連中はどこに行っても使える連中になってはいるけどね……」

「じゃが、使い潰されるんは困る。本日付けでお前の隊は丸ごと一月の休暇じゃ、これは決定で命令じゃけえ。ええな」


 お二人の言葉に、きちんと謝罪してから慎んで命令を受け入れる旨を伝える。辞令の紙を受け取り、もう一度頭を下げてその場を辞した。廊下を歩きながら項垂れた。一月も休暇。何より自分が人材を使い潰していたという事実。どちらも気持ちを重くさせるには十分だった。

 こうしておれの長い長い休暇は、始まってしまったのだった。

mae:tsugi

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -