原作介入・改変要素を含みます。嫌な予感がした方はブラウザバック推奨。


「取り込み中申し訳ないんだが、これは今どういう状況だ?」


 いつの間にか現れたナマエが、困惑した表情でそう聞いた。降り積もる雪の中、血まみれのコラソンが木箱に寄っかかり、周りにドンキホーテファミリーが集まり、ドフラミンゴが銃を構えている。誰が見たって割り込んでいい修羅場ではなかった。

 ──どうして今こんなところにこいつがいるんだ。

 きっとそれがナマエ以外全員の総意だったことだろう。なんという最悪のタイミングだろうか。
 ナマエは今死の淵に足を引っかけている男、コラソンの恋人だった。海賊団とかかわりがあるが、別段悪人ではない。トレジャーハンターであるために取引があり、そこからコラソンとの関係に発展しただけだ。
 裏切ったコラソンの恋人が取引現場近くに現れたということは、こいつもまた情報を受け取っていたと考えることも可能だったが、であればこの状況をすぐさま理解したはずだろう。協力者であったのなら、ファミリーにバレていないうちに強襲し、コラソンを助け出すべきだ。
 ドフラミンゴは訝しみながらも、ナマエへ問い掛けた。


「その前に。なぜお前がここに?」

「ああ、この島にある山の洞窟で釣りをしてたんだ。珍しい魚がいて、それをご所望の依頼主がな」


 たしかにナマエの手には魚の入ったバケツがある。依頼があれば海賊が根城にしていた場所だろうが気にせずに突っ込んでいくような男だということは、ドフラミンゴも知っている。ナマエの言い分には信憑性があるとして、今度はドフラミンゴが返答した。


「ナマエ、お前にはどう見えるんだ」


 ナマエの問いに、問いで返す形でドフラミンゴは笑った。だがそれは、怒りによるものだ。目の前にいるコラソンへの滾る憎悪がそうさせている。


「何かやっちまったコラソンが、殺されそうなふうだな」

「ああそうだ。裏切ってやがったんだよ、こいつは!」


 首を傾げたナマエに、ドフラミンゴは懇切丁寧に事情を説明してやる。海軍に所属していて、スパイとして海賊団にもぐりこんだこと。今までファミリーのふりをして、兄弟であるドフラミンゴを裏切り、情報を流していたこと。ドフラミンゴの許すことができない裏切りを、懇々と語った。


「なるほど。そりゃあこいつが悪いな、兄弟を裏切るのは誠実じゃねェ」


 ナマエはドフラミンゴの意見に是と答えた。裏切るのは誠実ではない。それはそうだ。ドフラミンゴは正しいことを言っているので、ナマエの答えも是で正しい。だが正しい答えを出すことと、その行動が伴うことが常人には難しいものだとドフラミンゴにはわかっている。


「フッフッフ、それでお前はどうするつもりだ? ここから連れて逃げられるとでも思ってんのか?」


 コラソンとナマエが想い合っているのは、ドフラミンゴこそよく知る事実だ。不誠実であれ、愛し合う恋人の選択肢などたかが知れている。ナマエを逃がさないとばかりにファミリーが動き出す。
 けれども、ナマエは不思議そうに瞬きを繰り返すばかりだった。何を言っているのか理解できないとばかりに、何度も。


「なんで連れて逃げる? コラソンが悪いんなら罰は受けるべきだろ」


 ナマエの発言に、今度こそドフラミンゴは愉快で笑い声を上げた。恋人に対する愛情とはそんなものか! コラソンの選んだ相手は外れだったようだ。実に薄情な男である。兄弟を裏切るような薄情な男にお似合いの、薄情な男だ。
 その発言でコラソンの顔が、今まで見せなかった悲痛なものに変わったのだから、それだけでナマエがここにいた価値を認めてもいい。


「なんつー顔してんだお前は」


 コラソンの表情に気が付いたらしいナマエは驚いて、それからドフラミンゴの許可も得ず、ざくざくと雪を踏みしめてコラソンの傍に近寄った。油断させて逃げ出すつもりか、とファミリーに緊張が走る。
 ナマエはコラソンの横にしゃがみ込み、血の付いた髪を壊れ物を扱うようにやさしく撫でた。


「コラソン、その怪我、もう助からなそうだな」

「ナマエ……」

「悪人だとしても、兄弟を裏切るのはどうかと思うぞ、おれ」


 助からなそうな恋人に追い打ちをかける薄情なナマエは、懐から何かを取り出した。何か危険なものかとファミリーが警戒しているというのに、ナマエは周りを気にすることもなく、力の抜けたコラソンの腕を持ち上げる。


「固定給じゃねェから、三ヶ月分ってわけじゃあねェが」


 遠目からでもはっきり見えるシルバーの輝き。大した額ではない、シンプルな指輪だというのは、目が肥えたドフラミンゴでなくともはっきりわかっただろう。
 ナマエの目は穏やかで、凪いでいた。血なまぐさい、死の臭いの立ち込めるこんな場所で、死にかけている男の指に、そっとそれをはめる。


「健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓います──の予定だったが死んじまうなら文言変更しなくちゃならねェな。要約するとあれだ、死んでも愛してるから安心しろ」


 死にゆくコラソンに対し、それは幸か不幸か。ドフラミンゴにはわからない。ただドフラミンゴが思ったのは、この自己満足の茶番に付き合ってやる必要性はなかったな、という感想だけだ。多少なりともコラソンを傷つけるかと思って茶番劇を見守っていたが、時間の無駄だったと結論付けた。
 それでも茶番劇を最後まで見届けて、複雑な心境を浮かべるコラソンにドフラミンゴは再度銃を向けた。これでおしまい。すべて清算する。


「つーわけでドフィさん、おれごと一思いにやっちまってくれ」


 思いがけない言葉がナマエから出てこなければ、コラソンに鉛玉を撃ち込んで裏切りを清算するはずだった。
 ナマエはコラソンの横に腰を下ろし、いつでもいいとばかりにドフラミンゴからの鉛玉を待っている。予想もしてなかった展開に、この場にいる全員に衝撃が走った。意味が分からない。どうしてそんな考えに至ったのだ。


「……お前、頭おかしいんじゃねェか」

「ひでェな。こいつが悪い上に助けられねェんだから一緒に死ぬしかねーだろ」


 ドフラミンゴの言葉に返された、さも当然だと言わんばかりのナマエ顔が理解できない。その横で、死にかけているコラソンが泣いている。自分の恋人に、死を選ばせてしまった後悔で。助けることもできない自分の不甲斐なさで。──自分と共に死ぬという選択してくれた喜びで。
 悲痛な表情はそこにはもうなかった。一言では言い表すことのできない複雑な心境の中で、強く表れていたのは歓喜だ。

 ──許せない。

 ドフラミンゴの胸に浮かんだのは焼けるような怒りだった。裏切者が幸福を得る最期など、許せるわけもない。恋人に死を選ばせて、喜ぶなど許されるわけがない。兄弟を裏切るような男など、一人で孤独に死んでいけばよかったのだ。


「お望み通りにしてやるよ」


 もう叶わない死に様などどうでもいい。言いながら撃ち込んだのはナマエの方だった。コラソンの顔が歪んだことで、ドフラミンゴの心はすこしだけスッとした。
 ──こんな胸糞悪いことはさっさと忘れるに限る。
 倒れ込んだナマエの方に体を向けたコラソンにも一発入れたところで、海軍がやってきたとファミリーの誰かが叫んだ。その声を聞いて、今回のことはそれでおしまい。ドフラミンゴたちは島を逃げ出して、その島には死体が二つ転がっただけの話だ。

 ・
 ・
 ・


「……ナマエ、まだ、いきてるか」

「おう、まだいきてる、地味に即死するとこはずれてんな、これ……ドフィさんへたくそかよ……いてェ……」

「たぶん、はずしたんだとおもう、わるい、まきこんで」

「いいよ、裏切りたくなんかなかったろ、頑張ったな、一人で死なせねェから安心しろ……」

「ごめん……ごめんな……」

「いいって……おれも、ひとりで死にたくねェし……」


 最期の力を振り絞ってふたり寄り添って、小さな声でぼそぼそと話す。雪が降り積もっている冷たさよりも、血と共に流れ出ていく体温の方がずっと冷たく感じた。けれど触れ合った腕は、すこしだけ暖かいような気がした。ロシナンテ、と名前を呼ばれたような気がする。それがとっても嬉しくて、ゆっくりと目を閉じた。

 ・
 ・
 ・

 ──泣き声が聞こえる。

 ロシナンテは目を見開いた。目を見開いて、開けたことに驚いた。──生きてる。生きてる!?
 飛び上がるように跳ね起きると、清潔なベッドに寝かされていた。ベッドの傍にはローがぐすぐすと泣いていて、横のベッドにはナマエが寝かされている。ナマエの胸は上下していた。──生きてる。……生きてる……。

 ロシナンテが起きたことに気が付いたローに抱きついた。傷がいたんで、それ以上に生きてまた出会えたことが嬉しくて、涙が滲む。ナマエが起きるまで、子どもみたいに一緒に泣いた。

エンドロールのその先に

コラさんお相手で、幸せなお話@絢香さん
リクエストありがとうございました!



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -