今世紀最大の事件です。生まれて初めておれに彼女ができました。信じられんくらい美人。しかも医学部だからめちゃくちゃ頭がいい。とんでもねえ! 何故こんなおれにとんでもない彼女ができたのか、おれ自身にもわからない。いや、出会いとか告白がどうだったとかそういうことを覚えていないとか、そういうことじゃなくて、なんでおれの告白にOKを出してくれたのかわからない的な意味の『わからない』なんだけどね。 とはいえ、多分おれのことを好いてくれて要るのはわかる。理由はわからなくてもおれのことが好きで、おれも好きなのだから多分問題はないはずだ。もう一ヶ月にもなるしね、おそらく大丈夫でしょ。大丈夫だよね……? 今日は映画を観ようという話になって一人暮らしのおれのアパートに来ることになっている。 嘘じゃん吐きそう。おれは全く自慢にならないが女の子と付き合ったことはない。まごうことなき童貞である。女の子が家に来るとか初めてだよ! 緊張しかしねェ! 誰か助けて! しかもそれが、おれの好きな女の子だっていうんだよ。彼女だから当然おれの好きな子だね。当たり前だ。もしかして緊張で殺しに来てる? とりあえず彼女が部屋に来ると決まってから、部屋の掃除をめっちゃした。男の部屋って気づかないけど臭いらしいじゃん。元々ゴミが散らかしてある訳ではないので、上から下に向かって掃き掃除と拭き掃除をして、換気扇とエアコン、空気清浄機と加湿器に普段あまり触らない本棚の一角、お風呂場キッチントイレなど、大掃除でもここまでしないってくらい掃除に明け暮れた。大学とバイトに行ってない時間はほとんど掃除していたと言ってもいいくらい、掃除をした。 それからそんなに匂いがキツくないタイプの芳香剤を買ったり、リネン類の洗濯などを行い、いつ来ても大丈夫ってくらい部屋を綺麗にした。類を見ないくらいマジで部屋が綺麗。空気が綺麗。やばい。気合い入れすぎだろ。 とりあえず飲み物とお菓子は必須だろうと思って、映画の時につまめるものは用意済みだし、食材も買い込んである。何か食べたいと言われた時に対応できるように、女の子の好きそうなパスタ系や意外性も考慮して肉やご飯物も作れるようにしてある。 多分これで大丈夫だろう。大丈夫……大丈夫だよね? 嫌われる要素ないよね? 汚いところないよね? 下駄箱の中も脱臭炭入れてあるし、汚い靴は洗って干してしまってあるし……大丈夫……だよね? めちゃくちゃ心配しながらアパートで待つこと、10時間。15時に約束しているのに早く起きすぎた。待ち合わせをして迎えに行こうとしていたのに、断固として断られてしまったので、おれは大人しく家で待っていた。なんで迎えに行かせてもらえなかったんだろう……もしかして、家に近づいてほしくない? いやでも何度も家まで送ることはあったし、それはないよな? なんでだ? 今日はもしかしてうちに来る前に用事が……? そんな日に予定入れちゃってごめん……! 一人で百面相をしていたら、チャイムの音が鳴った。慌てて走るとどうせ転んだりして危ないので、「はーい! 今行きます!」と声をかけてから玄関に向かう。 「おはよう、ナマエくん」 「ローちゃん、いらっしゃい。道に迷わなかった? 大丈夫?」 「大丈夫よ。時間通りに来たでしょ?」 おあ〜〜〜〜……マジでかわいい。おれの天使……。黒髪ショートカットでお目目くりくりで帽子がよく似合っている。細身の黒いコートもよく似合っていて素敵。かわいい。心臓発作で死ぬかもしれない。 玄関でコートを預かると中の服装も素敵だった。ちょっとアニマル柄っぽいスキニータイプのジーンズと、体型がはっきりわかってしまうピチピチめのTシャツだ。上が! 特に! 危険! おっぱい大きいの知ってたけどこんな狭い空間でどうして!!! 胸を見ないようにアルカイックスマイルを保ちつつ、邪念が消えることを祈った。もうあとは神に祈るしかできない。コートをかけ、適当に座るように言ってから飲み物を取りに行く。コーヒーでいいかな。せっかくだからとコーヒーメーカーでホットコーヒーはすでに入れてあったので、あとは注ぐだけである。 部屋に戻ると、ローちゃんはおれのベッドに座っていた。おれの ベッドに 座っていた。オエッ。本当にやばい。死ぬかもしれない。カップをローテーブルに置くと、ローちゃんがにっこり笑ってお礼を言ってくれる。 「ありがとう」 「ううん、コーヒー、ミルクとか砂糖はいる?」 「ブラックで大丈夫」 コーヒーを彼氏が入れてくれただけでお礼を言ってくれる天使に対して邪な思いを抱いてはならない。平常心を取り戻したところで早速、ローちゃんが観たいと言っていた映画を観ることにした。適当に摘んで、とお菓子を並べることも忘れない。隣に座ったら心臓がどうなるかわからないので、床に腰を下ろして、映画鑑賞が始まった。 よくあるラブロマンスものかと思いきや、サスペンス要素があり、大胆な伏線回収に驚いた。ローちゃんが一緒に観ていればそれだけで大傑作になってしまうが、それを抜きにしても普段ラブロマンスを一切観ないおれでもすごく楽しめた。マジでローちゃんが観たがるだけのことはある。さすロー。 「いや〜、ローちゃんが観たがるのがよくわかった。面白かったね。あ、ローちゃんお腹空いてない? 何か作ろうか」 映画を見ていたらもう17時半だった。二人とも映画に集中してお菓子にはほとんど手をつけなかったので、ちょっと早いけど、夜ご飯を作り始めてもいいかもしれない。ていうかごめん、ローちゃんって何時までここにいるつもりなんだ? 早く帰れって意味に取られたくなくて、確認取ってないんだよね。おれは一人暮らしだから問題ないとしても、ローちゃんの終電考えると23時50分くらいにはここを出ないと間に合わないけど、そんな時間までいられたらおれの心臓がもつかわからない。ていうかその間うちの家で何をしろと? テレビくらいしかねェぞ! と、そんな内心で振り返ったら、ローちゃんからジト目で見られた。初めて見たジト目にすごくドキドキした。ローちゃん……ジト目でもすごくかわいい。好き。 「ナマエくん、ちょっと」 手招きされて、近寄った途端、肩を押されて呆気なくおれはベッドに転がる羽目になった。えっなに。どういうこと。テンパっている間にローちゃんが覆い被さるように近づいてくる。ひゃわ……睫毛マジで長い。 「家に来た彼女に手を出さないって言うのはどういうことなの?」 そしておれの顔の横にめり込む拳。ヒョエ。壁ドンならぬベッドドン。目が据わっててすんごい怖い。美人の怒っている顔は怖い。 びびって何も話せなくなったおれに、ローちゃんはだいぶ鬱憤が溜まっていたようで唇をひくつかせながら、おれを睨んでいた。 「家の中には二人きり。濡れ場のあるラブロマンス映画。私は体の線が出る服を薄着にして、ベッドの上に座っていたんだけど?」 「えーっと…………うちには、そのつもりで?」 「彼氏の家に行くのに、準備してこない女がいるわけないでしょ? ナマエくん、他に女いるの」 「はい? おれにはローちゃんしか彼女いないけど……?」 たしかにおれは何もしてこなかった。というか何もできなかっただけなんだが、おかしい、何故かとんでもない話になってきた。 「彼女以外ならいるってこと?」 「いませんが!? えっごめん、なんで疑われてるの?」 さすがにこんな勘違いをされたままでは困る。ローちゃんをまずおれの身体の上からどかして、自分の身体を起こして、きちんとした体勢で彼女と向き合う。 「おれはローちゃん以外に好きな人もいないし、好きな人以外とそういうことをしようと思うこともないです。ローちゃんは?」 「……私も、ナマエくん以外とどうこうなる気は、ない」 「よかった。不安にさせてごめんね」 もしこれで彼氏はあんただけどセフレならいっぱいいますとか言われたら泡を吹いて倒れるところだった。もしくは心臓発作で救急車ですね。本当によかった。 おれにとっては暴走としか思えないローちゃんの発言だったけど、ローちゃん的には一ヶ月間も手を出してこない男なんだから他に女がいるに違いないって感じだったんだろう。そういうことについて話し合うことなんてなかったから、おれの考えがわからなくて苦しめてしまったのかもしれない。……天使か? やっぱりローちゃんは天使? おれのことでそんなに悩んでくれてたなんて素敵すぎない? 「ローちゃん、これを機に少し話したいことがあるんだけどね」 「……何?」 「おれたち、まだ大学生でしょ。もし避妊失敗して、子供ができたらローちゃん、休学しなきゃいけなくなるよね」 ていうかお父さんには殺されると思いますけど、それは置いといて。ローちゃんはお父さんがお医者さんということもあるが自分が病弱だった過去もあり、病気で苦しんでいる人や怪我で苦しんでいる人を助けたいと思ってお医者さんになろうとしている立派な人だ。 そんなローちゃんはまだ大学3年生。医学部ってのは、6年制なんだよね。もし仮におれが避妊に失敗でもしたら、ローちゃんは休学することになるだろう。おれはいいよ、もうどこにでもある4年制の4年で就活も終わってるし、何より男だからお腹が膨らむこともない。就職時期に間に合わないのであれば親と内定先には申し訳ないが大学辞めて内定も辞退して、一緒に暮らせるように稼いだっていい。でも、ローちゃんはそうは行かない。妊娠っていうのはただでさえ女の子側に負担がかかることだし、夢があるなら尚更だ。 「えっ、ちょっと待ってナマエくん、在学中の私に手を出す気全くないってこと?!」 こっちが真剣な話をしているというのに、ローちゃんのテンションは右斜め上に抜けていった。ちょっとぉ! いい話してんだけど!? ないよ、とは言わず、こちらもジト目でローちゃんを見てみる。おれの話聞いてた? 妊娠したら休学しなきゃでしょ。避妊に100%がないなんて今どき子供でも知ってる事実だぞ。 「え? 本気?」 「本気だよ」 「その顔で?」 「顔がチャラいのは生まれつき!!」 昔から女慣れしてそうな顔とかヘラヘラした優男顔とか、色々言われてはいたけど、真面目な顔で彼女に言われると悲しくなっちゃうんだよなぁ!? 項垂れていると、ローちゃんが「ごめんね、言いすぎた」と謝ってくれた。「大丈夫だよ」と返したけど、傷ついていないわけではない。いや別にいいんだけどね。言われ慣れてるし……。好きな女の子から言われるのはショックだったっていうだけで。 「ナマエくんが私のことを大切に思ってくれているのはわかったわ。でもキスもしないのはどうかと思う」 「……それは、まあ、わかる」 童貞以前におれはキスももちろんしたことがないので、だいぶ日和っている。そらそうでしょ。いい雰囲気とかキスしていいかどうかとかわかんねえのよ! もちろんこの一ヶ月一度もキスはしてない。手は繋いだ。一般的には中学生みたいなお付き合いだと思うけど、おれにはこれが限界なんだよなぁ! 言い淀んだおれに、ローちゃんは「ん」と唇を突き出してくる。……いや、わかる、意味はわかる! キスしてってことだよね。女の子にキスを乞わせる男ってどうよ! しかも童貞! おれはあまりにも雑魚! 艶々で柔らかそうな唇に目が行く。目の前にあってキスしていいってアピールされたら誰だって見ちゃうよな……ってダメなんだよ! 「ま、待って。今は良くない。だめだよ」 「なんでよ」 「キスなんてしたらそのあと自分がローちゃんに何するかわからないからだよ……」 外ならまだしも、家の中で二人きりだぞ。自殺行為か? しかもおれ、避妊具の類は持ってない。する気が全くなかったからな! 買うことにも躊躇いがあるよ! 本当に我ながら中学生かよ。もう少し子供の時に誰かと付き合っていればまた話も違ったはずだが、そういうことにはならなかったのだから仕方ない。 おれが困ってため息をついているというのに、目の前のローちゃんはにやぁ〜〜っという感じで笑っている。ん〜〜〜! 小悪魔っ! えっち! ドキドキしちゃう! 「ナマエくんは、私にキスしたら理性が飛んじゃうかもしれないんだ?」 「ちょ、ローちゃん、にじり寄って来ないで……」 ローちゃんがおれに近寄ってきて、おれはローちゃんから逃げるように身を引いて。それの繰り返しで、最後はどちらが勝ったのかはおれたちだけの秘密である。 貞操のキケン! トラファルガー(サラダ)で現パロ。主人公の家で初お家デート(はあと)なお話@匿名さん リクエストありがとうございました! |