レストランで働くことをサンジが嫌がったので、だったら倉庫管理系の対人業務のなさそうなものに、と思って面接を受けた会社で見事採用された。重い荷物を運ぶ仕事ばっかなので、多いのは肉体労働を今までやっていましたという感じのおっさんか、おれみたいな時間と体力が有り余っていそうなやつばっかりである。
 その中には同じ大学に通うキッドというやつもいて友達になったり、バイト終わりに飲みに行ったりすることもある。男だけの職場は正直めちゃくちゃやりやすい。見た目の規定もそんなにないしね。キッドとか金属ギラギラのアクセとかつけてるし、普通の店だったら絶対面接落ちるだろ。


「おー、ナマエじゃないか」

「あれ、ボルサリーノさん。こんにちは。なんでまた倉庫の方に?」


 水産系卸の会社で、ここは保管庫と加工場があって、加工場では冷凍の魚の解体なんかもやっている。解体の方はパートのおばちゃんがたくさんいて、おれの担当区域ではない。おれの担当は保管庫というか倉庫というか……冷凍庫といってもいいかもしれない。このボルサリーノさんは本社の広報系の人だと聞いたことがある。あんまり用は無いはずだけど、どうしたんだろう。


「大キッチンに用があってねェ」

「そうなんですね」


 大キッチンというのは魚の解体をしている加工場のことだ。ちなみに小キッチンは本社にある系列店の試作品発表時に使うためのものらしい。おれの仕事には関係ないけど、世間話とかをしているとそういった話を聞くこともあった。ボルサリーノさんはにこにこと優しい笑みを浮かべて事務所の方を指差した。


「出張ついでにお菓子も買ってきたから、よかったら食べてねェ」

「えっ本当ですか! 楽しみです! そういえばこの前のロールケーキ、半端なく美味かったです。ありがとうございました!」


 ボルサリーノさんは本社以外のところにもこうして気を配ってくれて、どこかに行ったんだよと言ってはお土産を買ってきてくれるすごくいい人だ。そんなに気を遣ったら大変だろうなと思わなくはないんだが、ボルサリーノさんの選ぶお菓子にハズレはない。マジで全部うまい。前回のロールケーキの最後の一個はみんなでじゃんけんをして争ったくらいだ。ちなみに勝者はキッド。ちょっとだけ分けてくれたので、今度勝った際にはおれもキッドに分けてやろうと思う。
 ロールケーキはクリームが栗の味でくどくなく、かといって飽きるような平坦な味でもない。マジでうまい。甘いものをそこまで食べるわけでもないおれがいうんだから間違いない。あの栗ロールケーキは覇権を取れる。


「口にあったならよかったよォ」

「本当、いつもありがとうございます。今度どこか行ったらおれもボルサリーノさんにお土産買ってきますね! 確かあんこ好きでしたよね?」


 ボルサリーノさんは少し驚いて、「気にしなくていいんだよォ」と首を横に振った。でもいつももらっているから感謝の気持ちで返したいと伝えれば、嬉しいと思ってくれたようでふにゃりと笑ってくれた。おれよりだいぶ年上のおじさんにこんなこと言うのはアレだけど、ボルサリーノさんって反応が可愛いよね。笑顔の作り方に純粋さというか……幼児感がある。
 そうこうしているうちにボルサリーノさんは本社に戻ると言って去って行った。よくよく考えればおれも仕事中だった。無論、おれもバイト中である。本社の人に話しかけられていたから怒られなかっただけで、足を止めて手を止めて話していたのがキッドだったら怒られていただろう。

 荷運びや在庫チェック、冷凍庫温度確認等々、仕事をこなしていたら、また本社の人が来た。一日に何人もと会うのは珍しい。クザンさん、確か情報部の人……だったような、気がする。情報部って何するのかって聞いたら、システム関連の仕事をするところだって言ってた。別におれはシステムに詳しいわけじゃないが、世話になっている。


「クザンさん、お久しぶりです」

「ん? ああ、ナマエか。元気してた?」

「はい。クザンさんは……いつも通り眠そうですね!」

「これはそういう顔なだけ」


 冗談を言える程度にはそれなりに接点もある。保管庫にも色々パソコンというか、ネットワークというか、そういうものは使われていて、何か問題があればすぐに連絡して情報部の人に助けてもらうのだ。おれは基本荷運びがメインだけど、社員さんがいないタイミングでシステムエラーが出た時にそういう連絡を本部に入れなさいと言われていたので速攻電話をかけた時に助けてくれたのがこのクザンさんだったということだ。
 いつも眠そうなのは、クザンさんは割と夜勤が多いからであって、実際は顔つきのせいではない。この人めちゃくちゃ大変な仕事をしてくれているのだ。管理の仕事がある以上、システム関連は二十四時間誰かがいないと危険ということになる。もしこの倉庫の冷凍庫が止まろうものなら、どれだけの損失が出るかわからない。とっても重要なお仕事である。


「今日も夜勤ですか?」

「まあね」


 今はちなみに八時前……二十時ちょっと前である。今から仕事ってことだ。体力があってもキッツイだろうにいつもお疲れ様です。おれはもう上がりの時間だが、夜勤担当の人には本当感謝しかない。


「大変ですね。あ、そうだ。ちょっと待っててください」


 事務所に一旦戻って、ロッカーを漁る。夜勤用に入れてある眠気を飛ばす栄養ドリンクを取り出して、クザンさんのところへ戻る。
 クザンさんはおれを待ってくれていたようで、手持ち無沙汰になっていた。仕事中に申し訳ないことをした。手の中に持っていたものを見つけると、クザンさんは喜んでいるようなそうでもないような微妙な顔をしていた。


「わーありがとー」

「思ってないですね」

「正直夜勤するってだけで嫌だよね。気遣いは嬉しいけど、ものはあんまりね……もうおれあんまりこれ効かないから……」


 どこか哀愁が漂っている。年齢からくる疲れだろうか。とりあえず心の中で頑張れ!と応援しながら、本部に戻るクザンさんを見送った。おれは片付けを終えて、事務所に戻ってタイムカードを切って上がった。
 スマホを見ると、連絡が来ていた。今日このあと夜釣りに行く相手からの連絡だった。海まではそう遠くない。おれは特に大きな荷物を持つことなく、バイクにまたがって待ち合わせ場所まで向かった。途中のコンビニで、適当につまめるものと生卵、ベーコン、温かい飲み物、それからいつもの煙草を買う。適当なところで降りて、ゴロゴロと押しながら波止場の近くまで寄っていく。


「あ、サカズキさん」

「おう、始めちょるぞ」


 邪魔にならないところに止めて、荷物を持ってサカズキさんのところに向かう。簡易椅子や釣り竿、クーラーボックスなんかの大きいものは全てサカズキさんが持ってきてくれていた。


「なんか釣れました?」

「まだ何も釣れとらん」

「よかったー。釣れた時がやっぱ一番楽しいからどうせなら見たかったんですよね」


 すでに広げてくれていた椅子におれも腰を下ろして見ると、餌までつけてくれている。至れり尽くせりで申し訳なくなりながらも、先に釣り竿を振って糸を海に垂らした。そのままロッドホルダーに釣り竿を置いて、買ってきたものの中で飲み物をサカズキさんに渡した。
 おれはお願いしていたキャンプ用のシングルバーナーの上にスキレットをセットし、さっき買った卵とベーコンを放り込む。いやこれだけでもう最高では? 出来上がったサカズキさんの分をフォークと共に渡すと、早速食べてくれた。


「別に特別なものじゃのうが、外で食うと何故か旨い」

「わかります。何ですかね、この現象は。酒も飲めればもっといいんですけどね」

「無理じゃな」


 残念ながら二人とも仕事上がりで運転してきたので、酒は厳禁だ。二人ともそれなりに酒を飲むので、悲しいといえば悲しいが、とはいえ酒がなくても楽しいものである。
 二人で話をしながら釣れない時間を潰す。おれは今日会った本部の二人の話とか、最近の大学のこととかそういう話をする。実はサカズキさんもうちの会社の人だ。とはいえ、サカズキさんはお偉いさんだ。卸の花形とも言える、バイヤーから要職まで上り詰めた人だ。ここの波止場でキッドとキラーとボニーの四人で釣りをしている時に知り合い、何どか会ううちに仲良くなって、そのうち二人でも釣りに行き始め、バイトとか職業の話になった時に勤め先が一緒では?という話になったのである。今日はいないが、キッドと三人で釣りに行くこともあるし、四人の中にサカズキさんが混ざって釣りをすることもあれば、何なら五人で飲みに行ったこともある。周りから見たら変な集団だとは思うが、なんだかんだ結構仲がいい。
 同じ職場と言ってしまうと職場の意味が広義すぎるが、会社で一番仲がいいのはキッドを除けばサカズキさんかもしれない。プライベートで会ってて連絡先も知ってるもんな、歳の離れた釣り友達だ。


「あいつら、また行ったんか」

「ボルサリーノさんは大キッチンに用があるって聞きましたよ。クザンさんは夜勤だそうです」

「あいつが今仕事しちょる思うと酒が飲みたくなる」

「何気ひどいこと言ってません?」


 他愛もない話をしたり、魚の話をしたりしている間に煙草が吸いたくなって、ポケットから煙草を出すと、サカズキさんがこちらをじっとみていた。箱から一本出した状態でサカズキさんの方へ向けると、その一本を抜いて口に咥えた。ライターを火をつけた状態で寄せる。煙草に火がついたのを確認して、おれも自分の煙草に火をつける。煙を吸い込んで、出す。綺麗な空気が汚れてしまったが、まあこれがうまい。


「……うまい」

「空気うまい中で吸う煙草最高ですよね」

「だから困るんじゃ」


 普段は吸わないようにしているらしいが、人が吸っているのを見ると吸いたくなってしまうようで、おれと一緒に釣りをしている時はつい吸ってしまうらしい。おれもね、キッドがいるときは煙草吸わないように気をつけてるから、実質こうして夜釣りする時に吸えるのはサカズキさんと二人きりの時だけだ。非喫煙者の肺を守る気はあるのよ、おれも。ただおれの肺は気にするつもりがないってだけで……。
 煙草を吸いながら星空を見上げていたら、今日は満月だった。ソーハッピー、ソービューティホー。


「サカズキさーん」

「なんじゃ」

「月が綺麗ですよ」


 おれの一言で、サカズキさんがむせたのがわかった。驚いてサカズキさんを見ると、結構強めにむせていた。変なところに唾でも入ったんだろうか。


「だ、大丈夫ですか?」

「……大丈夫じゃ」


 大丈夫だと言ってくる割におれのことをなんだか残念な子を見るような目で見てくるのはなんで? え? なんかした?
 聞いてみたものの、サカズキさんは教えてくれることはなかった。その後は特に何もなく、釣りもボウズ、明日は二人とも休みだったため適当なところで切り上げ、サカズキさんの家で飲み始めた。ライブ前のバンド練習で来られなかったキッドとキラーに連絡を入れてみたら参加してくれることになり、サカズキさん家でおれたちはベロベロに酔っ払ったのだった……。

年上の人々

バイトさんの1日ifで、もしも主人公が最初から赤犬、黄猿、青雉のところで働いていたら、でお願いします!三大将に可愛がられてる主人公が見たいです@匿名さん
リクエストありがとうございました!



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