「ただい、あ゛ーーーーッ!!」


 帰ってきた瞬間、ナマエがこちらを見て、とんでもなくうるさい声を上げた。近づいてきて、キッドの食べているプリンを見つめている。


「お、おま、信じらんねェ!」

「お前が食わねェから食っといたぞ」


 プリンの入れ物を見ながら固まっている間に、残りを口の中に放り込むと、ナマエが声にならない悲鳴を上げた。声が出てないのにも関わらず、大変うるさい顔をしていた。叫ばないのに器用な真似を、とプリンを飲み込んで空になった入れ物をテーブルの上に置く。
 かつん、と音がして、その音でナマエに再起動がかかったようで、ようやく動き出した。


「キッド、なんで食べたんだよ!」

「お前が食わねェから」

「おれは! 取っておいたの! 大体、お前の方が取り分多かったろ!?」


 このプリンは限定品で、ナマエが並んで買ってきたものだった。少し早起きをして、早めに並んで、そうやって手に入れたものだ。とはいえ、店自体は近所であるため、その努力さえできればいつでも食べられるものではある。
 ナマエは五個入りのプリンを買ってきた。そしてナマエが二個、キッドが三個というふうに決めて、冷蔵庫に入れてあった。キッドは早々に食べきり、ナマエは大事に取っていた。たまたま冷蔵庫を開けたらまだ残っており、賞味期限が今日までだったので、まあ別にそこまで怒ることもないだろうと思ったキッドがいただいた、というのが今回の流れである。

 たしかに最初の取り決めと違うと言えば違う。ナマエの許可を得ず、勝手に食べたのはキッドの方だ。誰に聞いてもキッドが悪いと言われるだろう。
 だが少し待ってほしい。これがもし何か月待ちの予約の品だと言われれば、キッドの非が大きいだろう。でもこれはそんな大層なものではない。ちょっと早起きさえすれば手に入れられるレベルの、労力だって大してかからないものなのだ。
 だというのに、彼女がちょっと食べてしまったくらいで、ここまで言うのはどうなのだろう? ちょっとケチ臭くはないだろうか?


「おれはもうプリンの口なんだよ! どうしてくれんだよ!」

「ケチくせェ……」


 キッドが頭の中だけに秘めていた暴言をそのまま口から吐き捨てると、ナマエは先ほどまでの怒りを押し込めた笑顔で近づいてきた。誰がどう見てもめちゃくちゃ怒っている。


「おいキッドお前、まずごめんなさいだろ。食べてごめんなさいと言え」

「器ちっさ……」

「キッド? いい加減にしろ?」

「……悪かったっつーの。魔が差しただけだよ」


 女相手に手を出すことはないだろうが、今にも殴りかかってきそうなほど怒っているナマエに、これ以上煽るような真似をすると関係にひびが入りかねないと思ってキッドは謝った。
 脳内では自己弁護をし、口では煽るような真似をしたキッドではあるが、本当は悪いと思っている。ここまで怒るとは思わなかったから、つい食べてしまっただけなのだ。初めからそう言えば、こんなふうにナマエが怒ることはなかっただろうが、それはそれ、これはこれ。キッドは天邪鬼な性質があって、素直に謝るということが苦手で、どうしてもこういうふうに状況を悪化させてしまいがちだ。
 当然彼氏であり、半ば同棲状態のナマエだってキッドの性格はわかっているし、それを納得の上で付き合っているので、ナマエの怒りは先ほどまでの激しさが嘘のように落ち着いた。


「謝罪を受け入れますが、条件があります」

「あん? プリンか?」

「今日食べたかったプリンはもう帰ってこないので、別のものを要求します」

「せっこ……」

「何とでも言うがいい」


 いつもの調子に戻ったナマエはキッドの前に腰を下ろすと、目線を合わせた。そして少し真剣な顔をする。キッドはこういうナマエの顔に弱い。黙っているナマエは頭がよさそうな顔をして、フレームのない眼鏡越しの目は理知的だ。こういう、クールそうなナマエの顔はものすごく好みだった。
 キッドがナマエの顔に気を取られていると、人差し指を唇に押し付けられた。なんだ、キスでもしたいのか、安上がりな男だな、と思ったところで、その指がナマエの唇に移動した。それがどういう意味だか分からなくて、キッドは首をかしげる。


「キッドからキスして」

「はあ?!」

「いやァ〜、プリンの代償が高くつきましたねェ、キッドさん!」


 先ほどまでの真剣な顔はどこへやら。にやけ顔のナマエは、「ほら、キスしてよ」と躊躇うキッドにキスを要求してくる。
 キッドは派手な見た目で勘違いされがちだが、好き好きと押してくるナマエには余裕で対応できるが、自分から恋人のアレコレをするのは大変苦手で、やらしいことの経験はそれなりにあっても、言ってしまえば奥手だった。

 それをわかっていて、普段自分からは決してキスなどしてこないキッドに、キスを要求してくる。別に大したことではないとキッドだってわかっている。
 キスなんていつもしている──ナマエから。キス以上のことだって、たくさんしたことがある──もちろんナマエが望むから、あるいはナマエがキッドの気分を汲み取って声をかけてくれるから。

 わかっていても──わかっているから、キッドは震えたまま踏み出せず、動けなくなってしまう。ナマエはそんなキッドを見て、楽しそうにニヤニヤと笑っているばかりだった。

乙女の裏地

ネタの女体化キッドとミリオタ彼氏のケンカ→仲直り@匿名さん
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