ロシナンテが明確に、誰かに好意を持っている。

 愁いを帯びた表情で、どこかを見つめぼうっとして、そしてボヤなどのドジが増えている。はあ、とついたため息は、なぜか少し楽しそうで、思い出して一人で照れていたり、デレデレとした顔を見せることもある。──誰がどう見ても恋煩いである。

 そんなロシナンテを見て、ドフラミンゴは憤った。

 おれの可愛い、大切な弟に手を出す可能性のある不届き物がいる。手を出すようならぶち殺してやる。とりあえずは誰かを探って、どんな相手かを確認して、おれのお眼鏡に適わないようなゴミ野郎であれば、即刻ぶち殺してやる。

 おおまかに言えばそんなようなことを思って、ロシナンテの想い人殺害計画は立ち上げられた。立案・実行・後処理、ドンキホーテ・ドフラミンゴただひとりである。危険な思考をしていそうだと気付いたほかの幹部は、いい加減弟離れをしろと言って、邪魔はしないまでも手伝ってくれることはないようだった。

 どこの馬の骨とも分からない女に誰がくれてやるものか、と探し始めて、該当しそうな人間は見つかった。別に隠れるような真似をしていたわけでもなかったため、ロシナンテの後をつけるだけでそれらしき人間は確認できた。だがドフラミンゴは断定できなかった。それが女ではなく、男だったからだ。
 本当に? 男を? と思って結論を出すのが長引いてしまった。けれど、ロシナンテにそんな顔をさせるような人間は、他には誰もいなかった。ならばこの男──ナマエだと結論付けて、ドフラミンゴは調査を開始した。

 顔はいい。一目見ただけで端正な顔立ちだった。顔で選んだんじゃねェだろうな、と思ってしまったくらいなので、悔しいがこれに関しては合格点に達していると認めてもいいだろう。
 スタイルは、どうなのだろうか。男としては優れていると言えるが、筋肉質で体を資本にしているような男に対し、欲情するかと言われればドフラミンゴは欲情しない。
 性格もよさそうだ。悪いことは考えられなさそうな実直さと素直さと、真面目に仕事をするあたりは、まあ、ロシナンテには悪くないかもしれない。ただファミリーの一員にはなれないであろう男だ。
 仕事は寄港した船の荷卸。真っ当ではあるが、ロシナンテを任せるにはいささか威厳だの位だの権力だのと言うものが弱い。ロシナンテには見合わない、却下。だが仕事なんてものは本人の資質と関係なく、周りの環境により底上げすることができる。となると関係性の否定においての攻撃対象としてもイマイチ弱い。

 ロシナンテにふさわしいかと言われれば、イエスともノーとも言いにくい、何とも言えない男。それがドフラミンゴの下した判断だった。

 ならばとドフラミンゴはナマエに近づいた。ロシナンテのいない隙を見計らって、たまたま出会ったように演出した。ロシナンテと交流のあったナマエは、ドフラミンゴを一目見て、ロシナンテさんのお兄さんですか?と問いかけた。
 ナマエは仕事中でなければよく話した。整った見た目に反して、存外おしゃべりな男のようだったが、ドフラミンゴがロシナンテにバレないようにしてくれと初めに伝えたことで、ロシナンテから何かを言われるようなこともなかった。どうやらナマエとドフラミンゴが接触したことに、ロシナンテは気が付いていないようだった。

 ナマエはおしゃべりだが、口約束もきちんと守ることが証明された。組織に属したロシナンテにはしゃべるための声がないとはいえ、もしうっかり話してしまっても、黙っていろとさえ言えば問題ないだろう。


「よおナマエ、元気か」

「ドフラミンゴさん、こんにちは! 元気ですよ、まあ、元気くらいしか取り柄はありませんが!」

「フッフッフ、お前のいいところは他にもたくさんあるが、健康なのは得難い資質だぞ」

「アハハ、ありがとうございます」


 ナマエはロシナンテにも向けたような笑顔を、ドフラミンゴにも向けている。これは二人ともを特別に思っているわけではなく、ある一定のラインを超えた相手にやさしいだけの話だ。そしてそのラインを超えるのはたやすく、誰でも受け入れる男なのである。


「今度メシでもどうだ」

「いいですね、おれ安い店しか知りませんけど、いいところ知ってますよ!」


 他愛もない話。仲良くなる意味なんて、ドフラミンゴにはない。けれど、一度始めた関係をずるずると引きずっている。

 誰にでも同じ笑顔を向け、誰にでも優しく、誰にでも親切で、裏表もなく、きっと策謀など夢のまた夢。
 ドフラミンゴは今見える全てではなく、過去に遡ってナマエを調べた。家庭環境まで普通、北の海ではかえって異質と言えるほど普通に愛されて普通に育った、理想的な一般人。掃いて捨ててもいいほどの、どこにでもいるはずの一般人。面白みのない、いっそ忌み嫌うべき一般人。それがナマエだった。

 軽率にナマエに近寄ったことを、ドフラミンゴは彼の隣で笑いながらも強く後悔している。近づかなければよかった。ロシナンテの想い人を見定めるためなどと、馬鹿なことを考えるのではなかった。

 太陽の光を、星の輝きを、あの男に見ている。普通に愛され、普通に幸福に生きてきた男が、その幸福を周りにも惜しまない。その安堵と心地よさを、自分にない美しい輝きを、まばゆく思ってしまう。
 ドフラミンゴがそうして焦がれたように、ロシナンテもまた、自分にない美しい輝きをまぶしく思ってしまったのだろう。ロシナンテはその美しさを手に入れようとはしていないかもしれない。思い出して幸福を得るだけの、エコロジカルな幸せなのかもしれない。

 けれどドフラミンゴは違う。好意的に思ったものは欲しくなる。欲しいと自覚すると、己の心が止められなくなる。ロシナンテが欲しがっている輝きで、焦がれる光だとわかっている。わかっている。先に見つけたのはロシナンテだ。それにドフラミンゴが乗っかってきただけ。大切な弟の想い人。大切な弟の大切にしたいもの。わかっている。でも。どうしても。どうしたって。──あのきらめきを、ドフラミンゴは手に入れたくて仕方がないのだ。

遠き明滅

ロシナンテとドフラミンゴと三角関係@匿名さん
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