「ねえねえマルコ〜、ボタンやって〜」


 書類の整理をしているマルコは後ろから声を掛けられ、ゆっくりと振り返った。声の主のナマエの格好はと言えば、なんともだらしないものだ。
 海賊であるため、こんなものといえばこんなものだが、スラックスが綺麗にアイロンがけしてあるものであるだけに、ボタンの一つも留めずシャツは羽織るのみになっており、そのせいでだらしのなさが際立って見える。掛け違えてすらいないところを見るに始めから留める気がなかったのだろう。


「ほら、来いよい」

「ありがと〜」


 ピシッと服を整えてやって、ベストも着せてやり、磨かれた革靴まで履かせてやる。それからナマエを座らせて、髪まで整えてやる。寝ぐせがしっかりついていたナマエの髪も、少し櫛を通すだけで綺麗に整った。自分でやっても綺麗にできるだろう癖のない髪質だったのだが、ナマエは自分でやることはしなかった。


「できたぞ」

「わ〜い、ありがと。じゃあお仕事してきま〜す」


 緩いしゃべり方とは反対に、スマートなできる男と言った風体になったナマエは、マルコのまぶたにキスを落として、それから部屋を出て行った。
 あんなやる気のない男でもコミュニケーション能力が高いため、外とのやり取りを任されている。船の中にいるときはふにゃふにゃだが、外に出ている間だけなら如何にも仕事のできるスマートな男として取り繕える。ナマエはそういう男だった。

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 仕事から戻ってきたナマエはマルコの部屋を訪れたが、マルコの姿はそこにはなかった。何か戦闘が起きているわけでもなく、巡回のタイミングはまた違う。もしかすると白髭のところへ何か報告に行っている可能性もあったが、ナマエは時間を考えて食堂へと向かった。
 ナマエの考えは正しかったようでマルコはテーブル席に座り、食事を始めていた。一直線にマルコの元へ向かおうとするナマエを「おい」と引き留める声がした。振り返るとキッチンの中からサッチが手招きをしていた。


「サッチ〜、おっつかれ〜」

「お前、マジで見た目と言動が噛み合ってねェな」

「いつもどおりだよ〜」


 外の顔も内の顔も知る家族には、何度だって言われてきた言葉だ。船の中で話しているときは馬鹿っぽいからやめろとも言われる。だが通話などでナマエが外の顔をしたまま話し始めるようなことがあれば、みんな変な顔をして気持ち悪いだのと勝手なことを言ってくるのだ。どちらにせよ何か言われるのであれば、自分のしたいようにすればいいだけのことである。


「で? なんか用〜?」

「ああこれ、ほら。持ってけ」


 食堂に入ったのにもかかわらず、ナマエがマルコの元に向かおうとしたので、食事を持っていけという意味で引き留めたようだ。ちらりとプレートに視線を落とすと、ナマエの好きなものと言うよりは栄養バランスが考えられた食事のようだった。ナマエが文句を言うよりも早く、サッチが口をはさむ。


「マルコがこれを出せって言ってきたぞ」

「……はぁ〜い」


 マルコに指示されているのならば仕方がないとトレーを受け取ると、サッチに露骨なため息をつかれた。どうしようもねェやつだな、と言わんばかりの、深い深いため息だ。


「お前な、ちったぁ自分のことは自分でやれ?」

「ん? ん〜……」

「なんでもかんでもマルコにやってもらってたらダメだからな」


 そのつもりがないのに是と答えるのはナマエの感覚ではありえなかった。なので、サッチからの言葉を無視をして、適当に笑って「ごはんありがと〜」とマルコの方に歩き出した。
 ナマエは今の生活を正すつもりは一切ない。マルコに手間をかけさせるなだとか、お前はだらしがないだとか、そんな周りの言葉はまったく興味も価値もないのだ。そんなことはどうだっていい。

 ナマエはマルコが好きだ。恋人という関係性もある。そしてナマエはよく知っている──マルコが頼られることが好きな男だということを。

 海賊になるまでナマエは普通に生活をしていた。今のような仕事を、一般的な会社で行っていた。一張羅のスーツはしわ一つなく、シャツにもアイロンをかけ、革靴を磨き、整髪料で髪を整え、食事も自分で作り、誰に言われるまでもなく、面白みのない生活を送ることくらいはできる。マルコの手を煩わすこともなく、自分でやるよりも時間をかける必要もなく、もっと効率的に生きて楽をすることもできる。

 だがそんなことを海賊になってまで、マルコという可愛い恋人ができてまで、やることだろうか。

 ナマエはマルコを愛している。彼にかまってもらうためなら、周りから何を言われようと、馬鹿のような語尾を伸ばす話し方やだらしのない相手にやってもらうのを待つばかりの生活など何の苦にもならない。サッチのことはある程度好意的に思っていても、マルコや白髭からの評価以外は、本当にどうでもいい。


「マルコ〜、ただいま〜」

「おかえり。大丈夫だったかよい?」

「もっちろん。仕事はできるんだから〜」


 前に座ると席が遠くなってしまうため、ナマエはマルコの横に座った。マルコは自然に、いつもどおりにナマエに食べさせ始めた。周りがまたやってるよ、という目線を向けてくる。ナマエはマルコに食べさせてもらうのを待ちながら、にこにことただ笑っていた。

花になるための呪文

マルコでお願いいたします。暗い話でも明るい話でも裏でも構いません@匿名さん
リクエストありがとうございました!



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