ピンクの男は、ナマエの予想していた通りドンキホーテ・ドフラミンゴであると名乗った。勿論、知っていた。
 というよりも、そうでなければ困る事態であったと言えよう。ドンキホーテ・ドフラミンゴだと思ったからこそ夢だと判断し、切りかかったのだ。怪我をさせてはいないとはいえ、現実にいるような人間だったら困るのはナマエの方だ。


「で、おれのことは知ってるか?」

「……たしか七武海だろ?」


 ナマエは高校のときに友人から単行本を借りて流し読みしていただけであるため、それ以上の情報はなかった。クロコダイル、くま、ジンベエ、モリア、ミホーク、ハンコック。思い付いた順に数えてみたらちょうど七人になったため、七武海はそれであっているのだろう。

 ドフラミンゴは何が楽しいのかニマニマと笑って「そうだ」と頷いた。反対にナマエはただ黙り込んだ。自己紹介をしたからと言って、初対面という関係性が変わるわけではないし、特にしたいことも思いつかなかった。

 原作の漫画は面白いと思う。だが読み込んでもいないナマエにとってドフラミンゴは思い入れのあるキャラクターではなかった。もしこの場に主人公たちがいれば、間違いなくドフラミンゴではなく彼らの仲間になったことだろう。


「ナマエ、おれと来い」


 ドフラミンゴに声を掛けられて、ナマエは首を傾げた。意味を理解しかねたからだ。一体どこへ? 何をしに?
 元より聡くはないナマエには肝心なことなど何も伝わらなかったが、ナマエは些末なことだと気にもしなかった。──だって、夢の中だし。気にする必要もなかった。
 ある意味、ナマエは冷静ではなかったのだ。何せ現実だとは少しだって思っていなかった。ゲームの中でキャラクターを操作するような、そんな気安さでナマエは口角を持ち上げる。


「ドフラミンゴ、あんたに着いて行ったら楽しいか?」


 夢の中なのだ。楽しまなければ損である。現実ではできぬようなチャンバラをして、現実ではあり得ぬキャラクターと会話をする。
 ナマエはドフラミンゴがヤバい商売をしている、ヤバいやつであると認識している。主人公のように心躍るような冒険譚は起こり得ないだろうこともわかっている。

 それでも、現実では罪になる悪役を夢の中で体験できるとしたら?

 きっと楽しいに違いない。人身売買も、ヤバい薬も、そもそも海賊だって現実なら絶対に手を染めない犯罪行為だ。やりたいとも思わない。絶対に関わりたくなんてない。だけど、夢なら。夢の中なら。──ドフラミンゴのようにわかりやすい悪役と関わってみてもいいのではないだろうか。


「フッフッフ!! 当然だ、お前の喜ぶ戦いを用意してやる!」

「ははは、そりゃあいいな!」


 ゲームのような、エキサイティングでドラマティックな戦場が待っているはずだと、ナマエは釣られて笑い声を上げた。
 現代なら起こり得ない個人の技能のみによる、歩兵戦。銃器は古そうだからFPSゲームのようにはいかないだろうが、何分悪魔の実という不確定でなファンタジーなものがそこら中に転がっているのだ。

 面白そうだ。とても。


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 おれと来い。策を弄することはドフラミンゴの得意とするところではあったが、ナマエの性格を掴み切れていない今、とりあえずストレートな誘いをしてみることにした。存外素直に頷く可能性もあると踏んだのだ。ドフラミンゴの誘いにナマエは首を傾げ、それから笑った。


「ドフラミンゴ、あんたに着いて行ったら楽しいか?」


 その笑みは実に挑発的だった。お前はおれを満足させられるのか。そういう笑みだと受け取った。ただ馬鹿にしやがって、といったような言葉や考えは浮かばなかった。

 何故なら、ナマエがこの戦場に飽いていることなどわかりきった事実だったからだ。

 引きちぎられたような死体は、ただ腕を振るったという単純な行為の結果に過ぎない。そこにはなんの楽しみも存在していなかったことだろう。
 実際、それは仕方のない話だ。地面に転がっている死体のほとんどが正規兵ではないらしい、という情報をドフラミンゴは事前に仕入れていた。ここはナマエの投入など必要ないであろう、あまりにも攻略が容易な戦場だった。しかも、最近似たような戦争が何度か続いていると耳にしていた。

 要するにナマエは戦場に飽き飽きしているのだろう。

 能力者もおらず、覇気使いもおらず、ただ黙々と民間人を引きちぎるだけの仕事。そんな仕事なら、ナマエでなくてもできる。勿論、飼い主の意図もわかる。ナマエ程の強さならば時間もかからず、上等な武器も必要ない。ナマエの投入はコストパフォーマンスのよさゆえにだ。

 ナマエからしてみれば実力の発揮できない戦場は面白みのないものだったに違いない。ドフラミンゴがナマエの元飼い主を殺してつまらなかったと感じたように。

 だからこそ先ほどの笑みは挑発であり、切望でもあるのだ。もっと楽しい戦場はないのか。血が滾るような戦場はないのか。それは渇きで、飢えだった。ドフラミンゴにも覚えがある。もっとも、大分形の違ったものではあるが。


「フッフッフ!! 当然だ、お前の喜ぶ戦いを用意してやる!」


 大きく腕を広げ、笑い声を上げる。戦場に投入するには持って来いの人材であるし、闘技場であってもそれなりの人気を取るだろう。圧倒的過ぎて場を白けさせない程度の力加減を教えれば、の話ではあるが。
 なんにせよ、ドフラミンゴの周りには凶悪な事件や戦場が渦巻いている。武器の代わりに派遣してやってもいい。守りよりも攻めの方が向いた性格のようだし、要らなそうな海賊をピックアップして狩りをさせるのもいい。


「ははは、そりゃあいいな!」


 そんなドフラミンゴの内心を読んだかのように、ナマエが笑い声を上げた。どうやらドフラミンゴの誘いは正解だったようだ。
 ナマエの目はこれからを夢見るように輝いていた。子どものようなこのキラキラとした瞳が戦場の血生臭さを望んでいるのだから世も末ではあるが、ドフラミンゴとしては大歓迎だった。


「じゃあ行くぞ。とりあえずファミリーの連中に顔見せだ」

「ファミリー? ……ああ、ファミリーか」


 聞きなれない言葉を聞いたとでも言いたげな、理解不能といったような顔をしていたナマエだが、すぐに言葉の意味を理解したらしく、一人で頷いていた。


「お前もそれに加わるんだぞ」


 組織の下っ端にしておくような性能ではないし、ドフラミンゴが戦場を提供し続ける限り、ナマエは裏切らないだろう。こんな男がまともな人生を歩んできたとも思えない。であるのならば、ファミリーに入れる条件には合致しているはずだ。


「……おれが」


 特別待遇される程度の力があることは、本人にも自覚があるはずなのに、ナマエは信じられないとばかりに目蓋を開閉している。家族という思い出を持たないもの特有の戸惑い。ファミリー。もう一度言葉を繰り返して呆然としている姿に、ドフラミンゴは嘆息した。

 ──どうやら、ファミリーとしても大当たりのようだ。

きみも今日から家族です

222222企画の『ひとまずは自己紹介 ドフラミンゴが第一村人だった 』の続編がみたいです!当然のごとくドフラミンゴさんで、もしくはミホーク成り代わりのゾロルートをお願いします!!@匿名さん
リクエストありがとうございました!



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