倉庫に持っていてもらえないかと他の先生からお願いされて、遠回りをして、普段通らない道を通って準備室に戻っていた時だった。ロブくんの告白現場に遭遇したのは。とはいえ、勢い余って乱入してしまったなんてことはない。通りがかりに見えてしまっただけのことである。
 これがなかなかに可愛い子であり、ロブくんおれなんか追いかけてないでそういう可愛い子と付き合って残り少ない高校生としての青春を謳歌した方がいいんじゃないかな、と勝手なことを考えていたら、バチッと目が合ってしまった。……もちろん、女子の方ではない、ルッチくんとである。

 すぐさま目を逸らして準備室へと逃げだしたものの、強烈な視線を向けられていたのは感じていた。部屋に入って、鍵でもかけてしまおうかと逡巡した結果、いきおいよく開けられたドアに額をぶつけることになる。


「いったァ……」

「そんなところに立っている方が悪いです」

「……入口に立っていた僕も悪いと思うけどさ、先にぶつけたこと謝らない?」


 その正体は、まァ、ロブくんだった。そうだよね。絶対おれを追いかけてくると思っていました。だから鍵をかけようか悩んだわけだが、悩んだために間に合わなかったということだ。
 ……ってことは、さっき見た女の子、おいて行かれた、ってことだよな……。マジで余計なことをしてしまった。せめて目が合わなければ、ロブくんだってそんな不作法なことはしなかっただろうに、こればっかりはおれのせいだ。


「とりあえず座ったら?」


 彼は結局謝ることもせず、座ることもせず、ドアの前でおれを睨んでいる。言いたいことはわかる。多分、怒っているのだろうということも、わかっている。


「先生」

「……何かな」

「見てましたよね?」

「……座って話さない?」

「見てましたよね」


 怒っているロブくんは、おれの話なんか聞きやしない。おれはね、コミュニケーションっていうのは、相互のやり取りが大事だと思うよ。だがそもそもロブくんは自分の意見を押し通そうとするタイプなので、会話ができないわけではないが、主導権を渡さないようにしているようなところがある。


「おれの行く先を勝手に決めるな」


 ロブくんのおれの返事などいらぬとばかりに、答えを待つまでもなく、先ほどの告白現場を見ていたものとした上でおれの考えていたこともお見通しで、そう言った。
 彼の言っていることは正しい。今回ばかりは、おれが悪い。ロブくんがおれのことを好きだとわかっていて、それでも告白現場を見ておれなんかやめればいいのに、と思ったことが全部視線に乗っていたのだろう。


「おれの気持ちはおれが決める。アンタが望んだとして、変えられるものじゃない」


 だからとてつもなくひどいことを、ロブくんに言わせてしまった。ロブくんは始めからわかりきっていただろうが、好きな人が自分に他を向いてほしいと思っていることを改めて自分の口で言わされたのだ。惨いことをさせてしまった。


「……ごめん、おれが悪かった」

「ならやっぱり思っていたわけだな、あの女にすればいいのに、と」


 ロブくんの目が細められる。ただの怒りだったのならもっと簡単に流せたそれは、怒りであり、恨みであり、悲しみであるように見えた。
 いつかのように噛みついてこようとしたロブくんが、避けないおれを見て動きを止める。至近距離で思うことはいつも顔が綺麗だとか、ロブくんの造形に関することばかりだったが、今日ばかりはそういったことにも意識が向かなかった。


「罪悪感か? 同情か? そんなものならいらない」


 吐き捨てるようにそう言って、ロブくんは部屋を出て行った。……泣きそうな顔を、していたように思った。メロドラマならここで好きだと気付いて追いかけ、好きだと告げて引き留めてハッピーエンドの場面だろうが、これは現実だ。そうもいかない。

 おれは教師だし、彼は学生だ。しかも男同士。世間は黙っていないし、おれの中の常識もそれはダメだと言っている。そしておれは別にロブくんに恋愛感情は持っていない。とんでもないことをしてくるが、可愛い生徒で、色っぽいなとは思ってしまったが、それは劣情であって愛情ではないのだ。

 だからおれは追いかけないし、追いかけられる立場にはなかった。

 もしもっとおれが子供で。同じ学生だったら、また話は違ったのだろうけれど。もしもは存在しない。おれは教師で彼は学生で、男同士。夢想して見ても、これは変わらない現実だった。

純情に疵

化学教師と学生ルッチシリーズで、どちらかが女子から告白されているところを目撃してしまい、もやもやして少し揉めてしまうお話or同じく化学教師シリーズでルッチ卒業後のお話@ぴろりさん
リクエストありがとうございました!



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