「……見合い?」

「ああ」


 言われた内容が正直理解できなかった。どうやらおれの父こと神様が持ってきたのは、おれの見合い話だったようだ。日本人が想像しやすいお見合い写真などは手元になく、ただ見合い話が持ち上がっているということを言われただけだった。


「何故おれが?」

「……断ってくれていい。共存が決まって、周りは目に見える形が欲しいようなのだ」

「……なるほど、そういうことか」


 ともすればこれほどわかりやすい政略結婚もない、というような状況である。要するに先住民である彼らのうちの一人から、神様の息子であるおれが嫁をもらうことで友好関係をアピールせよ、と側近たちが言っているのだろう。神様はこれに関して乗り気ではないようだが、おれは悪くはない手だと思う。なにかひとつきっかけになることは大事だし、仲があまりいいとは言えないおれが先住民の娘とくっつくことで、スカイピアの住人たちは先住民たちへの警戒が薄れるはずだ。先住民たちも仲間が認めた相手ならば、となるだろう。最後のは見合いじゃなきゃの話だが。


「エネル、我輩はお前を礎に平和を築こうなど思っておらん」

「……知っている。あなたが父になってからどれほど慈しんでくれたのかわかっているし、その恩を返すために結婚しようなどとはおれも思っていない」


 神様がそれを望んでない以上、愛も何もない結婚など恩返しでもなんでもないのだし、なんなら神様は健やかに生きることだけを望んでくれるようなそんな暖かいひとだ。無条件といって差し障りのないほどの条件で先住民たちとの共存を考えていた甘さはどうかと思うが、それは冷静に第三者として見たときの話であって、身内の欲目からすれば馬鹿みたいに優しい親なのである。本当に、神様には頭が上がらない。
 というか、おれはそんな条件でなくても結婚できないであろう親不孝者だ。申し訳ないがおれはワイパーのことが好きで、この先その思いが変わったり昇華したり、他の人に気持ちが移ったりすることはまずないと思う。仮に万が一、いや億が一にもあり得ないことだがワイパーがおれのことを好きになってくれたとしても男同士は結婚もできなければ、子も成せないのだ。辛い。それを神様に伝えられないのも、伝えたとしておれのことを思い落ち込むのが目に見えているのも辛い。どうしてこうなった。


「おれが受けるかはともかくとして、むこうはどうなんだ? おれは若い者たちには特に嫌われているだろう」


 考えを打ち払い、話を続けることにした。おれは例の話し合いのせいでワイパーだけでなく、若い者たちを中心に蛇蝎のごとく嫌われている。唯一の例外として仲がいいのはアイサだけだが……まさか、それはないよな。さすがにアイサとの見合いの場を設けられたらおれとしても周りの目が気になるし、アイサにも好きな男の一人や二人できて青春を送ってほしいと思う。今大人に勧められたら、そのまま婚約してしまいそうな子どもなのだ。それだけは勘弁してもらいたい。


「ラキという娘だ」

「……ラキ。ああ、あの娘か」


 黒髪でつりあがった猫のような目の美人だ。アイサを通して何度か話したことはあるし、たしかに妥当と言えば妥当なのかもしれない。彼女はアイサと違い、一人前の大人だ。意思もしっかり持っていて、嫌なことは嫌だと言うはずだろう。なるほど。神様がいい顔をしなくともおれがある程度うなずく人選をするあたり、側近たちは裏方がお得意なようだ。


「とりあえず会ってみるか」

「エネル」

「勘違いしないでくれ。見合いという形はあからさますぎるし、おれにその気がない以上相手方に失礼だ。親睦を深めるくらいの体でいいのだろう? おれも話くらいはしてみたいと思っている」


 彼女と話したことがあるのはアイサのことだけだ。実際今先住民たちから見たスカイピアの現状や何か困っていることはないか聞いてみるのもいいだろう。それを神様に報告すればそれだけで民を思う神様の利益になる。
 ……おそらくそこらへんのおれの考えなど、神様にはお見通しなのだろう。身体から発せられる動きがおれにそうだと教えてくるようだ。


「とにかく、融和は必須だ。会う機会を設けるよう側近たちに言ってくれ」


 面倒なことを言われる前に立ち上がり、「畑のかぼちゃが収穫時だろう。手伝うぞ」と言いながら歩き出した。神様はおれの後ろで何か言いたげな顔をしているようだが、それを無視することにした。

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 実際にラキと会うことになったのは、話を聞いた二日後だった。あまりにも早すぎる。納得させるのもそうだが、彼女にも都合というものがあるだろう。そう考えるとおれがうなずくことを前提に話を勝手に進めていたのかもしれない。たしかにすでに向こう方の予定を押えてあるのだと言われれば、渋々でも行くことにしただろう。してやられたような気持ちになり半眼になったが、結局のところ言葉を交わしたかったのは事実であるため、釈然としないながらもラキと会うことにした。
 ……おれと室内で二人きりになることなど了承しないだろうと思い、外で待ち合わせにしたのがよくなかったのだろうか。ラキを見つけた時点で嫌な予感はしていたのだ。近くに、ワイパーの気配があったから。正確に言えばワイパーやその仲間たちの気配だ。おれがワイパーの気配を間違えるわけもないのに、どうか間違いであってくれと願ってしまった。が、そんなことがあるわけがなく、現れたおれのことをものすごく睨んでいた。素直な気持ちを言葉にするのならば『帰りたい』である。しかも何も言わずにおれを睨んでくるだけだ。なんなんだろうか。せめて何か言ってくれれば、と思うのに誰も口を開きすらしなかった。


「悪いが、そこをどいてもらえないか。彼女に用がある」


 意を決して言葉を発したというのに目の前の彼らはまるでチンピラのようにおれを睨み付けてくるばかりで、それ以上は何も起こらなかった。だがまるで守られるかのように立っていたラキが思い切りため息をつき、彼女の一番近くにいた男の脛を蹴り上げた。ああ……あれは痛そうだ。彼女が前に出てきて、じろりと彼らを睨んだ。


「なんだよラキ! おれたちはお前のことを思って!」

「そうだぞ! こいつは滅べなんて言った男なんだ!」

「二人きりになったら何されるかわかったもんじゃねェぞ!」


 最後のやつ、絶対にラキのことが好きだろ。おれが何すると思ってるんだか知らないが、いや、知らない方がたぶんおれの精神安定上いいだろうと予測が付く程度にはわかるため、知りたくないというのがおれの本音か。大体そういった発想に至るということがそういった思考を持っているという証明に他ならないのだ。
 こんなところで勘違いされたくはないので──いや、こんなしょうもないことで、ワイパーに誤解されたくはないがために、はっきりと事情を説明することにした。


「今回彼女との会談の席を設けたのは、スカイピアにおける両者の友好、融和という目的のためだ。彼女が美人だからと言って下心からのことではない。屋内や人気のない場所、人目につかない場所で二人きりになることもない、安心してくれ」

「……そうだよ。別に誰かがあたしと代わってくれてもいいんだ」


 言い訳がましい台詞を聞いたラキはすこし驚いたようにおれを見たが、すぐさま野郎どもに視線を戻した。誰かと代わってもいい。その言葉で一斉に視線が向かった先は、ワイパーだった。当然と言えば当然だ。この中で適任は一番その力を認められている男ということになるだろう。……というのは建前で、おれはただワイパーだったらいいなと思っただけだ。本当にただそれだけのことである。今回ばかりはワイパーの立場が役に立つチャンスなのではないだろうか。
 おれも周りも全員がワイパーを見ていると、ワイパーの眉間にぐっと皺が寄った。怒鳴るんだろうか。嫌っている相手と一対一で話さなければならないのだから、そりゃあワイパーだって嫌だろう。だがこれは滅多に訪れない、チャンスである。おれは手酷く断られるのを承知の上で、思い切って自分の意思を伝えることにした。もう二度とないかもしれない、二人きりでいられる口実を手に入れられるのだから!


「カルガラの子孫、お前はおれを嫌っているだろうが他の者たちとの溝を埋めるため、お前さえよければ協力してほしい」

「だってさ。どうするんだい?」


 断わられたっていつものこと。でもこんな口実でもなければ誘えないのだから、誘わないなんてもったいないのだ。だが仲間思いのワイパーのことだ、ラキを連れて行かれるよりマシだと判断してくれることだろう。……それはそれで、なんかつらいような。
 自分で考えたことに傷ついていると、ワイパーは周りからの視線に耐えかねたかのように深いため息をつき、それからギラリとおれも仲間も睨んだ。


「覚えとけよ、お前ら……」


 マジでか。エネルという名前をつけられてから一度も口にしていない言葉が脳内に浮かんで、そして消えていった。

好機到来

エネル成り代わりの続編かルッチ女体化の甘いお話か、それも難しいなら誰でもいいので女体化話でお願い致します@匿名さん
リクエストありがとうございました!



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