「ごめんなさい、ドフラミンゴさんのことが好きなの……」 そうやっておれはよく振られている。この振られ文句、おれだってよくわかる。そもそもおれに関わってる女ということは、ドフィにも関われる可能性がある女ということだ。そうしたらおれより断然いい男のドフィに靡くのもよくわかる。 だってドフィは男のおれから見たって顔が整っているし、頭だっていいし、腕っぷしも強いし、性格だって男前だし、金も権力も持ち合わせている。そんな男を理由にして振られて、文句の付け所なんてあろうものか。 おれは本気でそう思っている。でもだからといって、さすがにこれが何回も何回もと続いてくると、まあ傷つくわ。寝取られているわけではないから、別にドフィが悪いわけでもない。というか仮に肉体関係があったとしても、おれと付き合っているわけでもない女と寝たからといって寝取られたとドフィが責められる謂れは全くないのだが。 しかもおれが告白して振られた女って、ドフィに告白したらもれなく振られているんだよね。ドフィのお眼鏡に適わないってことは、もしかしておれって女見る目ない感じ? 振られている上にそれってあまりに辛くない? 「おれの好きになる女は全員ドフィを好きになる……」 「若が近くにいたら惚れるのは当然じゃないですか?」 ポツリと独り言のつもりで呟いた言葉に、たまたま通りがかったグラディウスから返答があった。狂信者のこいつの判断に任せると、何にせよ優れたことは“若だから当たり前”としか返ってこないガバガバ評価なので、聞くだけ無駄である。ドフィが絡んだ途端わけのわからない知能の下がり方するのやめてほしい。絶対馬鹿でしょこいつ。 そう思っても口に出すと狂信者がうるさく喚き出す可能性があったので、大人しく頷いておくことにした。面倒事は避けるに限る。 「……そうだな」 「はい。それでは」 立ち去るグラディウスの背中を見つめていたら、少し進んだかところでいきおいよく振り返り、ツカツカ歩いて戻ってくる。靴の音が廊下に結構響き渡るところを見るに、何か強い感情があるようだ。よっぽど大事なことを伝え忘れたとか? あの中身のない会話のどこに大事なことがあったと? 「ナマエさん」 「はい、なんでしょう」 「逆かもしれません」 「はい? 何の話?」 「ナマエさんが、若を好きな女を好きになるんじゃないですか?」 だからさっきからそう言ってんじゃん? 何言ってんだこいつ? とはいえ、いきおいよく戻ってくるくらいだ。同じことを言いに来たわけではあるまい。頭の中に疑問符を浮かべまくって、グラディウスの言葉の意味を賢明に咀嚼する。 逆? ドフィを好きになる女が好き? 何が逆なんだ? おれ? 女? ドフィ? んん? 「……? どういうこと……アッえっ!? そういう意味?! おれはドフィに好意を持つような相手じゃないと好きになれないってこと!!?」 「だからそう言ってるじゃないですか」 言ってねーよ! あ、言ってたか? いやわかんねーよ! どういうことだよ! おれがパニックになっているというのに、グラディウスは言うだけ言ってすっきりしたとばかりに笑顔を作って、軽く頭を下げた。 「では、仕事に戻ります」 ではじゃないが!? 爆弾発言だけしておれを置いていくのやめて!? おれの思いはむなしくも叶わず、グラディウスは今度こそ廊下から立ち去っていった。その背中を眺めたところで自体は改善することは当然なかった。 えっ、本当に? おれ、ドフィに好意を持っている女しか好きになれないの? え、なにその歪んだ性癖……こっっっわ……絶対付き合えないような女しか好きになれないの? 本当だとしたらマジでやばすぎじゃない? いや待て本当におれ、ドフィを好きな女じゃないとダメなのか? そこから考えよう。いやわかんねーわ。そんなわけねえだろという感想しか出てこない。そんなやばい性癖を持った覚えはない。 じゃあ逆に考えてみよう。ドフィに好意を持たない相手を好きになれるだろうか………………好きにならないかも。好きならないかも!!?? やっべえマジかよ!! おれそういう特殊性癖だったの!!? いや本当に!!? それって相当ヤバイ癖だけど!? おれがあのグラディウスみたいな狂信者ならわかるけど、おれそういうんじゃないんですけど!!?? ・ ・ ・ 執務室に戻る途中、ドフラミンゴは廊下で軽く発狂しているナマエを見つけた。実際に発狂して頭がおかしくなっているわけではない。その様が発狂しているような、変なテンションにしか見えないというだけだ。もしくは物語に出てくるようなゾンビのようなうめき声を出していると言ってもいいが、それにしてはやはりテンションが高いような気がする。 「フッフッフ、ナマエ、何やってんだ」 「う゛ー」だの「あ゛ー」だの変な声を上げるナマエに近寄っていくと、ナマエはいきおいよく振り返った。人間に出せる回転速度ではなかったので、ドフラミンゴが想像した通りナマエはゾンビなのかもしれない。 「ドフィ、ちょっとやばい事実に気が付いちゃったんだけど、相談に乗っていただけたりする……?」 「あ? どうした。執務室で話すか?」 「いや別に誰に聞かれても困らないんだけど、とにかく早急にドフィの意見を聞かせていただけません?」 言ってくるナマエはだいぶ混乱しているのか、口調すら安定しない。普段なら敬語なんて使わないのに、下手に出るほどドフラミンゴの助言を必要としているらしい。その焦りは珍しい真剣な表情からも見て取れた。 場所はここで構わないとのことだったので、ドフラミンゴは廊下の壁にもたれかかり、ナマエに話を促した。 「ドフィ、おれ、ヤバイ癖持ちかもしれない……」 「はァ? お前どうした?」 真剣な顔をしているから何の話かと思えば、癖ときたものだ。おそらくナマエの言っている癖というのは、性癖とかそういう話だ。 ──馬鹿か? ドフラミンゴは心配をして損した、とため息をついた。ナマエに憚られるような変な性癖などあるわけもない。そんなものは見ていればわかる。まったくもって馬鹿としか言えない発言だった。 そういったドフラミンゴの冷めた空気を感じ取ったのか、ナマエはすがるように詰め寄ってきた。 「いやマジで聞いて。本当、一大事のヤバイ癖かもしれないから!!」 「わかったわかった、なんだってんだ」 「おれ、ドフィを好きな女しか好きになってないよねってグラディウスと話してたんだけど、逆じゃないかって」 「あ? 逆だ?」 「ドフィのこと好きになる女しか好きになれないんじゃないかって……やばくない? これマジならヤバイ癖じゃない?」 想像もしていなかった結論を告げたナマエに、ドフラミンゴは呆気にとられた。馬鹿だとは思っていたけれども、本当に馬鹿だったとは。グラディウスが言ったのはわかる。グラディウスと言う男は、もはやドフラミンゴを信仰対象のように崇め、ドフラミンゴを絶対のものだと思っている。だがナマエは違う。 そもそもナマエの言っているドフラミンゴのことを好きになる女しか好きにならないという考えの発端は、ドフラミンゴがわざとナマエが好きな女にちょっかいを出して、気があるふりをしているからだ。そうするとナマエからドフラミンゴに靡く女が大半だ。元々ドフラミンゴに近づくための足掛けくらいにしか思っていない女ばかりを好きになるナマエの女の見る目のなさが原因なのである。ドフラミンゴはその羽虫を払っているに過ぎない。 ……なかには本気でナマエのことを好きになるような女もいたような気がするが、気が付いたときにはナマエの前から消えていただけの話だ。あんなことで去ってしまう程度の女なら、やはりナマエにはふさわしくないので、ナマエは見る目がないという判定になる。 そんな状況が続いたから、ナマエの好きになる女は全員ドフラミンゴを好きになると勘違いしたのだろう。そしてグラディウスが逆なのではないか、と言った。ナマエはきっと考えたのだろう。ドフラミンゴを好きになる女しか、好きになれないのでは?と。もしかしたらドフラミンゴを好きにならない女なんか、好きになるわけもないと思ったのかもしれない。 どちらにしてもドフラミンゴからしてみれば、それらの答えは簡単だ。ナマエはドフラミンゴに対し、人として好意的に思っている。その上組織のボスだ。そんな相手を嫌ったり、好意的な意見を持たない相手は、ふるいにかけて落とすだけの話。癖だのなんだのとは全く関係がない。 けれども、ドフラミンゴにとってこれはチャンスだった。一世一代の、女しか好きにならない男を、引きずり落とすための、毒を仕込むチャンスだった。 「フッフッフ、ナマエよォ、お前、おれが好きなんじゃねェの?」 ふざけたようにドフラミンゴがそう言えば、ナマエはポカンと馬鹿みたいに口を開けて呆けた。ドフラミンゴはわかりやすく笑って、ナマエの肩を軽く叩いた。 「フフ、冗談だ、冗談。じゃあな、おれは行くぜ」 それ以上は何も言わず、ドフラミンゴは当初の予定通りに執務室へと向かった。機嫌はすこぶるいい。ナマエはきっと色々と余分なことを考えるだろう。そうして、またきっと妙な考えに行きつくだろう。さきほどのように、平常時では思いもつかなかった結論にたどり着くのはいつになるだろうか。 ドフラミンゴは頭の片隅でグラディウスへの褒美を考える。よくやってくれた。ただ普通に、思ったままに行動したからこそ、ナマエは変な方向に転がった。わざとらしく誘導したら、ああはならなかっただろう。 「え、いやまあ、好きだけど、……えっ」 置いてきたナマエから、そんな声が聞こえたような気がした。 願ったり叶ったり突き落したり ドフラミンゴ@匿名さん リクエストありがとうございました! |