ナマエとサッチは船の中では互いに仲が良いと認識する程度には仲がよかった。サッチはコックで、ナマエは戦闘員という違う括りで船に貢献している二人ではあったが、サッチがコックである以上、二人は知り合って、気が合うことから友人と表すのに一番近い関係に落ち着いたのだ。
 すくなくともサッチはそう思っていた。ナマエとは仲の良い友人で、気が合って、一緒に馬鹿をやるのが楽しいと思うような仲だと。だがどうやらナマエにとっては、サッチは友人ではなかったようだ。

 珍しく話があると呼び出され、サッチが向かうと真面目な顔をしたナマエが立っていた。どうしたんだ、とすこしでも言いやすくしてやろうと軽く話を振れば、ナマエはサッチをまっすぐに見た。


「サッチ、お前のことが好きだ。恋愛感情」


 馬鹿みたいな誤解をされないように、わざわざ恋愛感情とつけられて、サッチは逃げ道を失った。
 誤解されたくないと思ったんだろうということはわかる。話があっちこっちに行って面倒になるのを避けたのだろうということも、わかった。


「おれはお前のことを家族とか、ダチとか、そういうふうにしか思ってねェよ」

「ああ、知ってる。言わねェと伝わらねェから、言った」


 たしかにナマエが恋人になりたいという意味でサッチを好きだとは思いもしなかった。友人だと思っていたのに、と裏切られたような気持ちになるほど、サッチも純情ではない。

 頭の中に浮かぶのは、ナマエと恋人になった場合のことだ。仲が良いため、普段の暮らしは楽しいだろう。だが仲が良いために、性事情にさえよく知っているのだ。恋人になるということは、抱く抱かれるという関係になるということだ。
 サッチが男とどうこうできないという話ではない。サッチはバイで、男だろうが女だろうがこだわりはない。そしてナマエは女にそういった感情を持つことのない、根っからのゲイで、何よりタチだった。しかもバリタチと言ってしまってもいいほど、絶対に抱かれる立場になることはない男である。そしてサッチもタチだった。男に抱かれたいなど、考えたこともない。

 惚れた方が負けという言葉もある。ナマエがサッチを好きだという気持ちに付け込んで、話し合えばナマエをネコにできる可能性もなくはないだろうが、ナマエは純粋な戦闘員だ。ナマエはマルコのところの副隊長になる程の実力があり、マルコよりも若いので、もしマルコが歳を取ってきたら交代することもあるだろうと思われるくらいには強い男だった。もしも力任せに押し倒されてしまえば、勝てないことは、はっきりわかる。恋人という形を取ってしまえば、気づけば組み敷かれていた、なんてことにもなりかねない。

 ナマエのことは好きだ。ただしそれは人としてであって、恋愛感情はない。ただ恋愛感情と性欲は別の問題だ。ナマエは綺麗な顔もしているため、抱こうと思えば抱けるだろう。だがナマエはそもそもタチで、恋愛感情があるからと言ってサッチに抱かれたいわけではないはずだ。
 仲の良いナマエとギクシャクしたくはない。だから付き合ってもいいと思うが、同時に性行為は互いの指向の問題で行えないと思う。恋愛感情もない、性行為もない、ギクシャクしたくないからという理由だけで付き合うなんてことは、サッチの中ではなしだった。


「なんか色々考えてくれてるみたいだな」


 黙り込んでしまったサッチに、ナマエから声がかかる。別段、気にしているふうでもなく、うれしそうでもなく、普通の顔をしていた。
 断ってもギクシャクしなさそうだと踏んで、サッチはお断りの方向で話を切り出した。


「すまん、やっぱりお前のことをそういう目では見られない。しかもどっちもタチだとセックスもできねェだろ」

「別におれはセックスなんかしなくてもいいぞ」

「ピュアなこと言うなよ、その年で。大体お前普通に性欲とかあるタイプだろ」


 付き合いとはいえ、娼館にだって一緒に行っていたこともある。それともサッチには性欲を抱くことはないとでも言うのだろうか。付き合う気はないと言っておきながら、サッチはどこか苛立ちが湧き上がってしまった。


「本当にサッチとはセックスなんかしなくてもいいし」

「だったらなおさら、気持ちが伴わないとだろ?」


 好きだからセックスなんかしなくてもいいというナマエに、自分の方に気持ちがないことを言い聞かせるように告げると、ナマエは肩をすくめた後、「そりゃあそうだな」と素直にうなずいた。しつこく食い下がるかと思ったが、ナマエはあっさりと引き下がって、サッチを置いてその場を立ち去ってしまった。

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 ──ムカつく。

 ナマエの告白を断ってからというもの、サッチとナマエの仲は明確に変わった。当然、サッチから娼館に誘うわけにもいかないし、買い出しにもナマエと二人きりというのは気まずくて誘うのをやめてしまった。

 そうなるとナマエから声をかけてこない限り、なかなか話すようなこともなくなるわけだが、ナマエはみんなで飲んでいるときにその輪の中に入ることはあっても、今までのよう二人きりになるようなことはなくなった。
 かといって、ナマエは目が合うと手を振ってきたり、笑ったりはする。だから嫌われたり、わざと避けているということもないのだろう。おそらくサッチが距離を取ったから、ナマエもそれに倣っているだけのことだ。周りにバレるような強いアプローチをするわけではないが、忘れられない程度にはしっかりとアプローチをかけてくるような男なのだ。

 あきらかにサッチは気を遣われている。避け始めたのは、サッチの方だ。告白をされたサッチが気に病んでいるのに、ナマエの方は飄々として、いつも通りに暮らしている。なんだかそれに納得がいかなくて、胸がムカムカしてしまうのだ。だから酷いことだっていくらでも思い浮かんでしまう。勝手に告白なんてしやがって馬鹿野郎、なんていう最低の考えだ。

 なんだか胃までムカムカしてくるように感じていたサッチが、自分の部屋に戻ろうとしているとナマエを見つけた。一人だったら慌てて引き返してしまったかもしれないが、ナマエは誰かと一緒にいるようだった。二人きりで、何かを話している。いつぞやのナマエと自分の話し合いを思い出してしまったサッチは、引き返そうとして本当に似たような状況にあることに気が付いた。──ナマエが他の男に言い寄られていた。


「好きです、抱いてください」


 あまりにストレートな物言いに、聞き耳を立てていたサッチはうっかりむせそうになった。いったい誰だと目線を向けると、ナマエの困ったような笑顔が目に入った。


「いや……おれ、お前のこと好きじゃねェんだわ」

「知ってます! だから身体から取り入ろうと思って!」


 にこやかにとんでもないことを言い出した背の低いクルーに、サッチは目が点になる。今どきの若い子の考えることはわからない、と思ってしまったあたり、サッチはもう年なのかもしれない。


「すっごいこと言うなァ、お前……」


 ナマエも似たようなことを言っているのに、さきほどよりはずっと柔らかい笑顔を向けていた。その顔を見た瞬間、サッチは勢いよく二人の方に走り出していた。


「ナマエ! ちょっといいかー!」


 サッチの声に気が付いたナマエは目を瞬かせ、「悪いけど呼ばれてるから」と会話を打ち切った。相手の反応を見ることもなく、サッチの方へと一直線に歩いてくる。手をひらひらと振って、ここ最近は見ていなかったいつも通りのナマエの姿だった。


「諦めませんからーっ!」

「あきらめていいぞー」


 投げかけられた言葉に適当な返事をして、ナマエはサッチを連れてその場を離れる。さきほどのことなどもう忘れたように、いたって平静に首をかしげた。
 一方、声をかけたサッチの内心は、すこしだって平静とは言えなかった。わけのわからない台風のようなものがぐるぐると体内を巡っているようで気分が悪かった。そうして「どうした?」と投げかけられた声に、怒鳴りつけるように大声を出した。


「お前が取られるのはすっげェ嫌!!!」


 幼い子供のような、馬鹿みたいな発言に、ナマエは驚いて固まってしまった。サッチだって自分の言ったことがどれほど馬鹿かなんてわかっている。好きでもないし、セックスもできないからと告白を断った男に、他の男に靡くのは嫌だと声高に叫んでいるのである。
 最低だ。自分は気持ちに答えられないなんて言っているくせに、お前はおれが好きなんだから他に目をやるなんて嫌だと、我儘で愚かで卑怯な物言いだ。


「なにそれ、うれしー……」


 なのにナマエは喜色満面といったふうに、顔をだらしなく緩ませて、サッチを見つめてくる。言葉通り、本当に嬉しかったのだろう。どろりとした甘い瞳が、サッチをじっと見つめている。


「前の告白がまだ有効なら付き合ってくれ」


 意を決して、サッチはそういった。自分がナマエに対して変な独占欲を持っているだなんて知らなかった。ずっと一緒にいたナマエが他を優先する姿なんて見たくなかったし、あの笑顔を自分以外に向けるなんて耐えられそうにもなかった。だというのに、ナマエはあっけらかんとその提案を蹴った。


「付き合わなくたっていいよ。サッチのことしか見てないし、さっきのだって断るつもりだったし」

「付き合ってなかったら、絆されるかもしれねェだろ!」


 わからずや!とばかりに、声を荒げるとナマエは困ったように、しかしその中に嬉しさを隠しきれない表情を浮かべた。


「でもサッチ、本当にいいのか? よく考えた方が、」

「いいんだよ。お互いに付き合いたいって思ってんのに、なんか問題あんのか?」

「……ない」


 ナマエは目を細め、サッチをゆっくり抱きしめた。ぐりぐりと頭に顔を押し付けて、喜色をあらわにしている。髪がぐちゃぐちゃになることもどうでもよくなって、サッチはナマエの好きにさせていた。今サッチの中にあるのは、とにかくナマエを取られたくない一心だったので。

 ……その後、サッチは以前懸念していたように、ナマエと場の雰囲気に流されて言い様にされてしまったが、結果として何も問題がなかったのでよしとすることにする。

好きと言うには浅ましい

バリタチ主が猛アピールするけどサッチはバイタチだから断るけど、結局折れる話@匿名さん
リクエストありがとうございました!



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