「おれはチバ! 今回、あなたとコンビを組むことになった! えーとお名前は? サカズキ? ……いや、いい名前だな! ははは!」


 初対面でそう言って握手を求めてきたチバは、一つ年上ながらも海軍に所属していない、言わば客分の男だった。皮膚をつるりと晒した頭部は、綺麗に処理されていて毛の一本すら見当たらなかった。そのくせ、眉と睫毛は生えているのだからそういう病ではないのだろう。髪がないせいか妙に長く見える睫毛や女顔と言って相違ない顔立ち、そして自分より随分と小さな体躯であるということも手伝い、どこからどう見ても弱者にしか見えない男であった。
 コンビを組まされると聞いたとき、それは問題児と称される己への首枷だろうと思っていた。事実、上官であるセンゴクからの命で基本的に主導権があるのはチバの方である。しかしコンビとは名ばかりのわかりやすい首枷であったはずの男が、首枷すらならないであろう貧弱な男だったとあっては、納得いくはずもなかった。
 わかりやすい敵意を向け、厳しい口調で返し、そうしてなお、チバという男はへらへらと笑っている。そんな態度に、半ば困惑もしていた。ボルサリーノという一人の特例を除き同期からは恐れられ、上官連中からも問題児とやっかまれている自分に、チバはさも普通に接してくるのである。そしてはたと気が付いた。ああ、まだ戦場での自分を知らないからか、と。苛烈と言える性格に、化け物じみた能力。戦場でそれを目にすれば、すぐさまチバも離れていくことだろう。

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「おっすー、サカズキただいま! ちょっとセンゴクさんのとこ行ってくるな!」

「いや、ちょっと待て、その手の中の子どもはなんじゃ」

「あ、ロシーくんです。サカズキ、顔怖いからロシーくんが泣き出す前にもう二、三メートル離れてくれてもいいんだぜ!」

「そんなことを聞いとると思うとるのか!!」

「や、拾ったんだよ。そんで怪我してるみたいだから船医に見せたいわけだ。てなわけでサカズキくんはまだ掃除を続けていたまえ〜」


 子どもを抱えた手とは反対の手をひらひらと振りながら、チバは船内へ向かっていってしまった。出会ってから数週間共にしていて相変わらず、貧弱だ、と思っていたチバは、『五〇〇キロ先の島を目視』し『海の上を走って島へ向かう』という有り得ない行動をして見せ、挙げ句子どもを連れて帰ってきた。訳が、わからない。
 チバという男がおそらく規格外の素質の持ち主で、センゴクが問題児である自分と組ませられると思ったことはなんとなく理解がいったが、だからと言って納得はしかねるところだった。チバという人間が、てんでわからない。
 はあ、とため息をついてチバの行った先を見ると、べったりと足跡がついていた。掃除を終えた甲板に、はっきりくっきりと足跡が存在している。……あの馬鹿、殺してやろうか。
 そんなことを思いながらも掃除を続けていると、周りは殺気立っている自分から綺麗に離れ、明らかに関わるまいとしていた。そこへ、チバが戻ってきた。ロシーと呼ばれていた子どもの姿もある。


「サカズキ〜許可降りた! え、なになに睨んじゃって。子ども嫌い?」

「わしは、お前が汚してくれた床ば掃除しとるんじゃがのう」

「あ、ごめん。おれが海からそのまま上がってきたからだよな、迷惑かけた! あとでもう一回やっとくわ。で、サカズキ。こちらロシーくんです」

「……それはさっき聞いた」

「で、ロシーくん、こっちがサカズキです。顔も怖けりゃデカくて威圧感も凄いし性格もキツい。弱者に対する当たりも多分強い。でも決して悪い人じゃないんやで……仲良くしてあげてね」

「う、うん」


 とんでもない紹介をされて顔が歪む。チバのその紹介の大半は、間違ってはいないだろう。強面で高圧的、性格も苛烈、そして弱者に対する当たりは柔らかいものではありえない。ほんの一週間でも一緒に過ごせばそれくらいはわかったようだ。だが、決して悪い人ではない、と思われるような行動を取った覚えはなかった。
 その不快感にも似た何かを、どう口にすればいいのか、自分ではわからなかった。元より口下手とも無口とも言える自分に、口にできる言葉はなかったのだ。


「というわけで、今回の遠征中、おれとサカズキで面倒を見ることになりましたぁ!」

「……ああ!? わしは遊びに来たんと違うぞッ!」

「いやいやサカズキくん。きみは子どもの面倒見るのをお遊びだと思ってんの? 子育てするのがどれくらい大変かわかってんの? 舐めてんの?」

「海賊を討伐するのと比べたら遊びじゃ」

「じゃあ討伐ついでにロシーくんの面倒を見るなんて、余裕だよなあ? ──遊びなんだろ?」


 にやりと、チバは目を細めて楽しそうに笑みを作った。揚げ足を取られているのはわかっていたが、つい頭に血が上ってカッとなる。ならばやってやろうじゃないかと。そういう顔を作ったのがわかったのだろう。チバはいつものへらへらという笑みに戻って、ロシーと呼ばれた少年を見た。少年は明らかに怯えながらこちらを見ていた。


「そんなこんなでロシーくんは、おれかサカズキの傍から離れないか、おれたちの部屋か軍医の部屋でいい子にしてる感じね!」

「……うん」

「大丈夫だよ。サカズキが怖いのは大人も一緒だから、サカズキの横にいればほとんど誰も近寄ってこないよ!」


 人様を人避け扱いにするとはいい度胸である。チバの言葉にゆっくりとうなずいた少年をつい睨むように見てしまえば、顔を青くさせてチバの後ろに隠れてしまった。舌打ちをすると余計に怯えたようだった。


「おいおいサカズキ、相手は子どもだぞ? 優しくしてやれよなぁ」

「子どもだろうがなんだろうが、知ったことじゃないわい」

「それはあれだろ、要するにおれはお前のことを子どもじゃなくて一個人として扱うんだからね、っていうサカズキ渾身のデレ!」

「違うわ死ねクソハゲ!!」

「おいてめえそれは言っちゃならねえ台詞だぞ!! こちとら好きでハゲてんじゃねえ!!」


 邪推しまくったチバの言葉に、思わず幼稚でなんの中身もない、しかし本心からの暴言を口にすれば今まで怒りの欠片も見せなかったチバがはっきりと怒りを露わにした。その表情の変わりざまを言葉にするのなら、くわっだろうか。だが全くもって怖くない。小動物の威嚇を見ているようだった。
 それにしても、そうか。ハゲという言葉はチバの中で触れられたくないものだったらしい。ニヤリと自分の口が悪人のように歪んだのがわかった。


「ハゲてるんは事実じゃ」

「うるせえ馬鹿!!! お前もハゲろ!!!」


 いつもへらへら飄々としているチバに初めて優位を取った会話は、なんとも、子ども染みた馬鹿らしいものだった。


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