ドジっ子のロシーにも一人で仕事がさせられるようになった頃、子どもがやって来た。爆弾を巻いたイカレたガキだったらしい。おれはしばらく留守にしていたから会うのは今日がはじめてだった。
 ファミリーで飯を食っているなか、そのこどもだけが血みどろで立っている。食事中に見る光景じゃあねェな、と視線を送るが、子どもはドフィとおれを見て目をぱちくりとさせている。澱みきったはずの目が、ずいぶんと子どもらしいじゃねェか。驚いた様子の子どもに、ドフィが説明を加えた。


「こいつはアリィ、おれの双子の片割れだ。仕事で二週間ほどあけてたが副船長をやってる」

「ドンキホーテ・アルドンサだ。服装……コートの色か、耳の上と襟足の剃り込みで判断してくれ」


 ドフィとおれは一卵性双生児というレベルをこえていて、本来なら初対面の人間にはまずわからない。幹部連中も見た目をそのままにしたら話せばわかる、という程度になってしまう。だからわかりやすく、おれたちは髪型を変えている。服装も微妙に趣味が違うが、コートは揃いなのでシルエットはほとんど同じだ。
 それにしても、ローの怪我は酷い。食事する部屋にそんな汚い格好のやつを入れるなと言いたい。誰か手当てをしてやりゃあいいものを。


「ローとか言ったか。随分怪我してるな、誰にやられた? そのまま置いておくと感染症でも起こしかねねェ、あとで手当てをしてやるから、」

「コラソンだ」

「……ああ、いつものアレか」


 隣に座るドフィから言われ、納得した。ロシーはうちに入ってくる子どもたちを痛めつけるのだ。子供嫌いと言われているがロシーが優しい子だと知っているおれからすれば、子どもが好きだからこそだろうと思っている。こんなところに入るな、という子供の将来を考えた愛情表現。ここにしか行き場のない子しか、残らないのはファミリーとしてもいいことなのだろうけど。
 ラオGが何をされても血の掟に逆らうな、と忠告をする。たしかに血の掟は当然誰もが守らなければいけないものだ。おれの家族に手を出そうだなんて許されることじゃない。以前にピーカを笑って死にかけたとバッファローが笑っている。


「そんなモン恐くねェ……おれは地獄を見てきたんだ」

「そうか、もしコラソンに手を出してみろ。いつでもその先を見せてやるぞ」


 さらりと言葉に出せば、ローは固まっておれを見ていた。さきほど自分を気にかけた相手が怒気もなくただ普通にそう言葉をこぼしたことに驚いているというわけでもないらしい。きっちりとおれを警戒している。伊達に地獄は見ていないということか。


「フッフッフ、そうだなアリィ。虚勢を張るのはこいつの自由、だがコラソンはおれたちの大切な実の弟! 切り傷一つでもつけた奴には、おれが死を与える!」

「ならおれが死以外の苦痛を与えよう。殺してくださいと懇願させてやる」

「フッフッフ!! そりゃあいい!」


 楽しそうに笑い合うおれたちに、ローが露骨に顔を顰めた。そりゃあ、痛めつけてくる男を庇うのだから面白いわけもない。おれたちが笑い合っていると、バイスがローの身体の異変に気が付いてジョーラたちと騒ぎ出した。肌が妙に白いのだ。
 はくえんびょう。これだけ聞くと白鉛鉱と書くセルサイトのことかと一瞬勘違いするが、この病気は琥珀の珀に鉛で珀鉛病と書く病気だ。一般的には伝染病であると誤認されがちだが、その実、ただの中毒でしかない。いや、ただの中毒でしかないと言ってしまうのはやや問題がある。珀鉛というのは厄介なもので、子どもがいればその世代にも蓄積していく。そうして世代が進むごとに寿命を刈っていくのだ。
 ジョーラたちが伝染病だと喚き、バッファローがそれを信じてローに対して距離を取った。そんなジョーラの軽はずみな発言をドフィがたしなめるが、一度伝染病と聞いてしまったバッファローは怖がっているようだった。ドフィは一つため息をつき、ローを見た。


「フレバンスには他にも生き残りがいるのか?」

「……わからねェ、逃げるのに必死だった」

「どうやって逃げてきた」

「死体の山に隠れて国境を越えた」


 ローの発言に、グラディウスが口元を押さえて食事中にそういう話はやめろと怒った。パンクな見た目に反して案外繊細なのかもしれない。吐きそうに唸ったグラディウスにナプキンを渡してやると、グラディウスは頭を下げて受け取った。


「何を恨んでる」

「もう何も信じてない」


 そう言った目は、まさしく地獄を見てきたという言葉に相応しいものだった。ただこの世界が壊れることだけを望んでいる。自分たちがされたように、すべて壊れればいいと本気で思っているのだ。
 哀れなことだな、とは思ったが、だからと言ってそのあとに続けられたロシーに対する宣戦布告はいかがなものかと思う。ベビー5もローに突っかかり、睨まれて泣き出した。愚かな子だ。おれは食事を終えて立ち上がり、ローの目の前まで行けばローはびくりと身体が揺らした。ロシーに対する暴言で何かされるとでも思ったのだろう。


「ロー、ついてこい。手当てしてやる」

「!」


 おれが先に歩き出すと、ローは訝しみながらも着いてきた。救護室のような部屋まで行き、消毒してから深い傷がないことを確認して包帯を巻いてやる。ローは何をされることもないことに、困惑していたようだった。


「なんで、おれの手当てなんか……おれはお前の弟に復讐すんだぞ」

「もしそうなれば確実に殺すし、それこそ本当に地獄の先でもなんでも見せてやるがな──ドフィがお前を気に入ったはずだ。お前はきっと正式にうちのファミリーになる。なら、手当てはして当然だ」


 いつものおれなら間違いなく、ロシーへの宣言だけで痛めつけて殺していただろうけどな。ロシーに、おれの弟に害意を抱くだけで十分すぎる罪だ。殺されても仕方ないだろう。だがドフィもロシーもそれを望んじゃあいない。だから今、ローを殺す理由はないのだ。


「珀鉛病は、恐くねェのか」

「他人が中毒になって怖ェことがあるとしたら、それは正常な判断ができなくなることだ。要するにラリってる状況だな。お前がそこまでぶっ飛んでるようには見えねェよ」

「……信じてるのか、中毒だって」

「重金属は過量摂取すりゃあ中毒を起こすだろ。あそこまで条件が揃っていて伝染病だなんて喚く奴らは思考停止も甚だしい」


 もし伝染病だというのならその血は闇ルートで売りさばくし、中毒ならばローの死体は売りさばくことになるだろう。勿論、ファミリーじゃないことが前提だが、白い死体は珀鉛の美しさを持つのだ。一定の層は確実に手に入れたがる商品になる。一時期そういったものが流行ったことは知らない方がいい。誰だって身内が死んでから変態に売られたという話は、聞きたくもないはずだから。
 黙り込んだローは、唇をぎゅっと噛み締めていた。おれのような人間がいれば変わったとでも思っているのかもしれない。おれの目に映るローは、なんとも、哀れな子だった。

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 ローが正式にうちのファミリーになることになった。ファミリーを集めローを呼び出すと、逃げ出していた途中だったらしい。あのローが逃げ出す、ねェ? 横に座るロシーから漂ってくる血の匂いと関係あるのだろうか。
 ドフィがローを認めると、十年後を見越して右腕として育てると言った。三年しか持たないらしいが、闇ルートで取引される悪魔の実に治せるものが転がっているかもしれないということだった。
 これは想定していたとおりの出来事だ。ドフィは世界を壊したくて壊したくて仕方ないのだから、仮にオペオペの実が見付からず道半ばドフィが倒れたとしても、ドフィのコピーのような同じ思考を持つ次世代がいれば、ドフィの望みは繋がるのである。だからドフィがローを手放すわけもない。


「ところでコラソン、お前怪我してるだろう。どうした」


 ローへの話が終わったタイミングで、みなの前でそう問いかけた。ロシーは、ぴくりと肩を揺らしまっすぐにおれを見た。全員がロシーに注目し、大丈夫か、と心配そうに問いかけている。ロシーはそれにうなずき──視界の端のローの様子は、明らかにおかしかった。焦っている。そんなことではいけない。感情を表に出すと、こうしておれみたいなのに気づかれるんだぞ。
 おれは家族を傷つけた人間を許す気は、到底ない。子どもだろうがなんだろうが、本当は関係なく殺してやりたいと思っている。しかし愛しい弟はとても優しいのだ。おれの前には『てき』と書かれた紙がある。ああ、許す気なのだ、この子は。


「『てき』なァ、そうだな、お前を刺すようなやつは敵だ。それで? その敵はどうした」

「『しまつ』したか。ならいいが……気をつけろよ。お前はただでさえドジなんだからよ」


 匂うほどの血を出させた相手を本当に許す気らしい。おれから見ればなんとも愚かだ。優し過ぎて、愚かにしか見えない。だが、だからこそ、である。おれはため息をついて、ぽん、とロシーの頭に手を置く。すこし不安げに見える瞳が、否応なしにあの頃を思い出させた。


「頼むから無理はしてくれるなよ」


 ロシーがこくんとうなずいて、その場は解散となった。己の仕事に向かうものやその場で会話をするもの、べビー5はロシーに近付いていってぶん投げられていた。女の子の顔に傷をつけるのはやめてやれよ。はあ、とため息をついて、視線を向けた先でローが外に出ていった。
 おれもそのあとを追いかける。ロシーからの視線を感じたが、ロシーはジョーラに捕まって手当てを受けるはめになったため、追いかけてくることはできなかった。


「ロー、ちょっといいか」


 おれが後ろからローに声をかけると、びくりとわかりやすく身体が震えた。そういう反応を見せてしまうあたりローは子どもで、隠し通せたロシーは大人なのだろう。緊張した面持ちで振り返ったローに、おれはにこりと笑いかけながら近づいていく。


「キレーションは試したか」

「……キレーション?」

「キレートを点滴で流し入れて重金属を身体から抜く方法だ。珀鉛中毒に効くかは知らねェが少なくとも普通の鉛中毒には効く」

「そんな方法、聞いたことがねェ」


 どうやら前世の知識は、この世界にはないものらしい。もしやキレートとして使えるものが存在しない……なんてことはないよな。飛行機や車の類はほとんどないし、船も大抵木造だが潜水艦のようなものは存在するのだ。それに、なきゃないで科学者でも雇えばいいだけのことである。


「医者の息子であるお前が聞いたことがねェとなると、ガセネタかもしれねェな……試すのは裏が取れてからだな」

「……アルドンサ、なんで、おれにそこまでする」

「ローをドフィがファミリーだと認めた。そのお前が病で苦しんでいる。不治の病と言われちゃあいるが結局研究が進んでねェだけだ。悪魔の実以外のアプローチも考えて当然だろう」


 十年後、その姿がドフィの隣になきゃならねェ。ドフィがそう決めたのだから、すこしでも可能性を広げなければならない。ローが泣きそうな顔で唇を噛み締めた。自分を助けようとしている存在が嬉しいのか、それとも死んだという家族のことを思い出しているのか。おれにはわからなかったが、その小さな身体をゆっくりと抱きしめた。


「コラソンはお前を庇ったがおれは家族を傷つけるやつを許さねェ。だがコラソンに免じて今回に限り、手は下さない──次はねェぞ、ロー」


 ローにしか聞こえなかったであろう声は、ローだけにはしっかり届いたようで。身体を離せば白を通り越して真っ青になってしまっている。ぽんぽんと帽子の上から頭を叩くと怯えた目を向けられて、「フフ」と唇が笑ってしまう。


「そう固くなるな、お前は敵じゃあねェ。大切なファミリーだろ?」


 帽子をもう片方の手で外し、ぐりぐりと乱暴に撫でれば「返せよ!」とローは唸った。おれのこの対応だけですっかり緊張は抜けたらしい。こんな子どもが復讐心に駆られロシーを刺したとは。ああ、本当に──許し難い。だが手は出さない。ドフィが認め、ロシーが許した、大切なファミリーだ。おれが手を下すのは、お門違いである。


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