再会を喜びすぎたおれは早速ドフィとロシーを会わせた。ドフィもおれのようにまるで予想もしておらずこれでもかと驚いていたが、愛しい弟の思いがけない登場を抱きついて喜んだ。心配かけやがって、と笑ったドフィもまた、目を潤ませていた。この十四年、気がかりだった弟が現れたのだ、そういう顔になるに決まっている。
 そうして戻ってきた創設メンバーと再会させたり、弟を知らなかったファミリーたちにも紹介し、ロシーがここにいたいと言ってくれたあと、ドフィはコラソンをロシーに継がせると言った。何者にも代え難い弟を傷つけるやつは、直々に手を下すとも。おれもそれに頷いて、殺すだけでは済まさないと笑った。
 おれたちがファミリーや家族にこだわるのはわかりきっていたため、みなはひとつの異論もなくそれを受け入れた。

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「ロ……じゃねェ、コラソン集金行くぞ」


 ヴェルゴが抜けて海軍へ出向き、ロシーがコラソンになってしばらくしても、なかなかおれはコラソン呼びがうまくいっていなかった。だがそれはおれに限ったことではなく、ドフィもトレーボルもディアマンテもピーカも同じだった。ドフィ以外はロシーどうこうというよりも、ヴェルゴをコラソンと呼ぶ期間が長かったせいだろうと思うが。
 奇抜なメイクと揃いの黒いコートは非常に目を引いたが、何よりそんな男が超が付くほどのドジっ子だというのが目を引く原因の一番である。
 転びそうになった身体を支え、煙草に火をつけるときに引火しないようにしてやり、飲み物を飲むときは温度を確認してから渡してやる。それだけしてもドジっ子が発揮されるのだからロシーのドジっ子は本物のそれである。本当に、とんでもない。


「ここぞというときにドジ踏むんじゃねェかって心配だぜ、コラソン」


 近くにいれば守ってやれるが、十四年前のようにふらりとその姿を消してしまえばおれにはどうしようもないのだ。ロシーは見違えるほどに強くなり、このファミリーでもきちんとした戦力ではあるが、ドジっ子自体はまるで治っていない。
 おれの後ろですっ転んだロシーを起こしながら、苦笑いを浮かべる。戦いの最中にドジっ子を発揮したらどうなることやら。考えたくもないことだ。ロシーは紙に『しっぱいしないように きをつける』と書いておれに寄越した。昔のように表情を変えることをなくなったロシーの頭をゆるく撫でる。びくりとロシーは身体を揺らし、不安げな表情でおれを見た。


「仕事なんか別にどうだっていいさ。だがな、仕事を失敗したらどうなるかわかるだろう? おれはお前が危ない目に遭うのが怖いんだ」

「……」

「だからできるだけ、目の届くところにいてくれ」


 幼子に対するようにそう言えば、ロシーは不満げな雰囲気を醸し出していた。おれはその子どもっぽい態度に、つい笑ってしまう。ああ、まだロシーはあのときのままだ。
 もう一度頭を撫でようとするとふいっとよけられてしまう。もう大きいから恥ずかしいのだろうか。手を引っ込めて目的地へと歩き出す。高級娼館の前で足をとめると、ロシーが驚いたように眉を上げた。ここに入るのか、と言いたげな顔をしていたが、おれは先に足を踏み込んだ。ロシーも慌てておれのあとを追ってきた。
 店の中に入ればまだ店内は薄暗かった。昼間に電気はつけていないのと、防犯上窓が少ないためだろう。受付の近くに立っていた女が振り返る。店主の女だった。


「お客さんごめんなさいね、まだ営業時間前、ってあらアルドンサさぁんじゃない。そのひとだぁれ?」

「フフ、ドフィとおれの実の弟さ。コラソンを継ぐことになったから挨拶回りになァ。店主はいるか?」

「そうなの、どうぞうちの店をよろしくねぇ。あのひとなら今、イイことしてるからむりよぉ」

「相変わらず店の女に手ェつけて……ほどほどにできねェのか」

「むりよぉ、あのひと色情魔だもの──で、アルドンサさんは集金かしら? お金なら預かってるのだけど」

「……本当にあいつは筋金入りだな。次は顔出せって言っとけ」

「ふふ、わかったわ」


 ちょっと待ってて、と女が金を取りに行く。ロシーはなんとも言えない顔でおれを見ているが、本来ならこの仕事は“コラソン”の仕事である。女の誘いに騙されず、かと言ってある程度惚れられる要素のあるやつがいい。その点ヴェルゴは欲に溺れるようなやつでもなく、天然じみたところが女受けした。話さないということで庇護欲を掻き立てるのは難しくないが、優しい子である。売られてくる女共に泣いてすがられたらどうなることやら……。
 一応挨拶はさせたが、おれの仕事をロシーに任せた方がまだいい気がする。おれの仕事も大金が動き、弱みを握るには重要な仕事だが、こっちはこっちで裏取引きの場になるのだ。おれたちファミリーの悪事に欠かせない場所である。ドフィに相談してみる必要がありそうだ。


「お待たせ」


 差し出された鞄の中にあった金をぱっと見る。きっちり売上が揃えられていることを確認すると、おれの代わりにロシーが鞄を持ってくれた。じゃあまた、と手を振って出ていこうとすると、女はまた遊びにきてねと笑っていた。
 外に出て歩いていると、ロシーがまたすっ転びそうになった。それを支えると同時に、ロシーの手から鞄を掠め取ろうとした大馬鹿者の腹を思い切り蹴り上げる。正確に胃を蹴り上げたため、ごぼ、と嫌な音を立てて男は血の混じると吐瀉物を散らかした。うずくまって痛みに震える男の横にしゃがみ、じっとりと視線を送る。


「おれの弟に、何しようとした?」

「……」


 さてこいつをどうしてやろうか、と思っていたら、肩を軽く叩かれた。振り返れば『つぎのしごとに いこう』と書かれた紙が目の前にあった。どうやら弟はこの盗人を許すらしい。まだ何をされたわけではなかったし、弟が許すというのならおれが許さぬ理由はないだろう。ぽん、と男の肩に手を置いて、にこりと笑う。


「これで許してやる、コラソンに感謝しろよ」


 男は泣きながらなんどもうなずいた。おれが立ち上がり「本当に優しい子だなァ、お前は」と言えば、ばつが悪そうにロシーは目を逸らした。優しさは同時に弱さでもある。それをドフィが知ればため息のひとつやふたつは確実につかれることだろう。
 きっとここにいるのはロシーにとって本位じゃない。ドフィとおれがいるからこそのことだろう。傷つけたくもない人間を傷つけているに違いないのだ。優しいこの子が、もっと幸せに生きられたらいいのに。神にでも祈りたいところだが、まともな神などこの世には存在しない。さて、どうしたものか。

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「コラソン、今いいか」


 後ろから声をかけると、うなずいたロシーが本を置く。おれは前に回って、手を突き出した。不思議そうに首を傾げたロシーが手のひらを上に向けて手を差し出してくる。その上にピアスを置いた。シンプルなデザインのそれは男だろうが女だろうがつけやすいものだ。まばたきを繰り返してそのピアスを見るロシーには、それを送った意味がまったく伝わっていないようだった。


「ファミリー入りの祝いと、お前のドジっ子がすこしでもよくなるようにお守りがわりだ。ドフィとおれと揃いのもんだ」

「……!」


 驚いたように目を丸くさせたロシーは紙にペンで文字を書き、おれに突きつけた。『あな あいてない』。せっかくピアスをもらったのに、とでも言いたげな申し訳なさそうな空気を発している。むしろこっちの方が申し訳ないことをしてしまったのだが。


「アリィ、コラソン。何やってんだ……ああ、ピアスか」


 すこし暗い空気をふたりで出していると、そこにドフィがやって来た。大股でのっしのっしと歩いてきたドフィはロシーの肩を抱いてフッフッフといつものように笑った。ロシーはいつものように無表情だ。


「いくら心配だからって願掛けのオソロイだぜ、まったく女かってんだよなァ?」

「とか言いながらお前もつけてるじゃねェか。第一コートを揃えさせたのはドフィだろ」

「フッフッフ、まあな。お前と可愛い弟と揃いも悪くねェさ」


 ふと、ロシーの表情が緩んだ。昔でも思い出してくれたのだろうか。こんな日々もあったと。父と母のいた頃を思い出したのだろうか。あの頃は、本当にただ幸せを甘受すればいいだけの子どもだったのに。


「さてドフィ、コラソンを押さえてろ」

「あん? なんでだ」

「!?」


 聞きながらもドフィはイトイトの実の能力でロシーを押さえつけた。突然のことに驚いたロシーだったが、ドフィの糸は力任せに引きちぎれるものでもない。ポケットから安全ピンと消毒液を取り出して、ロシーの手の中にあったピアスを回収する。


「悪ィな、穴があいてねェことは知ってたんだ」

「ああ、なるほど。コラソン、大人しくしとけよ」


 ピアスと安全ピン、そしてロシーの耳を消毒してから、針を耳に押し当てて突き刺した。すぐに安全ピンを抜いてピアスを差し込めば、痛みに顔をしかめていたが、暴れるようなことはなかった。両耳が終わったころにはロシーも解放され、すこし不機嫌そうな顔で『ありがとう』という紙を差し出してきた。ドフィとおれは顔を見合わせて、笑う。


「フッフッフ、ありがとうって面じゃあねェな!」

「フッフッフ、そうだなァ!」


 言って、二人でロシーをもみくちゃにする。戻ってきたセニョールがやめてやれと言うまで子どものように構うことができて、おれはとても幸福だった。


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