天使、と紹介された女の背には羽根が六対生えていた。そんなに生やしている鳥は見たことがないし、天使を模すというのならそこまで羽根をはやす必要性もないはずだ……ということはもしかしたら本物の能力者だろうか。見目もかなりいいし、事と次第によっちゃあ、飼ってみるのもいいかもしれない。そもそも飛べる能力者というのは価値が高い。跳ねるわけでも勢いで飛び出したわけでもなく空中戦のできる人間は有用だ。しかもトリトリの実じゃあないのなら、飛んでいる間も両手が使えるということになる。訓練させてライフルでも持たせりゃあ──空中の砲台だ。
 思わず唇の端が持ち上がる。いいじゃねえか。うちの船にはまるで似合わねえガキだが、しかしまだガキだというなら船の中で育てりゃあどうにでもなる。金持ちに買われて飼い殺しにされるよりはうちの船の方がまだマシだろう。金に関しては、そもそも自分で買う気など初めからない。買ったやつから奪えばいいだけのことだ。おれたちは海賊であって、わざわざ相手のルールに従ってやる必要はない。だいたいこのご時世に人間なんて売り買いしているやつらから解放してやることの、何が悪いと言うのだか。


「“超目玉商品ということで二人一気に紹介しましたが、一人ずつ行きますよォ〜〜! それではまず、”」

「五億! 五億ベリーで二人とも買うえ〜〜!!」


 どっちからとも言う前に馬鹿でかい声で馬鹿が叫んだ。上がっていた機嫌が一気に下がっていくのを感じた。あの馬鹿からは、奪えない。奪えるわけもない。大将が怖いわけじゃあないが、まだ仲間でもない人間を手に入れるために大将に追われ続けるというのはあまりにも面倒な話だ。せめて本部の距離が近くなければ考えたかもしれないが、そこまでの価値はない。あの馬鹿のせいで盛り上がっていた空気は冷え切っていて、本当に馬鹿らしいという空気にさせられる。


「──まるでこの世の縮図だな。とんだ茶番だ、帰ろうぜ」


 しらけきった空気を鼻で笑いながら出口に向かおうとすると、でかい声が聞こえてきた。何かが近づいてきている。軽く視線を上げた先、いきおいよく壁が壊れ、何かが突っ込んできた。煙が上がり誰もが声を上げ、入り口のあった付近では三人が声を張り上げて揉めている。その姿には見覚えがあった。


「あいつ……“麦わら”のルフィじゃ……!」


 さきほども数人麦わらの仲間を見かけたが、そのときはたしかにいなかった。話には聞いていたが、ここに突っ込んでくるとはやはり馬鹿のようだ。中に天竜人がいて、難癖でもつけられたら面倒だとは思わないのか。考える頭のない馬鹿なのか、あるいはそんなことなど気にしない無謀な野郎なのか。
 きょろきょろとせわしなく周りを見渡したかと思えば、でけえ声で人魚を呼んだ。どうやらあいつらの目的は人魚だったようだ。人を買うだとかそんなことに興味のありそうな連中には到底見えず、名前を知っているとなれば仲間の奪還が目的だったのだろう。天竜人に奪われるとは運が悪い。
 駆け出そうとした麦わらを止めた男から、四本の腕が出ていた。おそらく魚人なのだろう。そうじゃなけりゃあ能力者だ。途端近くにいたババアが叫び声を上げる。パニックになり化け物だなんだと騒ぎ立てる周りは、馬鹿にもほどがある。気持ち悪い? お前たちの方がよほど醜く臭いというのに、よく言えたものだ。


「鏡見ろってんだぜ、なあキラー」

「違いない」


 ただ、この騒ぎに乗じてあの天使をさらえないかと思案する。これだけ騒がしくしてくれればチャンスも生まれるかもしれない。そうすれば、空中砲台が手に入る。もっと暴れろ、麦わら。
 そう思ったせいか、麦わらを止めていた魚人があの馬鹿に撃たれる。血が飛び散って、馬鹿がはしゃぐ。あんなふうに煽っても誰にも何もされないのは天竜人という地位があるだけだというのだから、まったくもって世の中は不公平だ。ああなっちゃあ、さすがにあの天使をさらうまでには至らない。事態が収束することを望んでいたわけではないというのに、どうして今日はこうもままならないのか。


「魚め〜〜!! 撃ったのにべらべらしゃべってムカつくえ〜〜!!」


 けれど馬鹿は天竜人だけではなかったらしい。撃たれた魚人が何か言っていて、あまりにうるさかったのか、それともただ気に食わなかっただけなのか、天竜人は魚人にもう一発撃とうとした。それが逆鱗に触れるのは当然のことだ。だが、逆鱗に触れたところで行動に移さないのが、普通の人間で。


「本気か!?」


 麦わらは普通じゃあなく、本物の馬鹿だったらしい。撃とうとした天竜人に向かって、思い切り拳をぶちかます。容赦のない一撃。客席を破壊して天竜人が吹っ飛んでいく。死んではいないが、意識はないのかぴくりとも動かない。やりやがった。あの大馬鹿野郎。誰もが言葉を失う中、思わず唇が笑う。それに呼応するように静まり返った空気の中、笑い声が響いた。


「ふは、は、ひ、ひひっ、あひゃ、ははははははッ!」



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