ヒューマンオークション、想像していたよりもよほど胸糞悪い場所だった。人間を買うのも、奴隷という概念があるのも当たり前のことで罪の意識の欠片もない金持ちたち。それが普通で、それ以上でもそれ以下でもなく、奴隷は奴隷。同じ人間だなんて、すこしも思わないのだろう。同じ空間で息をしているだけで不快になる。可愛い踊り子ちゃんは、七百二十万で売れていった。それで一生を買われるのなら、なんともはした金ではないか。眉間に皺が寄った。ケイミーちゃんがまだ出ていないことだけが幸いだ。


「お前がノロマだからだえ!! コイツ本当にムカつくえ〜〜〜〜!!」


 扉が開いたかと思えば、急に後ろが騒がしくなった。振り返って後悔する。汚え顔をした天竜人だった。同じ空気を吸いたくないのなら呼吸しなきゃあいいだろ、なんてガキみたいなことを思って顔を前へ戻した。見ていたら目を付けられる可能性もある。そんなことでナミさんやケイミーちゃんに迷惑をかけるのはごめんだった。
 ケイミーちゃんが出てくるのをじっと待つ。人魚だからさらわれたと言うのに、人魚だからこそ後に出てくるという皮肉。人魚でなければさらわれなかったかもしれない。人魚でなかったら売られてしまっていたかもしれない。そんなことを考えながら、ゆっくりと呼吸をした。すこし、緊張してるのかもしれない。大丈夫だ。おれたちの手元には二億ある。ケイミーちゃんを救うことはできるのだ。
 次の奴隷が出てきて、紹介の声が入る。そこにいたのは海賊らしい風体の男だった。話を聞いているうちに、男が倒れる。ナミさんが驚いたように、何があったのかと聞いてくる。おれは舞台上から目を離すことなく、言葉を返した。


「舌を噛んだ……人に飼われて悲惨な人生を歩むより──今ここで死ぬことを選んだんだ」


 場合によっちゃ利口かもな、と言葉を続けてはみたものの、それはおそらく究極の選択だろう。そんな中に、ケイミーちゃんはいるのだ。仲間の誰もが助けてやりたいと、早く出てこないかと、ケイミーちゃんを心配した。もう少しの辛抱よ、と漏らしたナミさんの声に勇気づけられる。そうだ。助けてやれる。もう少しだからな。


「“──というわけで、ナンバー16、海賊ラキューバは緊張屋で鼻血を吹いて倒れてしまった為、ご紹介はまた後日ということにっ!”」


 そんな軽口とともに司会がまた現れて会場を沸かせる。胸糞悪い。腹の中までどす黒いもので染まりそうな気分だった。自殺した、なんて思ってないのか、それとも自殺なんてどうでもいいと思ってるのか。どっちにしたって気分のいい話にはならない。
 ばっと司会の男が差した方向から、何か大きなものがガラガラと運ばれてきた。幕がかかっているため中に何が入っているか確認することはできないが、それでも透けるシルエットを見ればそれが何かということは一目瞭然だった。水槽と、人魚。人魚は普段なら素早くて捕まらないと言っていたし、間違いなくケイミーちゃんだ。一つ気がかりがあるとすれば、上に見えるもう一つの影だ。水槽の上に何かあることがなんとなくわかる。あれは一体……?


「“──しかし皆様っ! これからご紹介させていただきます商品は、こんなトラブルを一瞬で吹き飛ばしてしまう程の〜〜ォ、超〜〜ォ目玉商品っ!”」


 ご覧ください、と指差す先には泳いでいるケイミーちゃんのシルエット。早く紹介して、早くおれたちのところに返してくれ。パフォーマンスのように芝居がかかった口調でもったいつける司会の男に苛立ちが募っていく。首輪や天竜人なんてものがなければ力づくで奪い返してやったというのに。


「”まずは語らず、見ていただきましょうっ!”」


 かかっていた幕が下ろされる。金魚鉢のような悪趣味な水槽の中にいるのはたしかにケイミーちゃんだった。けれど、おれの視線が向かっていたのは、その上に座らされた女の子だった。可愛らしいだとか、愛らしいだとか、綺麗だとか、褒める言葉が一瞬なにも思い浮かばないくらいに整った顔立ちと、ふわりとゆれる稲穂のような美しい黄金色の髪と瞳に息を飲む。──泣きそうに震える少女から、目が、離せなかった。


「“魚人島からやってきた人魚のケイミーと〜〜ォ、空から舞い降りてきた天使っ!!”」



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