きみだけがほめてくれたぼくで何が悪いの?(1000)→女神様さえ忌むらしい(5000)→ほうらまだあたたかい(50000)の続編



 一日が明けて、おれとクロコダイルは早々にこの島を出ることにした。長居をすればするだけ、捕まる確率が上がってしまうのだ。失礼だけど貧民街の出なら、まだ捜索届けの類いは出ていないと思う。だから海軍が捜索し始める前にこの島を出てしまうのが一番の得策なのだ。
 ボロのような服を着せ直したクロコダイルを抱え上げて、人気の少ない道を歩く。経験則から家はいつでも逃げられるように、港までの道はそう遠くはない。おれはクロコダイルを落とさないように気を遣いながら、息を殺して歩く。クロコダイルには一応顔を隠すように頭にタオルを巻いているが、実際それがどこまで意味を持つのかわからない。
 自分一人で逃げるのとは、また違う緊張感だった。気持ちが急くのがわかる。早くこの島を出てしまいたい。クロコダイルと二人、新しく生活を始めたい。一人ではないのだと教えてくれたクロコダイルのことを、幸せにしてやりたい。


「おい、そこの!」


 大きい声が聞こえて、反射的にびくりと身体を揺らした。ただでさえ人の少ない道を通っているのに、図体のでかいおれがそんな反応をすればおれの怪しさが際立つというのに、ついやってしまった。おれにとっては一種の癖みたいなものだ。
 おれは自分が呼び止められていないと思い込むことにして、歩みを止めるようなことはしない。ここで止まってしまえば、振り向いてそれを確認してしまえば、終わってしまうかもしれないのだ。それだけは、嫌だった。
 足を止めずに動かし続ければ、また声をかけられた。完全に、おれじゃないか。ごくりと喉を鳴らす。緊張が伝播したかのように、クロコダイルの顔色もいいものとは言えない。けれど、振り向かないわけにはいかなかった。おそるおそる振り返ると、そこにいたのは見るからに海軍の下っ端と、みすぼらしい格好の男女がいる。


「──!!」


 クロコダイルを見て女が叫ぶ。聞き慣れない名前。もしかして、それがクロコダイルの名前なのだろうか。名前なんてない、って言ったのになあ。嘘だったのかな? それともその名前が気に入らないだけなのだろうか? そんな現実逃避をしている間にも、男女と海軍の間では会話がなされている。
 あれがお子さんですか、そうですあの子です早くあの男を捕まえてください、あの子に怪我させないでください、早く助けてあげてください、大丈夫ですよ奥さん落ち着いて。
 ということは、やっぱりクロコダイルの親御さんなんだろう。心配になってすぐに捜索届けを出したのか、それでさっさと来ちゃうんだからここの海軍は優秀だなあ。おれだって隠れるのには慣れてるのに、たった一日でこうも簡単に捕まっちゃうのか。
 どうしようか、と脳内を二つの選択肢が過った。一般人に、いや、海兵に怪我させてさっさと逃亡するか、それとも大人しく捕まるか。
 本音を言うのなら海兵に怪我をさせてでもクロコダイルを連れて逃げてしまいたい。クロコダイルはおれを怖がらないでくれた。悪魔の実についての知識もないクロコダイルには同じ能力者の親が、おれのようなやつが、必要だと思う。でも、クロコダイルには、本当はちゃんとした名前があって、……。

 ──この子には心配してくれる親がいるじゃないか。

 そうだよ、この子がわかっていないだけで、きちんと愛されているのだ。いわれのない言葉の暴力を、無視して、抱きしめてくれる、理解者が、……おれとは、違って。
 理解したら、笑いそうになってしまった。何を勘違いしていたのだろう。昔の自分に重ねて、同じものだと考えて、なんて、ひどい勘違いだろうか。妄言も大概にしなければならない。そうだよ、おれなんかとは、違うんだ。


「ナマエ、」


 か細い声。不安そうな声。ああ、ごめんね。おれはきみを連れて逃げると言ったのに。……なのに今のおれの頭の中にあるのは、羨望と嫉妬だった。愛してくれる親のいるこの子が、妬ましいのだ。おれにはいなかった。誰もいなかった。いなくなったって誰も探してくれやしないだろう。今も、それは変わらないのだ。
 救ってくれた相手を同情していた。この子が一緒に逃げて欲しいと思っているのは本当なのに、自分よりもよほどいい環境にいるこの子のことを、連れて逃げることはできないと思ってしまった。おれはとても、嫌なやつだ。
 腕を離す。地面に下ろす。駆け寄ってくる海兵と男女。抱き締められた子供。縄をかけられるおれ。何が同じだって言うんだ。自嘲。本当に、馬鹿だ。


「……、さよなら、だね」


 その子は、とても悲痛な目をしてこちらを見ていた。けれど決して、嘘つきとおれを詰ることはしなかった。とても悲しそうなだけ。ただ、それだけのことだった。

あなたの前からいなくなれをしよう

「きみだけがほめてくれた〜」のシリーズで、幼少クロコダイルが相手の切ない話@匿名さん
リクエストありがとうございました!



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